九頭龍教占領地の奪還エピローグその2 完
戦闘の余韻が終わり、姉妹は帰路へとつきます。
「ばっさり切り捨てる、か……。それは、やっぱり四条の家の者としての考え?」
「うん。だけど、これは私自身の考えでもある。結果的に私が斬った敵や賊の数より多くの人が幸福になるなら、私は迷わず敵とみなした相手を切り捨てる……いや、斬り捨てる道をとるよ」
「そっかぁ……やっぱり、お姉ちゃんは凄いなぁ……」
一華は座りながら立てた両膝に顎を乗せて、呟く。彼女にとって麗花は姉でもあり、憧れでもあった。だがとてもじゃないが、そこまで割り切るなんて事は彼女にはまだまだ出来そうに無い。敵とは言え、どうしても躊躇ってしまう時が彼女には姉より遥かに多くあった。
一体どちらが正しいのだろうか? 考えれば考える程一華には分からなくなっていた。
膝に顎を埋めて俯く彼女の頭に、ふと暖かい手が触れる。右を見れば、穏やかな笑みを浮かべた麗花が一華の頭を撫でていた。
「ううん、そんな事ない。一華はその歳で十分強いし、十分上手くやってると思うよ」
「そうかな……」
「うん、凄い。一華は凄い。だから、自信を持って」
「うー……」
麗花にそう言われながら撫でられると、一華は言葉に詰まってしまう。強くて優しい姉の手は心地よくて、なんだかこそばゆい。撫でられているだけで不思議と一華の胸の奥につっかえていたもやもやとしたモノが取れていく様な気持ちになった。
ただ、何か釈然としないのは何故だろうか? 何か上手く姉に丸め込まれている様な気もする。
麗花のなでなではその後も少しの間続いたが、ゆっくりと手を離すと安堵の息を漏らして一華を見る。
「でも……本当に二人無事に終わって良かった」
「そうだね。まぁ、お姉ちゃんは傷だらけだけど」
麗花の慈しむ様な微笑みに、一華はジト目をしながら返してやる。何だかお姉ちゃん風を吹かせて来た麗花へのちょっとした仕返しだった。
「うっ……それは」
「私は洗えばまだ使えそうだけど、お姉ちゃんのはもう新しく買い替えないとダメだよね。経費で落ちるかなー」
「た、多分落ちるから……」
「次の任務は南西だったっけ。実家で一回休養して、列車で移動。楽しみだな―。でも、お姉ちゃんは少し療養が必要だよね。次の任務までに間に合うかな?」
麗花の穏やかだった笑みが、少しずつ崩れていく。ハの字になった髪の毛と同じ色の眉は、彼女が困った時のわかりやすい証だった。
「でも、北の次は西海かぁ……列車で移動するのは楽しいけど、西海の辺境でも群盗が出てるんだっけ?」
困り顔を見せた麗花に、一華は少しだけ満足しながら茶化すのを止めて次の任務の話へと話題を変えてやる。すると、麗花は瞬時にいつもの色の薄い表情に戻って彼女に答えた。
「うん、そう。西まで……『ヤマト連合』を抜けて四国の諸侯領まで伸ばした路線だけど、沿線に賊が出てるって聞いてる。現地の軍とも協力して、任務に当たらなければならない」
二人はこの後、少しの休みを貰って家に帰った後、今度は西国に派遣される事になっている。ここより真逆……西国地方にあるヤマト連合の地にも秋津皇国は鉄道路線を伸ばしており、地域住民の重要な足となりつつあった。だが、最近はその西部国境地帯でも荷物を積んだ車両等を狙った賊が出る様になっていると言う。文明レベルに差がある為に仕方のない事でもあるのだが、現地の諸侯も完全には鎮圧出来ておらず、鉄道警備局機動隊に白羽の矢が立ったのである。その派遣隊の名簿に、二人の名前も入っていた。
「でも、休みもあまり長くないみたいだし、本当に大丈夫?」
「それは大丈夫。気合で治す」
「本当に治しそう……」
「任務は大事だから」
グッと握りこぶしを作ってみせる麗花。その直向きな姿勢に、一華は苦笑した。
この姉なら、本気で気合で治してさっさと次の任務に行ってしまってもおかしくはない。今では以前よりも治安も改善しており、機動隊の任務も減ってきてはいるが現在でもこうして危険な戦闘任務に駆り出される事は度々あった。そして、既に次が控えている。
決してワーカーホリックという訳では無いが、与えられた任務は忠実にこなし続けるのが、四条麗花という一華の姉の矜持だった。だから、鉄道警備局機動隊の切り札、などとも言われるのだろう。麗花は一華より3つ程しか歳は離れていないが、機動隊員の中でも圧倒的な戦闘能力を買われその実戦経験は豊富だ。一華が鉄道警備局に世話になるより前から、麗花が何度も家を任務で空けていた事を彼女は記憶に留めていた。
一華も初等学校を卒業後、姉と同様の道を進んだ。軍や首都警察からも見習いとして声が掛けられていたが、どうせならば姉と一緒に、そして彼女自身が鉄道を好んでいたという事で鉄道警備局に入った。そして父や姉譲りの戦闘センスを評価され、今に至っている。ただ、軍属等では無いために15歳になるまでは嘱託職員扱いとなり平時は実家近くの中等学校に通うという二足の草鞋を履いていた。勿論、姉より上から渡された任務の数も少ない。
今回の任務も、本来なら麗花一人だけだった筈なのだが、一華の強い志願により姉妹一緒の参加が認められたのだ。
本当だったら、姉や殆ど帰って来ない父と一緒に過ごせるのが一番だが、最終戦争で文明が崩壊して500年あまり。未だに安定しているとは言い難い情勢がそれを許さない。
地方、そして辺境ではまだまだ悪い輩か跋扈しているのだから仕方ない。それは一華も理解しているつもりだ。
そんな二人の間に穏やかな風が一陣吹き抜ける。その時だった。
一華の耳に、重低音の連続した機械の駆動音が聞こえてくる。
「ん?」
視線を向けた先、村の北口から土煙を上げながらやって来たのは数台のトラックだった。エンジンが収まったボンネット部分が運転席よりも前に長く突き出しており、ボンネットトラックと呼ばれるタイプのトラックだ。角張ったボンネット先端の左右に付けられた丸いライトは、日が高く昇った今は消されていた。荷台には、茶色の幌が掛けられている。
トラックは秋津皇国軍の標準四輪トラックとして使用されている3トン積みのトラックであり、民間にも広く使用されている型だ。設計者曰く、残されていた資料を元に旧時代の『ZIS-5』という1930年代のソビエトロシアのトラックをモデルとした物らしい。
軍用の濃緑色に塗られた数台のトラックは、土手に座る彼女達の前を通り過ぎると一旦停止する。車列の最後尾に位置するトラックから順に後進を掛けると、ゆっくりと河岸へ続く道へと後進のまま降りていく。他のトラックもそれに続き、兵士たちが待つ場所で停車する。
停められたそこは戦死した龍泉郷軍の少女達が所狭しと並べられた場所であり、トラックの荷台のドアが開け放たれると、今度は荷台へ死体の積み込みが始まる。どうやら、トラック達は彼女達を収容する為に派遣されて来た様だ。トラックがここまで進んで来られたという事は、通りを塞いでいたバリケードや胸壁の撤去もある程度完了したのだろう。
「軍の人が言ってた。ここでは処理しないで、一度トラックで後方に運んでから、纏めて処理をするんだって」
「処理?」
一華が聞き返すと、麗花は「うん」と小さく頷く。
「そう。ここだと村の人の心情とか、色々と問題があるから」
「そうなんだ……」
一華は改めて、遠くでトラックに積まれていく少女達を眺める。流石に敵側の何百人分もの墓をここで用意する事は出来ない。手間の事も考えると、別の場所に再度集められて纏めて『処理』される事になるだろう。
一華の隣で、麗花が刀を握りながら立ち上がる。座っていた土手から道へ上がり、村の方向を見つめる。
「一華、そろそろ行こう。私達を迎えに来る車ももうすぐ来る筈だから」
見つめる先、村の中から別の土煙が彼女達の方へ迫ってくるのが見える。村の通りを低速で進む一台のトラックが彼女達の手前で減速する。濃緑色の同じ軍用トラックではあるが、幌は付いていない。
トラックは先程の車列と異なり後進はせずに、麗花の立っている場所でピタリと停まった。
運転席が開き、秋津軍の兵士が降りてきて麗花達を迎える。
「鉄道警備局機動隊よりお越しの四条麗花殿と四条一華殿ですね。お迎えに上がりました」
兵士は麗花へと敬礼すると、荷台のドアを開ける。幌が無い吹きさらしの荷台だったが、二人が乗る為に綺麗に清掃がなされ、小道具等も片付けられていた。
「ん、ありがとう。一華、ほら……行くよ」
「うん、わかった」
刀を腰のベルトに差して準備する麗花は一華を催促しながら、トラックの後部に向かう。一華は麗花のものより長い自らの太刀の鞘を左手で握ると、雑草の生えた土手の斜面から立ち上がって姉の後を追う。
だが、彼女はその途中で立ち止まって川の方を振り返った。
「ん、どうしたの?」
「うん、ちょっと待ってお姉ちゃん」
首を傾げる麗花に対して一華はそう言うと、一度トラックの荷台後部に自らの太刀を置いて、それから背中に背負っていた小銃を外してその隣に置く。完全に武装を解いて無防備になった彼女は流れる川に向き直った。川は、相変わらず穏やかに流れている。
正確には、川の流れを見ている訳では無い。それより手前……トラックへの積み込み作業が続けられている少女達の死体置き場に一華の視線は向けられていた。
彼女はその場で膝を折り、土が剥き出しの道の上に正座をする。そのまま手を合わせて、目を閉じた。
暫くの間、その姿勢の状態で戦死した九頭龍教徒の少女達へと一華は手を合わせ続けた。それは、死んだ者達への彼女からのせめてもの祈り。例えこちらから見れば異教徒であっても、一華には関係が無かった。兵士も麗花も、一華の気が済むまで祈りを邪魔する事なく見守り続けた。
川のせせらぎの音が、山から吹く風の音が、作業の雑音を掻き消して彼女達の耳へと届いてくる。
やがて、一華は膝に付いた土を手で払いながら立ち上がる。振り返ると、直ぐ側に心配そうにこちらを見る麗花の姿があった。
「一華、大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。待っててくれてありがとね」
「そう。なら、いいんだ」
「さ、もう行こう? 一杯戦ったから、少し疲れちゃった」
一華は麗花の脇を通り過ぎながら、彼女に笑い掛ける。開かれた後部のドアに足を掛け、姉より先にトラックの荷台に乗り込んだ。側面に設置された転落防止用の柵に手を突いて、呆けていた兵士に促した。
「兵士さんも、準備が出来ましたので平気ですよ」
「あ、了解しました。では……」
兵士は一華の言葉に反応すると、トラックのボンネット側を回って運転席のドアを開ける。そしてエンジンを掛けると、荷台の後ろへと戻ってきた。既に一華は太刀と小銃を持って荷台の一番奥、運転席の背後の壁を背にして座っていた。
麗花もそれを見て微笑むと、兵士の前で荷台の端に手を掛けて一気に飛び乗る。綺麗に着地をすると、トラック後輪の衝撃吸収バネにより僅かに荷台全体が揺れ動いた。
「こちらも、準備出来ました」
「え、はい。ご苦労さまです」
麗花の跳躍に一瞬見惚れた兵士が一華の下へ歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら、後部ドアを上げる。音が鳴るまで閉めて、両端の金具を繋いで走行中にドアが外れて勝手に落ちない様に固定した。
全ての作業が終わると、彼は運転席へと戻っていく。乗り込んで、ハンドル右側に伸びた長いギアレバーをUターンする為に後進位置へと引いた。
エンジンの小刻みな振動と共に動き出したトラックの荷台に腰を下ろした麗花に、一華は歩み寄る。彼女の隣に、一華は座り直した。
Uターンを終えたトラックは村の北口へとハンドルを切り、後輪から白い砂埃を巻き上げながらゆっくりと来た道を戻り始める。柵越しに、山川に囲まれた雄大な景色が、左から右へと流れていく。
「お姉ちゃん」
「何、一華」
「お仕事、お疲れ様でした」
「ん、一華こそ。お疲れ様」
黒と銀。褐色と白色。好対照の外見をした姉妹は、お互い表情の度合いは違えと満足げな笑みを見せ合う。そしてどちらとも無く、持っていた太刀と刀の鞘をカチンと合わせあった。任務の成功と、無事の帰還を祝しての事であった。
トラックは二人を帰るべき場所へと送るべく、解放された村の通りを走り抜けていく。
少し広くなった街道に出ると、トラックはやや速度を上げて軽快に走り出す。西日に近くなった太陽は、まだまだ明るく道の先を照らしていた。
こうして、龍泉郷軍が占領していた秋津領村への奪還作戦は全て終了した。
双方の損害は龍泉郷軍の戦力300人の内263人戦死、負傷・捕虜30人あまりに対して、秋津皇国軍・鉄道警備局機動隊連合軍の損失は僅か戦死負傷合わせて数十人。
秋津軍の、圧倒的な大勝利であった。
このお話はここで完結となります。特殊なお話でしたが、読んで頂けた方本当にありがとうございました。ご意見、ご感想はお待ちしております。