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九頭龍教占領地の奪還中編その2

主人公の一人、四条一華の戦いがメインとなります。少しづつ、戦闘は佳境へと向かっていきます。

 同じ頃、激戦が行われている村を南北に貫く大通りとは別に、村の南西部でも小さな戦闘が起きていた。100軒程ある村の中でここには10軒前後の家が集まっていたが、南側の入口に近い事もあって小部隊に別れた秋津軍の兵士達が警戒しながら進んでいたのである。


 龍泉郷の少女達に占領されている事もあり、密集した何軒かの家は家人が追い出され彼女達の兵舎として使用されていた。そこから飛び出してくる少女達や、家と家の間の路地から攻撃を仕掛けて来る少女達を秋津の兵士達は数人ずつの班に別れて確実に対処していく。お陰で、彼らが進んだ後には敢え無く散った少女達の死体が転がされていた。皆、紅白の巫女の様な装束を自らの血に染めて斃されている。


 一人の兵士が、一軒の家に近付く。家は他の家と同じ様に茅葺き屋根の農家であり、上から見て横に長い長方形をしている。正面右端の玄関の戸は開いており、左側の縁側には農具が置かれている。縁側から居間へは、雨戸が完全に閉め切られている事から中の様子を覗く事は出来ない。


 戸が不自然に空いている玄関に彼はおっかなびっくり近付いていく。右隣に建っている別の家屋には既に同僚の兵士達が突入していた。


 彼はまだ幼さの残る新兵で、年齢は18か19。襟の階級章は二等兵を示している。彼は先程の偵察の時に大隊長に双眼鏡を貸した兵士であり、双眼鏡は実家から出立する時に何かに役立つからと両親から貰ったものであった。今は背中の背嚢にちゃんと大事にしまわれている。


 彼は、これが初めての実戦だった。


(扉が空いている……家の人が様子を見に出てきたのかな?)


 彼はそんな事を思いながら、両手に小銃を握りしめながら歩み寄る。もし家人が戸を閉め忘れただけなら、ちゃんと隠れている様に諭して戸を閉めるだけだ。


 二等兵は土を踏みしめながら開いた戸から中を覗き込む。戦闘中に家の戸を閉め忘れる家人など殆どいないという事には、彼は全く失念していた。


 土間に人影は無さそうに見えた。


 一歩室内へと踏み込む。その時。


「あ……」


「えッ……!?」


 視界一杯に入る白い影。否、それは白い着物を着て紅く丈の短い袴を穿いた黒い髪の少女の姿だった。慌てて飛び出して来たのかその着衣は乱れ、緩んだ衣の合わせからは少女の健康的な小麦色の肌と、彼女の外見の割には豊満に育った胸の膨らみが半分近く見えてしまっている。深めの胸の谷間が、続けて目に飛び込んで来る。


 黒髪を頭の左側で一つに結んだ少女は、そのまま呆然とした表情で若い二等兵と見つめあう。


 やけに長く感じる数秒間。彼もこんな間近で少女を見つめるのは初めてであり、その童顔が持つ可愛らしい容姿に一瞬見惚れてしまう。だが、彼は少女が右手に携える太刀に気付いて何とか正気に戻った。


「ッ……!?」


 彼女もほぼ同時に我に戻ったのか、驚愕の表情を浮かべながらも太刀の柄に左手を掛ける。しかし、脳からの命令を行動へ移せたのは、彼の方が僅かに速かった。


「ハァッ!!」


 腹から出した精一杯の掛声と共に、身を低くして彼は少女の懐深くへと踏み込む。小銃は左脇に挟んで抱え、フリーになった右腕を思い切り振り上げた。掬い上げる様にして放たれた拳は、狙い違わず少女の鳩尾へ突き込まれた。


「ふぐぅッ!?」


 彼の拳が鳩尾へめり込んで彼女の身体を持ち上げ、衝撃で少女から悲痛な声が漏れる。瞳を収縮させ、開かれた口から少量の胃液が吐き出された。


「かふッ……あ、ぐぅッ!?」


 そのまま彼が拳をひねりながら持ち上げると、彼女はビクンと身体を震えさせながら口の端からだらしなく舌を突き出して痛みに喘ぐ。太刀が取り落とされ、土間の床に落ちる金属音が鳴った。


 十分な打撃を与えた事を確認して、彼は拳を彼女から抜く。少女は殴られた鳩尾を押さえながら、力なく両膝を突いた。


「う、ぐぅ……」


 頭を下へ傾けながら、小さく呻く。が、それも長くは続かずに彼女は立て掛けた板が倒れる様に、彼の右脇に身体を横たえる。そのまま、少女は意識を手放して動かなくなった。


「ふぅ……」


 小銃を左手で持ち直して、若い二等兵は冷や汗を拭う。何とか相手を無力化する事が出来たが、間一髪だった。しゃがんで彼女の顔に手を翳すと、微かに息をしているのがわかった。銃剣で刺しても良かったのだが、彼にはどうにも彼女を殺す気にはなれなかったのだ。


「捕虜にした方がいいのかな。それにしても……」


 彼女の身体を見ながら、彼は何だか自分の中にいやらしい気持ちが沸き上がってくるのを感じる。幼さが多分に残る表情は今は気絶した為に儚げに瞳を閉じているが、その下でその存在を主張する二つの褐色の膨らみは、瑞々しい張りを持って装束から半ば零れ出ている。くびれた腰に、良く肉の付いた尻……そこまで見て、彼はハッとして頬を赤面させた。


 何故なら、彼女は袴の下に一切何も穿いていなかったからだ。捲れた袴から見えるむき出しの尻と、太股の間の股間のデルタ地帯までもが彼の視界に入ってくる。ピッチリと閉じた秘部は使用感が全く無く、そこから不思議と半透明の液体が漏れ出していた。ツルツルとした無毛の恥丘が、その液体によって淫猥に濡れている。良く見れば、気絶している彼女の頬もほんのりと赤く染まっている様な気がする。


 カワイイ。エロイ。彼の中で、猛烈に股間の一部分が熱くなる様な感覚に襲われる。


「だ、ダメだダメだ! 今は作戦中なんだ……!」


 しかし、それを軍人精神で戒め強引に抑え込む。触りたくなる衝動を押さえて捲れた袴を元に戻してやると、仲間に伝えようと家を出た。


 瞬間。


「はぁあッ!」


 突如目の前に躍り出てきた少女の太刀が、彼を襲う。


「うわッ!?」


 寸での所で彼は横薙ぎに振るわれた太刀を回避する。しかし、それは上手な回避では無く少女の前で尻もちを着くような無様なものであった。


「水神様を信じない異教の男には死あるのみ!」


 そう高らかに宣言し太刀を突きつけたのは、紅い縁取りの水干を羽織った少女だった。茶色の髪を可愛らしくツインテールにしているが、その瞳は獰猛な殺気でギラついている。


 恐怖に、彼の身体が強張る。


 さっきまで熱を帯びていた股間はあっという間に縮み上がり、今では死への恐れからか別のものが漏れそうになっていた。握っていた小銃を構えようにも、手が震えて上手く握れない。


 一瞬にして訪れようとしている人生の終焉。彼は呆然としたまま少女を見上げていた。


「水神様、私に力を!」


 勝ち誇った表情で彼女は太刀を大上段に振り上げる。


 やられる! そう感じた彼は目を瞑って反射的に顔の前をかばう様にして左腕を振り上げる。その時。


 ガァンッ! と、一発の銃声が周囲に響き渡る。


 彼を襲う筈だった剣はいつになっても振り下ろされる事はなく、恐る恐る彼は目を開ける。


「かふッ……!」


 そこには驚いた表情で目を見開かせる少女の姿。その胸の水干の中央には銃弾が突き抜けた穴が穿たれており、溢れ出した血が彼女の命を確実に奪っていく。


 太刀を上段に振り上げたまま、彼女は仰向けに地面へと沈む。若い二等兵はその様子を目で追ってから、こちらに駆け寄る一人の人物の姿に気が付いた。


「大丈夫ですか!?」


 銃口から煙を上げる小銃を手に持ちながら、その人物は彼の前に立つ。黒髪をお下げにし、セーラーカラーの襟を持つ黒いブレザー。腕には『鉄機』と書かれた腕章。健康的な褐色肌が朝日に眩しく光っていた。


 彼女の問いかけに頷くと、彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。


「良かったぁ……。鉄道警備局機動隊所属、四条一華。これより援護に入ります!」


 呆ける彼の前で、彼女はそう宣言する。未だ腰が抜けたままの彼の視界に縁側の向こう、家屋の影からこちらへと突っ込んでくる数人の少女達の姿が見えた。


 立とうとするが、腰が抜けてしまったのか立つ事が出来ない。しかし、それが解っていたかの様に一華は彼を庇う様に彼より数歩前に立っている。


「大丈夫です。貴方はそこにいて下さい。後は、私がやりますから」


「う、うん……」


 彼は、もう一度頷く。己の情けなさに、無性に腹が立つ。それでも見上げた先にいる四条一華という少女が、その小さな筈の背中が、何だか彼には非常に頼もしく見えた。



――――――――



 兵士を助ける事が出来た一華は一先ず安堵しながらも、まだ戦いは終わっていないと気を引き締める。家の影から飛び出して敵は4人。内二人は銃を持っている。


 気勢を上げながら迫ってくる彼女達へ向けて、一華は冷静に自分の小銃のボルトを開く。先程の空薬莢を素早く手で掴みだし、腰の後ろの弾薬盒から銃弾を引っ張り出して装填口へ入れ、ボルトを閉鎖して装填する。鮮やかな装填作業。まるで熟練兵士と見紛う様な手並みだった。


 彼女は銃を構え、4人の内の銃を持っている少女の一人に狙いをつける。引き金を引き、弾丸が銃口から発射される。それは正確に少女の眉間を貫き、反動で頭を跳ね上げさせた。


「ひゅくッ……!?」


 空気が抜ける様な声が、彼女から発せられる。跳ね上げさせた頭の眉間から鮮血と脳漿が合わさった液体をばら撒きながら、少女は残る3人の真ん中で倒れ込む。空いた穴からはドクドクと内容物が流れ出し、右を向いた顔を流れて地面に落ちる。瞳は見開いたまま、小さくなった瞳の瞳孔は大きくなっていく。


 誰が見ても、ほぼ即死だった。


「降伏して下さい。貴女達にもう勝ち目はないですよ」


 仲間の死を目撃して突撃を止めた少女達に向けて、一華は次弾を装填しながら冷酷に告げる。銃を構えて、顔を見合わせる3人の動向を待つ。


 出来ることならば、殺したくない。それが一華の思いだった。お互いが歩み寄れば、無駄な血を流さなくて済むのだから。


 勿論、それでも自分を殺しに来るなら容赦はしない。それが姉や母に教えられた四条家の掟だったからだ。四条家の娘として、戦う時の甘さは捨てなければならない。そうしなければ、命を賭けたやり取りの中で命を取られてしまうのは、自分になってしまうのだから。


「降伏するなら、悪い様にはしません。だから……!」


 だけど、なるべくなら刈り取る命は少ない方が良い。そう願う一華の思いは、少女達の一言によって打ち砕かれた。


「降伏? アンタ、バカじゃないの?」


 緑色の髪をショートにした少女が嘲る様に言った。光の籠もっていない視線が3つ分、一華に突き刺さる。


「異教徒に降伏なんて、ありえない」


 青い髪を長く伸ばした少女が、緑髪の少女に続けて言う。抜き払った太刀を一華に突きつける。


「異教に塗れた女……哀れなものね。その命、浄化してあげるわ!」


 突然動いたのは、3人目の少女だった。頭の後ろで一つに縛った黒髪を揺らしながら、身を屈めて一華の左側から接近する。間合いに入った途端、抜刀済の太刀が一華に向かって容赦なく斬り上げられた。


「ッ!?」


 彼女は迫る斬撃を銃を構えたまま後ろへ倒れ込む様にして避ける。彼女の左肩の僅か手前を白刃の切っ先が勢いよく通り過ぎた。


「なっ……!」


 捉えたと思った黒髪の少女は、手応えが無い事に驚きの表情を見せる。一華は3歩程後退すると、改めて銃を少女へ向ける。


「警告は、しましたよ」


 言いながら、引き金に掛けた指に力を入れる。ガァンッと銃口から発火炎を噴き上げながら11ミリ弾が発射され、至近距離にいた未だ硬直したままの黒髪の少女の身体を容赦なく貫いた。


「ぎゃふッ!?」


 獣の様な悲鳴を上げ、彼女は地面に撃ち倒される。首を射抜かれた彼女は、その後は声も出せずに悶える。重要な器官が全て破壊されたのか、赤黒い血が首を中心に地面へと血溜まりを作っていく。


 彼女の断末魔を脇目にしながら、一華はもう一度残った二人を正面から見据える。


「これでも、まだ降参しませんか?」


「愚問だね。水神様に従わない奴らに降るなんて死んでも御免だね。あんたらこそ、その御威光に降るべきなんだ」


 緑髪の少女が変わらず答える。青い髪の少女も、「貴女達が改宗すればいいだけ」と同じ意見だという様に頷く。今にも斬り掛かりそうな勢いで、彼女達は太刀を手ににじり寄る。緑髪の少女も、銃は捨てて太刀を両手に握っていた。


「そうですか……」


 一華は溜息を吐きながら、二人を見つめる。深い深い、溜息だった。


「わかりました、そこまで言うなら……」


 一華は銃のスリングに首を通して、背中に背負う形で掛ける。空いた両手で、自らの左腰に括り付けられた一本の刀を掴んだ。


 黒塗りの鞘に納められたそれは、少女達の太刀と同じ様な、太刀様式。しかし、鞘尻になるにむけて両刃の剣を収める様な形に変形している。


「私も、情けは捨てます」


 静かに言うと、柄を握って太刀を抜き放つ。反りのやや浅い刀身が朝日の光を浴びて煌めく。特徴的なのは、刀身の半分より先が切っ先まで両刃になっている事だ。その不思議な様式に、相対する二人の少女はたじろいだ。


「な、何だよその太刀は……」


「切っ先両刃造。小烏造りとも言う、古代の刀工が編み出した剣の一つです。他にも特徴があるんですが……」


 一華は太刀を正眼に構え、薄く睨みつける。彼女の背後にいた若い二等兵は既に起き上がっていたが、一華の内から湧き出る様な気迫に声を掛ける事が出来ない。


 集中する一華の体内から、青白いナニカが膜の様に姿を見せる。殺気は殆ど感じられない。しかし、底知れぬ闘気が全方位に放たれていた。


 小柄な彼女の身体から溢れ出るソレは、狂信的に九頭龍の神を信じる二人の少女にさえも明確な畏怖を呼び起こさせる程だった。彼女の後ろに何か別の生き物がいるかの様な雰囲気に、二人は呑まれそうになる。


「このッ……!」


 一華が放つ威圧に耐えられなかったのか、青い髪を長く伸ばした少女が太刀を上段に掲げて、正面から彼女に突っ込む。感じた事のない恐怖に因われてからの行動だったが、隙の大きなその突撃は一華に届く事はなかった。


「遅いよ……!」


 一華の姿が、彼女の視界から消える。と、同時に懐から聞こえる一華の声。


「え……!?」


「恨むなら、恨んでもいいよ……」


 一華は瞬時に彼女の懐深くへ潜り込みながら、呟く。小さな身体を生かして腰を落とした状態から、左脇に構えた太刀を躊躇無く青い髪の少女へ向けて突き出した。


「かふッ……!?」


 ズシュッ……という肉を断つ様な音と共に、青い髪の少女から小さな悲鳴が漏れる。両刃の切っ先は彼女の豊かな左胸の下辺りに、斜め下方から突き刺さっていた。刃はそのまま彼女の心臓を貫き、血に濡れた剣先が背中を突き抜けて姿を現している。


 少女の左胸に右頬を当てながら、一華は彼女の串刺しにした心臓から鼓動が無くなっていくのを感じる。胸から顔を外し、柄を握る手に力を込めて一気に太刀を引き抜くと、青髪の少女は一華の左脇を掠める様に倒れ込む。左胸と背中が、急速に鮮血に染まっていった。


 直後、自身の右脇から迫る剣閃に一華は自らの太刀を合わせて衝撃をいなしながら受け止める。緑髪の少女が放った一撃だった。


「この……異教徒風情が!!」


 いきり立つ緑髪の少女。だが、一華は彼女に向かって押し返しながら絞り出す様に答える。


「神様は一杯いるんだよ……! どれを信じたって、その人にとってはそれが神様なんだよ。勝手に、押し付けないで……!」


「何だと!?」


 緑髪少女の太刀を握る手に力が籠もる。しかし、自分よりも小柄な少女に押し勝つ事が出来ない。だが、訳知り顔で神を語る彼女に対して心底怒りが募る。


 一華と少女の鍔迫り合いが数秒に渡って続く。渾身の力で彼女の首を切らんと太刀を押し込む緑髪の少女だったが、突然一華が力を抜いた事によって前のめりにバランスを崩された。


「うわッ!?」


「そこッ!」


 一華は力を不意にぬいて鍔迫り合いから僅かに離れて身体を左にずらす。前に倒れそうになって踏みとどまった彼女に一華は身体を屈めて右肩から体当たりを食らわす。左脇腹から受けた新たな衝撃に彼女は耐えきれず、悲鳴を上げながら両足を地から離れさせた。


「あぅッ!」


 思い切り地面に尻もちを突き、緑髪の少女は仰向けに倒れる。直ぐに起き上がろうとしたが、そんな彼女に影が射す。


「これで終わりです」


「うぐぅッ!」


 一華がいつの間にか隣にいて、右足で彼女の腹を強かに踏みつける。一華は痛みに顔を歪ませる彼女へ、逆手に握った刀を振り下ろす。先程兵士を助けた時とは嘘の様に、その顔に表情は無かった。


「ぐふッ!?」


 信じられない、と言う様な顔で緑髪少女は瞳を収縮させる。声と共に漏れた口からは紅い血が零れ落ちる。彼女の左胸にはそのふくよかな膨らみもろとも両刃の刃が深々と突き刺さっていた。徐々に背中側の地面に紅い染みが拡がっていくのを見ると、刃は地面にまで貫通し、彼女をその場に縫い付けていた様だ。


「が、ふッ……」


 緑髪の少女は僅かに四肢を動かすが、それは何も生産的な行動を生み出さず、今際の抵抗に近かった。表情の無い瞳で冷徹に見下ろす一華を、彼女は恨みの籠もった瞳で見返す。


 が、それも長くは続かない。彼女の力の入っていた眉はやがて力を無くし、瞳は大きくなって瞳孔を開かせる。一華が太刀を抜くと、ビクンッと大きく身体を震わせて痙攣を始めた。先程までの威勢が嘘の様に消え失せ、光を完全に失った目尻からは涙が一筋流れ落ちる。


「私は、銃よりこっちの方が得意なの。ちょっとだけ、だけどね……それと、この剣のもう一つの特徴は、切るよりも刺す事に向いている事。って言っても、もう聞こえてないかな」


 一華は動かなくなった彼女を一瞥すると、太刀を振るって付いた血を払う。直後、緑髪少女の股間から流れ出す液体を見つける。


 丈の短い袴を濡らして、地面に伝う液体。彼女はそれを手ですくい取って見て、粘り気がある事に気付いた。


「ん……?」


 無表情だった彼女の顔に、色が戻っていく。それは、女の子が特定の状況に陥った時に出すある特有の液体だった。察した瞬間、彼女の頬が朱色に染まる。


「な……は、ハレンチです……!」


 思わず敬語に戻る。スカートの裾で拭いて、彼女達の股間を見てみる。全員が同じ様に股間を中心に半透明の水溜まりを築いており、中には下着を穿いていない者もいた。


 この姿で、男を惑わしているのだろうか。彼女達に呑まれた辺境の部族等では、男達が嫌々ながらもある報酬を目当てに奉仕しているとも聞いた。それがこのほぼ全員が見目麗しい容姿と凹凸と肉付きの良い身体で構成された彼女達の身体目当てだとしたら、何と歪な宗教なのだろうか。


 死の間際にある意味『達する』様になっているのも、彼女達の死を恐れない闘争心の源なのかも知れない。


 憤りと共に、哀しさが彼女の中から湧き上がってくる。願わくば、この様な宗教は無くなった方がいいと思う。そうとさえ、一華は感じてしまっていた。彼女達に、憐れみの視線を向けながら。


「す、凄いな……!」


「あぁ、見事なもんだ!」


 その時、一華の後ろから男達の称える声が一気に飛んできた。驚いて振り返ると、そこには助けた若い二等兵を含む10人程の兵士達が彼女の事を称賛の眼差しで眺めている。いつの間にか周囲の確認が終わり、一華の戦いを観戦していた様だ。


「え、えぇ……!? あ、ありがとうございます。でも、それほどでも無いですよ……」


 先程とは別の意味で頬を染めた一華が俯きながらそわそわと礼をする。この様に大勢に見られていたなんて思うと、戦闘の緊張感よりも恥ずかしさの方が遥かに上回って彼女の頭をグルグルと混乱させた。


 そんな彼女を、兵士の一人が肩を叩いて労う。


「謙遜するなって。あんだけの近接戦闘力をもってる奴は、軍にもそうそういないぜ。俺が見た中ではだけどな」


「は、はぁ……ありがとうございます」


「だけど、やっぱり勿体無いなぁ。しかも全員カワイイじゃないか。変な宗教に染まってなきゃなぁ」


 少女達の死体を検分していた別の兵士が、残念そうに言う。他の兵士達も一様に何とも言えない表情を浮かべていた。


「お前ら、その気持ちはわかるが変な気は起こすんじゃないぞ。今は女だけの賊なんてのも珍しくは無いんだからな」


 肩を叩いていた兵士が他の兵士達に戒める。彼の襟には下士官である軍曹を示す階級章が付いており、この10人前後の分隊を指揮する分隊長の様だ。


「この区画の確認ももう終わりだ。言っとくが、民草にも一切手を出すなよ。軍規に触れるからな」


「解ってますよ分隊長。秋津皇国の軍人たるもの、ですよね」


「おう、そうだ。戦意を高揚させるのは良いことだが、羽目を外すなよ」


 兵士達からは、彼に対して次々と応答の声が帰ってくる。


「さぁ、まだ仕事は残ってる。次の区画に行くぞ。敵は粗方主力部隊と交戦している様だが、油断はするな。それと二等兵!」


 他の兵士が動き出そうとした時、軍曹が先程の若い二等兵を呼び止めた。駆け寄ってくる彼に、軍曹は彼を挟んで向こうにある一軒の家に視線を向けた。


「そこに倒れてるのはまだ生きてるんだな?」


 彼が指し示した先には、彼が一人で確認しにいった家があった。入口から程近い所に、彼と遭遇した少女が未だに倒れている。


「は、はい。咄嗟の事でしたので……気絶してるだけだと思います」


「よし、お前は彼女を連れて後方の予備部隊まで下がれ。捕虜を連れていく訳には行かないからな」


 龍泉郷軍の九頭龍教徒の少女達は、殆ど降伏する事が無い。しかし、万が一捕虜を得た場合にはちゃんとした戦争捕虜、兵士として扱われる。無論戦場をそのまま連れ回す訳にも行かないので、武装解除した上で後送する事になっていた。


「了解しました!」


「誰かもう一人付いていってやれ。残りはそのまま作戦を続行するぞ」


 近くにいた兵士の一人が名乗りを上げ、二等兵と共に少女を抱き起こし、二等兵が太刀を奪う。もう一人の兵士が彼女を脇に抱え込んで村の入口へと歩いていくのを、軍曹と一華は見送った。


 軍曹の命令で兵士達が動き出す。一華も彼らと共に歩きだそうとした所で、彼女は軍曹に話しかけられた。


「そう言えば嬢ちゃん、あの四条家の娘なんだってな」


「え? あ、はい。そうです」


 四条家。それは秋津国内でもある意味有名な家系であり、始まりは500年前の最終戦争前に生きていた一人の女性から始まるともされる。開祖と呼ばれるその女性は類稀なる戦闘センスと体内を巡る『気』を操る能力によって、幾多の悪の組織と呼ばれる世に仇なす者共を闇に葬ってきたと伝わっていた。


 彼女から始まった四条という家系も、家系自体はあまり広くなく寧ろ一子相伝に近い細いものである。だが、戦闘センスに優れたものが多く輩出され、暗黒時代を通して自警団や傭兵、王国時代の秋津の近衛等として活躍してきた。


「お父上は元気なのかい?」


「えぇ、多分元気でやっていると思います」


 現在の当主は一華の父親だが、彼も優秀な元軍人として秋津に仕え、現在はフリーランスの傭兵や戦闘に関する指南役として各地を飛び回っているらしい。


 もう少し家に帰って来てくれてもいいのに、と思いながら一華は答える。かくいう一華自身も、最近は仕事であまり帰れていない。これが終わったら少しの休暇の後は南の辺境がきな臭いので、姉と一緒に派遣される予定だ。


「そうか……年は?」


「もう14になりました」


「14? 14でそれか……」


 軍曹は感心した様に一華を上から下まで眺める。彼女自身も、今戦っている九頭龍教徒の少女達もかくやというルックスを持っていた。艶のある黒髪をお下げに纏め、大きな赤色の瞳に小麦色に焼けた健康的な肌。小柄ながらセーラー襟のブレザーを押し上げる二つの豊満な膨らみとちゃんと括れた腰、そしてプリーツスカートから伸びる太股の肉付きは、彼女に性的な魅力を与えるには十分な物だった。太股まである黒いサイハイソックスによる絶対領域が眩しい。


 口では兵士達へ叱咤していたものの、彼自身も高揚していたのかも知れない。自然と、ジロジロと彼女の身体を眺めてしまう。一華は頭に疑問符を浮かべてそれを見ていたが、軍曹はハッとして我に返る。軍帽を深くかぶり直しながら、顔を一華から逸らした。


「す、すまん! つい……」


 軍曹は自身の心を戒めつつ、彼女の顔を見ずに謝罪の言葉を口にする。それは軍人としては失礼な事だったが、上に立つものとしてより男としての欲を求めてしまった気恥ずかしさからか、敢えて彼はそういう行動を取ってしまう。


「ん、どうかされましたか?」


 しかし、一華は不思議そうに彼の顔を心配そうに覗き込む。彼の意図には全く気付いていない様であった。


 一華はその外見に反して、自分の容姿の事にはあまり頓着しない性格だった。夏は下着も着けずに外へと出ている位には、彼女は鈍感だった。実家にいる時には近所の農家のおばさんに注意された事もあるが、彼女はあまり気にする事も無く、今に至っている。


「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


「そうですか?」


「あぁ、それよりも、だ」


 気付かれていない事に安堵した軍曹は、平静を取り戻して居住まいを正す。重々しく、一華に言った。


「まだ作戦は終わっていない。気は抜くんじゃないぞ。それと、もうあまり無理はしなくていいからな」


「は、はい。わかりました」


 一華は頷き、威勢が戻った彼の後に続く。


 軍曹を先頭に、二人は北に向かって歩き始める。周囲には既に分隊の兵士達が展開し始めていた。


「そう言えば、君には姉がいたな。今回の作戦にも参加しているが、何処にいるんだ?」


「姉は単独行動です。北門のほうにいるかと……」


「単独行動? 兵も付けずにか? 大丈夫なのか?」


 彼はそう言いながら、後ろを歩く一華に振り返る。一華でさえ、自分達や軍の部隊と共に行動しているのだ。いくら四条家の人間とは言え単独行動など、俄には信じがたい。


 しかし、一華の表情には何処かあまり心配していない様な苦笑いが浮かんでいた。


「大丈夫ですよ。姉は、強いですから」


「強い? 君よりもか?」


「えぇ、私よりも全然。ですので、心配は無いです」



 一華はそう言い切る。脳裏に浮かぶのは、自らの姉の姿。開祖にも匹敵すると言われる戦闘力の持ち主、四条麗花しじょう れいかの姿だった。



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