代わりの悪魔
暗く沈んだ記憶の底から、時に淡く輝くものがある。
僕を抱きながら、悲しそうに僕を見つめる母の表情。
───産み落としちゃって、ごめんね
頭が、瞼が重い。
朦朧とする意識、何度目なんだろうか。
僕はまた、死ねなかった。
急いで両の手の平に視線を移す、そこには先程までの痛みの原因となっていたであろうはずの『もの』は既に無く、乾燥して酸化して黒くなった血液が付着しているだけだった。
今日は、なんで殺されたんだっけ。
赤色と化した空色の中、一部が血の池となった校庭から身体を起こし、教室にあるはずの自分の荷物を取りに行くために足を進めた。
歩きながら、うなじに手を運ぶと、未だ少しぬるりとした感触が伝わってくる。
もうこれくらいの身体的な痛みには慣れてしまった。
教室の扉ですら、僕のことを拒んでいるように見えるほど、既に廊下は暗くなっていた。
扉に手をかけて動かすと、それはただの勘違いだったんだと実感出来る。
教室内を見渡すが、当然の様に自分の荷物は見当たらなかった。
これもきっと代償なんだろう、と自分に言い聞かせながら、僕は教室を後にした。
校門を抜けても僕のことを包む空気が変わることはない、いつもの事だった。
遠くで幸せそうに笑う人々の声が聞こえる。
昨日に増して、今日は一層晴れ晴れとした雰囲気の様に聞こえる。
「きっと今日、断罪が行われたお陰かな」
不意に口から出た言葉は、想像以上に弱々しかった。
ただの枯れ枝ひとつ踏んだだけでも足がへし折れて仕舞いそうなほど、生気を感じさせない声に聞こえた。
煤錆びた空を見上げ、ゆっくりと息を吸う。
これですら人々は罪と言うのだろう。
その度に人々は断罪を行うのだろう。
僕はいつ死ねるのだろうか、僕はいつ許して貰えるのだろうか。
肩にはカラスがとまり、腐肉をつつくように僕の方を摘んでいた。