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短編作品集「徒然なる四季」

のんちゃんと、春

作者: 水岡きよみ

紅白で彩られたメールアプリを開き、あるアドレスで検索すると、私宛の歯が浮くようなセリフの羅列がそこには在った。

改めて読み返すとなんだか恥ずかしくて、思わず頭を抱えたまま枕に突っ伏してしまう。

深夜2時、自室の硬いスノコベッド。勢い余ってギシリ、と音を立て、罪悪感がちょっぴり募ってしまう。エアコン要らずに、窓をすこし開けてレースカーテンで窓を覆ってしまえば、磨りガラス越しに(おぼろ)な人工の(あかり)と生ぬるい春の夜風が部屋を()たす。



目を開けると、スマホを右手に握りしめたまま仰向けになっていた。私は寝相が人並み以上には悪い。掛け布団を2枚掛けていたはずなのに、それがない。足で探ると、奥の方に弾力のある布のカタマリを感じる。寝ている間に蹴飛ばしてしまったようだ。いつも通りの寝覚めである。

だんだん視界がくっきりしてきて、握ったままのスマホを左手で操る。丁度3年前にタイムスリップしたメールが表示されており、ようやく事態を把握する。そして、何やら赤くなっている画面右上を見遣る。4%。

充電器を繋がずに寝落ちした怠惰な昨日の自分を一瞬うらんだが、すぐさま手探りで床のコードを引っ張りあげ、機内モードに設定したスマホに繋ぐ。出かけるまで3時間あるし残りは大学で充電すればいいや、と考えながらベッドから這い出て、自室を後にした。



風呂場で髪を洗いながら思考が数年前に巻き戻ることがある。

考えることがいつも同じとは限らないし、相手だって必ずしも同じではないが、大抵想う相手は決まっている。

のんちゃん。

3年前の今の時期に一番熱を上げていたあの男性と、恋人関係だったことは一瞬たりとも、ない。今となっては連絡もとっていないし、職場なんて知る由もない。

むしろ、当時の私には恋人がいた。彼の後輩にあたる人に、気づけば夢中になっていた。

なんで、上野の交差点で手を繋いでくれたんだろう。

課題が終わらない私に夜通しで付き合ってくれたのは何故だったのか。

どうして、恥ずかしいと言いながらも私と同年代の頃に書いていた創作物を幾つも見せてくれたのか。

答えが出ていても出ていなくても、訊けなくても、こんな問いをえんえんと繰り返してしまうのだ。

世界中の天才たちが未だ答えの出ない公式を解こうとするのと、自分ひとりでのんちゃんの謎を解き明かすのは、同じくらい難しいことだと思う。頭の悪い子に思われても、やはりこの疑問は拭い去れない。



風呂を出てから2時間後。

私は久しぶりにJR常磐線快速に揺られていた。

定期区間から外れて3年経つが、地下鉄が大幅遅延で使い物にならないのだから仕方がない。周囲の乗客の鞄にぶら下がる定期入れには振替輸送の紙が挟まっている。朝のピーク時並の混雑だ。

地下鉄なら5分で行ける区間を、9分かけてぐらぐら進む。

普段ならば、混雑時はリュックを前に抱えるところだが、あまりに混みすぎてリュックをおろす余裕さえなかった。亀の甲羅なみに硬い私の鞄が背中をぐりぐり刺激する。どうも4月は、一年間で最も電車の混雑が甚だしい気がするが私だけだろうか。

《え〜まもなく、日暮里、日暮里に到着いたします・・・お忘れ物ございませんよう、お気をつけください・・・》

肉声のアナウンスが流れ、電車はホームに差し掛かる。数年前の見慣れた光景が窓越しに広がる。やがてドアが開き、蛇口から勢いよく捻り出された水のようにホームに人がどわっと溢れる。ご多分に漏れず、私も車両の外に叩き出される。混んでいるのでエスカレーターが近い階段よりも後ろから行こう、と思いながら比較的空いている集団の方に流れる。


JR山手線・京浜東北線のホームへと向かう連絡通路を歩く中、思い出すのはやはり3年前で。

歩く方向はあの頃の逆を進んでいるのに、私の頭の中はあっという間に女子高生の寒い夜に染め上げられていた。

通路の左側の窓をみると、当時は無縁だった鶯谷のホテル群が広がっていた。もしも私たちが出会ったのが今時分であっても、鶯谷(あそこ)にふたりで繰り出すようなことは無かっただろうな。そう考えながらも気付けば池袋方面行きのホームに到着している。ちょうど来た京浜東北線を視界の端に捉え、田端での乗り換えを想定しながら小走り気味に乗り込んだ。

そのとき、ふわっと生ぬるい風が吹き、湿り気ある爽やかな木の香りを車内に閉じ込めたままドアは閉まった。3年前にあの人と歩いた上野公園を思い出し、開放的な香りとは裏腹に胸を締め付けられる。

電車が動き出すやいなや、右肩を何者かにトントンと叩かれた。

感情過剰をやっとの思いで抑えながらゆっくりと振り向いた。だけど、我慢なんて、出来るわけがなかった。


「せっかく綺麗におめかしした顔を台無しにしてごめんね。」

はじめて創作物を見せてもらったときのメールの文面が甦った。きっと私は、止まぬ涙に顔面を歪めていただろう。

あのときよりも、ずっと酷く。

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― 新着の感想 ―
[一言] 女性は割り切る生き物だと訊いたことがあるのですが・・・・  一人ひとり違うのかもしれません。
2017/10/08 11:09 退会済み
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