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ちょっと短めです。
至近距離にはっきりと見えた翔の顔はやっぱり笑っていて。でも、違う。チガウ。
翔の額に垂れている前髪の隙間から覗く薄茶色の目も、薄い唇も、確かにいつものように笑みを描いているのに、何処か冷たく歪んでいる。こいつがこんな風に笑うところを見た記憶は、ない。
身長差故にかなり見上げる格好になって固まっている私を見下ろして、翔は吐息のように静かにわらった。
「ふふ、みーぃ?寒いの?そんなに震えちゃって。」
悪戯っ子みたいな、音符でも付いていそうな喋り方なのに、彼が発している冷え冷えとした空気も相まって私の身体をゾクリとさせる。
聞かれるまでもないが、寒い訳ではない。さっきから何故だか震えが止まらないだけ。そう言いたいのに、言いたいことが音にならない。
そんな私を見て何を思ったのか、目の前にまで近付いていた翔が少しだけ後ろに下がって、手を広げてみせる。
「じゃあさ、抱き締めたらちょっとはあったかくなるんじゃない?おいで。」
要するに私に、胸に飛び込んで来いと言っているらしい。
突然の訳の分からない翔の言葉に、雰囲気に呑まれていた状態から脱した私は、迷子になっていた声と、ついでに固まっていた身体の自由を取り戻した。
『ば、ばか!そんなことする訳ないでしょ!』
叫ぶと同時に翔の横をすり抜けて走り去ろうと試みる。
ダダダッッ……がしっ!
すり抜けた瞬間、上手くいった…と思ったのに、気付けば襟首をしっかりと掴まれていた。
『うぐ、ちょ……苦しい苦しい!!』
ブラウスの襟首を掴まれたことで少し絞まって、息苦しさを訴え暴れる私を物ともせずに、翔は襟首を掴んだその姿勢のまま言葉を紡ぐ。
「みぃはさ、なーんでそんなに悪い子なの?」
場に似つかわしくない、無駄に明るい声が響く。
息が苦しい。
「僕から逃げるの?」
後ろから襟首を掴んでいるから表情が分からないけど、冷たい雰囲気は継続している。というか本当に、首が絞まる。
「ねえ。」
「彼氏の僕を差し置いて…」
襟首を引っ張られて強引に振り返らされると、翔の顔が目の前にあった。
「他のやつと浮気するなんて」
笑顔じゃ、ない。これは笑顔なんかじゃない。無理に向かい合わせられてる顔の、無表情を通り越して歪んだような目元に口元。これらが表しているのはきっと、怒りだ。でも、あれ?浮気って…
「許さないよ美琴」
首がさらに絞まった気がする。苦しい。頭がクラクラして考えがまとまらない。目の前の顔が揺れる。
『や、めて…くる、し……!』
「あのね、さっきのは、僕があげたチャンスだったんだけどさ。」
「みぃがふいにしたの。みぃは逃げようとした。だから、もういいよね?」
「みぃには僕だけいれば、いいでしょ?」
私の言葉が聞こえていないのか、全く無頓着に翔が続けるその声が遠くに聞こえて…本当にそろそろヤバいからやめ…て…
「他のやつなんて、他のものなんて、みぃにはいらないよね?」
冷たい声の発生源の、冷たい目を見返したのを最後に、私の意識は途切れた。
翔君が、病んでます。主人公ブラックアウトです。
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