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ちょっと展開。
今日は金曜日だ。つまり、明日は週末なので講義を入れていない私は学校に来なくていい。週末の日中の過ごし方はというと只管、家で寝て、寝て、ゲームしてゴロゴロして、昼寝してゴロゴロして、パソコンいじってゴロゴロして寝る、と相場が決まっている。ゲームにかかる電気代は必要経費だ、ここは譲らないし異論は認めない。動かないから食事を摂る必要もない…と思っている。怠惰で結構。お気楽万歳だ。今のところ特に用事もないので、今日の授業も終わったしとっとと帰るか、なんて考えていたところで、珍しく私の携帯が震えた。
♪♪どんぐりころころどんぐりこ~~♪おいけにはまってs……ブチッ!
…誰だこんなふざけた着信音に設定したやつ。絶対に私じゃない。一番無難な「ピリリリリ」ってやつにしておいた筈だ。
着信音にムカついて思わず切ってしまった携帯を眺めていると、再び着信がきた。今度はちゃんと出る。
『もしもし?』
「何で切るんだよ美琴。俺だけど、」
『オレオレ詐欺はお断りです。ではさよなr』
「はいストップ。っていうか、いつも言ってるだろ通知画面を見ろ!従兄の龍だ!」
そんなこと言われても。電話に咄嗟に出るときは画面をよく見るなんてことはしない。というよりは見忘れる。
「そもそもお前の携帯に電話するやつ、そんなにいないだろ。俺の声ぐらい覚えとけよ。」
呆れたような声でさりげなく失礼なこと言ってる電話の相手は、昔からよく遊んでいた従兄の龍だ。私と一つしか歳が変わらない癖に何とも横柄なやつである。さらに私の、(お金以外に向ける)やる気のなさについてよく知ってる彼は、いつでもその強引さで身勝手に私を振り回す。
どうせ今日も…
「週末遊びに行こうぜ。どうせ暇だろ?」
『忙し…』
「家でゴロゴロするのに?それを暇って言うんだよ。明日の朝7時に迎え行くから準備しとけ。」
『だから忙し…』
「行き先は富士Qな。ああそうだ、俺が連れ出すんだから全部俺に奢られとけ。じゃあまた明日!」
プツッ。ツーッツーッツーッツー。
勝手に切られた。
『………はぁ。』
勝手さも強引さも全く変わらない従兄はそれでも、昔から一緒にいたせいもあってか何だかんだ言って私を安心させてくれる存在だ。それに、強引なようでいて実は私を気遣って声をかけてくれるのも知っている。前に私が、絶叫系のアトラクションは好きだがお金がかかるから、とぼやいていたのを覚えていてくれたのだろう。実は富士Qにも一度行ってみたかったのだ。本当に、私の従兄は私のことをよく分かっている。
『…楽しみ、かも。』
ついつい口角が上がってしまうのを止められない。遊園地に行くのが楽しみ、なんて理由で子供みたいにワクワクしている私はきっと傍から見たら、一人でニヤついているただの変人だろう。
「…みぃ?どうしたのこんな所で。」
唐突にかけられた、物凄く聞き覚えのある声に思わず振り返る。
『…しょう?』
そこで今更になって、自分が校門の脇で突っ立っていたことを思い出した。帰ろうとしたタイミングで電話がきたから、校門の側なんて人通りの多い所にいたのだ。好き好んでこんな目立つ場所にいた訳でもないがそれにしても…
『……よく私だって気付いたね?』
かなり陽も落ちた時間帯だし、何故かこの学校は校門近くに街灯がない。校門は学校の顔だと思うのだが…まあそれはいいとして。兎に角、顔が見分けられる明るさではないと思う。現に、私にはこいつの顔があまりよく見えない。精々数歩分くらいの距離しか空いていないというのに。ハニーブラウンの髪だって闇の色を取り込んでしまったように沈んで見える。そのせいか、こいつを取り巻く雰囲気まで違うように感じる。
翔が首を傾げた。顔はよく見えないが、笑みを浮かべているのは分かる。だってこいつは、いつも笑っているから。
「逆に、何で僕がみぃのことを分からないと思うの?」
いつも通り、纏わりつくような甘い声が落とされる。
でも、何処か、何か、いつも通りじゃない。
音もなくこちらに一歩、二歩と歩み寄って来るこいつの、何かがいつもとは違う。暗い所で見ているからだろうか。
「みぃのことなら、分かるよ。」
何か、何かが違う。
「みぃのことなら、どんなことでも。」
何か、恐い。さらに歩み寄って来るこいつの何かが。
「みぃ。何で逃げるの?」
無意識に後退っていた私は、壁に背中がぶつかったことでそれ以上動けもせずに、歩み寄って来る翔を呆然と見つめた。立ったままだとかなりの身長差だなんて考えて現実逃避をする程に、いつの間にか目の前に立ったこいつは、恐い。怖い。コワイ。
次に続きます




