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告白に頷いてから、5日。もう5日というかまだ5日というか。兎に角、一つ言えるのは…
「みぃ、おはよう!みぃに会えたからやっと僕の1日が始まるよ!ちなみに僕の1日はみぃを見てからじゃなきゃ始めないって決めてるんだ!つまり僕は毎朝みぃの顔を朝イチで見るってこと!」
…彼氏が煩い。本当に、煩い。こいつは毎日毎日このテンションである。みぃみぃみぃみぃ人の名前連呼しやがって、どうやらこいつは子犬ではなく子猫だったらしい。煩い上に周りにも迷惑だ。それに、今は昼休みである。朝イチも何もあったものではない。こいつは私に会えなかったという理由だけで半日をなかったことにするのか。空白の午前中の講義のことまで私のせいにする気じゃないだろうな。そもそも、休日とか学校がない日はどうする気なんだ。ああ、まだ喋ってる。煩い。
彼氏になった(押しかけたともいう)こいつは、私がドン引こうが鬱陶しがろうが、遠慮も躊躇もなく毎日毎日アプローチしてきた。いや、既に彼氏というポジションを獲得しているのだからアプローチという言い回しは本当はおかしいのだが、私がこいつを好きになったから付き合っているという訳ではないので、〈私に好意を抱かせようと奮闘している〉という意味では相応しいだろう。
またいつものように話を聞き流していた私を見て、話を一段落させたらしいこいつは、持っていた手提げを持ち上げてみせた。
「今日はね、みぃの大好きなあまーい卵焼き作ってきたんだ!」
よし、考え事は後回しだ。食べよう。早く。
告白してきた時の宣言通り、こいつは昼ごはんを作ってきてくれる。いつも、可愛らしいデザインのかなり大きな弁当箱だ。単純な話、二人分を詰めているのだから大きくなくてはおかずが入りきらないのだろう。私は少食ではないし。お金のためなら我慢できるというだけで、人並みに食べられる胃袋は持っている。
「はい、みぃ。口開けて?」
昼食を摂るのに使っている、他に誰も使わない空き教室。弁当箱を開けて準備を終えたこいつの言葉に大人しく口を開けた。口に、箸で摘まんだ卵焼きが入れられる。うん、美味しい。こいつの作る料理は基本的に美味しいが、卵焼きは別格である。元々甘い卵焼きは好物だが、私の好みを把握しきったこいつの、一般的には甘過ぎると言われそうな、しかし行き過ぎることはない絶妙な甘さのフワフワ卵焼きは最高である。いつまででも食べていたい。ああ美味しい。
卵焼きを味わっていると、何が面白いのかこいつは私の顔をガン見してくる。ちなみにこれもいつものことだ。最初は、私の顔に何か付いているのかと思ったが、どうやら私が食べている所を見るのが好きらしい。変わっているとは思うが、気にしないことにしている。余談だが、こいつがおかずを口まで運んでくるのも、私が頼んだことではない。そこまで私はずぼらじゃない。最初は自分で出来るから、と断ったが、「僕がやりたいから」と押し切られた。それ以上断る理由もないので、以来この給餌みたいな方法で食べさせてもらっている。数日の間にすっかり慣らされた……それより早く、次だ次。
『ごちそうさまでした。』
「フフッ、お粗末様でした。」
弁当を食べ終えて満足した私の挨拶に、こいつが笑って応える。他のおかずも美味しかったが、やはり一番は卵焼きだった。ところで、私の顔をガン見していたはずのこいつも同時に食べ終わっているのは一体何なんだろう。随分とスピーディーに食べるものだ、と変なところで感心する。これが男女の差というやつなんだろうか。いや、関係ないか。
弁当箱を片付けて、こいつはまたニコニコと笑っている。割といつでもこいつは笑っている、気がする。私の髪を好き勝手に触って楽しんでいる。好きにすればいいと思う。私は今猛烈に眠いので、こいつが何をしようと知ったことではない。この時間帯は必ず眠くなるから講義は入れないようにしている。ちなみにこいつも、この時間は講義は入れてないらしい。
うとうと微睡みかけて狭い視界に、ハニーブラウンがちらついた。私の頭を撫でているのだろう、一定のリズムが眠気を増幅させる。お昼過ぎの一時は不自然な程に、酷く穏やかに過ぎていく。
「ふふ、みぃお休み。」
声が遠く聞こえた。
まだゆるふわの翔くん。
読んでくださってありがとうございます!