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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

情熱と幸運

作者: 三角 仁

 ズブリと、手に心地よい感覚が伝わる。

 僕の刺した刃物は男の急所を突き、相手は意識を失って倒れた。

 もう二度と起き上がることはないだろう。

 僕は、ひと気のないその場所からすぐに立ち去った。

 誰にも見られないうちに家へと帰りつき、テレビを点けてみる。

「今日、午後十時頃に――」

 予想通り、先ほどの死体はすぐに発見されたようだ。

 地方局の若いアナウンサーの声が、殺人事件についての詳細を語る。最後に、夜の一人歩きは決してしないようにと、注意がされる。

 ここ最近、この街では一週間ごとに殺人事件が起こっている。

 まあ、起こしているわけだが。

 初めて事件が起こったときには、すぐに解決されると思われていたようだ。

 現場には凶器が残されたままだったし、事件のあった場所の付近には監視カメラなども多くあったためだ。

 しかし、犯人は見つからず、今回の八件目の事件へと繋がってしまっている。

 この連続殺人事件は同一の加害者のものであるということは、すでに警察の知るところである。

 すべてのものに死を。

 そんな、ありふれた殺人者のメッセージを毎度、紙に書いて現場に落としているからだ。

 この情報に関しては箝口令がしかれているのか、メディアでの報道はない。

 証拠品はたくさん出ているものの、決定的ではなかった。

 警察に僕を捕まえることはできない。

 僕の計画が破綻することは絶対にない。


 思えば、僕は実に平凡な男だった。

 と、思っていた。

 幼稚園、小学校と大きな変化の無い人生。

 別段、それを不快に思うわけでもなかった。

 友達もそれなりにいたし、成績も悪くはなかった。

 ただ、運動がよくできるわけでもなかったし、テストの成績が良かったわけでもなかった。

 みんなの話す、昨日のテレビの話にはついていくことはできたが、それほど熱中するほどのこともなかった。

 要するに情熱を持てるようなことがなかったのだ。

 家に帰れば、愛情を持って接してくれているだろう両親はいたし、彼らのためにも、家での勉強も人並みには頑張った。

 父は野球が好きだったから、小学校では野球クラブに入っていた。

 四番にもエースにもなれなかったが、みんなと同じようにトレーニングし、世話好きの父からの手ほどきもあったので、七番打者でレフトを守るという地位は手に入れていた。

 ただ、テストでいい点を取っても、野球でヒットを打っても、僕は心から喜ぶということはなかった。

 ただ、中学校に通っていたある日。とうとう、僕は楽しみを見つけたのだ。

 あの日、あの雨の日がなければ、未だに僕の心はこんなに満ち足りてはいなかっただろう。

 目標を掲げて、それを目指すということ。心からそうしたいと願うことが、これほどのエネルギーを生むものだとは、小学校の頃の僕には考えつきもしなかった。

 好きこそものの上手なれと、ことわざにあるが、まさにその通りであった。

 あの雨の日から、僕は平凡でなくなった。

 学校の勉強やスポーツに関して、特に実績を上げるということもなかったものの、自分の興味があることに関しては、実にすんなりと頭に入ってきた。

 しかし、それを周りにひけらかすことはしなかった。

 テストで上位に入ることは、容易にできる自信はあったが、それは僕の計画に不必要だった。僕は常に平均よりちょっと上くらいの成績をキープして、目立つこともなく中学校を卒業した。

 高校もレベルのそれほど高くないところに進学した。大量の知識を求めてはいたが、高学歴になる必要はなかった。

 いい学校というものはいい先生がいるだけなのだ。いい先生というのは、やる気を喚起させるのが上手な先生だ。

 それは僕には不要だった。なぜなら、モチベーションが下がることなんてなかったから。僕の計画を成功させるためならば、いつまでもやる気が続くような気がしていた。

 僕の教師は、書物であり、自然であり、インターネットの中にあった。

 図書館と山と海にはよく行った。

 図書館には、たくさんの知識があった。人体の仕組みや毒物の作り方なども、本を読めば分かった。

 山や海は、巨大な実験場であった。人体の仕組みについて、さすがに人間で試すわけにはいかなかったので、山と海の生き物を代用した。解剖を行い、体の仕組みについて深く理解をし、海や山の動植物を使って、毒物の精製なども行い、効果の確認もここで行った。

 図書館やネットで学んだことは、自然の中で実践できた。人間の教師は不要だった。


 殺人事件に関して、警察は僕の尻尾もつかめていないようだった。

 それはそうだろう。殺人事件に使った刃物などの形の残る凶器は、すべて十年以上も昔に買ったものだ。それ以前の殺人で使った毒物なども、すべて自然由来のものを使った手作りのものだ。入手経路から足がつくことなどあり得なかった。

 そして、何よりもこの街の情報は僕には筒抜けだった。

 目標を見つけてから、さまざまなことを勉強してきたが、何より便利だと感じたのは、コンピューターの知識だった。

 家にあるパソコンから、相手に気づかれないまま、情報を引き抜くことも今では容易だ。

 もちろん、警察の情報も筒抜けだ。彼らは現在、毒物の扱いに長けているという情報から、薬学に秀でた人物を容疑者としてピックアップしている。

 もちろん僕は、そのピックアップされた中にはいない。

 僕の知識はほぼすべてが独学であり、僕が医学や薬学や機械の知識を持っているということを知っている人物は誰もいないからだ。

 この街や住民の情報は監視カメラの映像や公的施設のデータなどから常に頭に入れている。だから、事件現場から帰るときには、誰にも見られない。監視カメラにも映らない。

 とはいえ、警察を軽視しているわけではない。それに偶然やイレギュラーなんてものがまったくないというわけではない。僕は常に情報を集めながら気を張っていた。

 次のターゲットも、もう決めてある。八人もの人物を殺している殺人鬼のいる街である。夜に一人で出歩く人物はほとんどいなくなっていた。女性や老人などは特にだ。

 しかし、それでも外に出ている人物たちがいる。彼らの多くは腕に自信を持つ若い男性であった。

 次のターゲットはその中の一人だ。この街にあるプロレス道場の若手のエース。いわば、格闘のエキスパート。見るからに強そうな男だ。しかし、不意を突いての毒殺は狙わない。あくまで、格闘で殺す。

 それは僕の目的のためだ。今までの殺人もそうだが、一つ一つの殺人に共通点を作らないようにしてきた。残す共通点と言えば、『すべてのものに死を。』と書いたメッセージを残すくらいで、被害者も老若男女問わず対象にしたし、殺人の方法や場所についても変えてきた。

 この街の住民を恐怖の底に陥れるのだ。今回のターゲットに関して言えば、その仕上げであった。どんな力を持ってしても、この殺人鬼にはかなわない。そう思わせたかった。


 目標ができてから、知識をたくさんつけた僕は、自分の体を動けるようにする必要があると考えた。

 野球好きの父は残念そうにしていたが、高校からは野球をやめて、格闘技を始めた。初めにボクシングをやってみたが、間もなくやめた。知識をためることは向いていたようだったが、僕は筋肉が付きづらい体質だったようで、強烈なパンチが打てないことが分かったからだ。

 そこで、次は柔道を始めた。これは非常に有効で、高校の三年間はこれに励んだ。筋力が足りなくても、相手の力を利用して大きな相手にも勝てるという部分が性に合っていた。僕の体と技術はメキメキと成長していった。

 鍛え上げた肉体はなるべく見せないようにした。そして、練習や大会では、決して強さを示さないようにした。僕は大会では二回戦か三回戦で負けるようにして、可もなく不可もない戦績を収めた。

 格闘技だけは人に教わる必要があった。人間を相手にしないとわからない感覚というものがあるからだ。人間相手に強くなるためには、やはり人間を相手にする必要があった。

 どんな学問も、実学が大事なのである。


 小雨の降る雨の夜。このシチュエーションを待っていた。作戦決行だ。

 僕は雨具とジャージを着て、走り始める。傍目にはトレーニングをしているように見えるはずだ。

 ターゲットの男は、いつもこの時間にランニングをしていることは調べがついている。

 道場を出て、公園を通り、また道場に戻り、着替えて帰る。

 それが、決まったメニューだった。

 今日の作戦は公園で行うと決めている。街灯が一本だけ灯る、薄暗い公園。前まではホームレスがいたが、今ではそれもいない。

 今回は奇襲をかけるつもりだ。正直なところ、まともに組み合って勝てる相手ではない。身長は二メートル。体重は一六〇キロ。対する僕は身長一七〇センチの体重七二キロだ。まともにやり合う方がおかしい。

 公園の植え込みの陰に隠れる。そろそろ来るはずだ。

 来た。

 ザッザッと重量感のある音が響き、巨体が姿を現す。

 彼が街灯の下まで来た瞬間、僕は飛び出す。

 そして、相手が反応するより早く、下あごを掌底で強く弾いた。

 ビシッと大きな音をたてたものの、さすがに相手は倒れない。予想通りだ。

 だが、今の一撃で僕の勝ちは決まった。

 どんな大男でも、内臓は鍛えられない。もちろん脳も。

 下あごを殴られ、今、相手の視界は定まらないはずだ。

 それでも、本能からか構えを取っているのには恐れ入る。

 僕は彼が助けを呼ばないように、彼の喉笛に拳を叩き込む。

 隙だらけの喉に拳はねじりこまれ。彼はひゅっと喉から変な音を出すとせき込んだ。

 視界は定まらず、呼吸もままならない。突然のことに何があったのかとわかってもいないだろう。

 僕はふらつく彼の懐に入り、変則的な背負い投げを仕掛ける。

 相手がふらつき、倒れこむ勢いを使って、背中に乗せて、さらに力を込めることによって、落ちる勢いを増し、畳ではなく、コンクリートの縁石の角に目がけて、彼を頭から投げ落とす。

 ごつっと鈍い音を鳴らしながら、彼は顔面を崩壊させて倒れこむ。まだ息がある。

 僕は彼の意識がはっきりしないうちに素早く彼の首に手を回す。

 ゴキリ。

 腕に勢いをつけて、相手の首を回し、骨を折った。

 それでも、心臓は動いているから、大したタフネスだ。

 しかし、これ以上時間はかけられない。

 今から救急車が来たところで、彼は助からない。

 ここを去ることにした。

 移動する前に、離れたところにある高層マンションの一室に目をやる。

 そこのカーテンが開き、明かりがついているのがわかった。

 僕は向き直って、監視カメラのないルートから家に向かう。

 当然、誰ともすれ違うことなく家に着いた。


 次の日、テレビを点けると、新たな殺人事件に関してのニュースで番組は過熱していた。

「今回、初めて犯人の写真が公開されました。放送局勤務の女性からの提供です。殺人の瞬間が数枚の写真に、収められています。この事件もこれで大きな進展が――」

 昨日の件の写真が公開されていた。頭まで被った雨具で顔はうまく映っていないが、体つきなどの特徴はよくわかるだろう。写真は僕が背負い投げを決めたところから始まって、首を折る瞬間、カメラに向かって振り向く瞬間までが写っていた。

 テレビを消して、いつも聞いているラジオを聞いてみる。こちらでも、事件についての話をしている。

「――そういえば、お手柄だったねえ、あの写真撮ったのって君なんだよね?」

「全然お手柄なんかじゃないです! 被害者の人を助けることができませんでした。公園で襲われているのを見た瞬間、警察に連絡をしたんですけど、間に合わないと思ったんです。だから、どうにか手がかりだけでもって、家にあったカメラで撮ったんです」

 ラジオからの声は震えている。被害者のことを考えて、本気で泣いているようだ。

「でも、よく近くにカメラがあったね?」

「実は偶然じゃないんです。この連続殺人が始まってから、これ以上被害が出ないように、何とかできないかと思って、証拠を押さえるために、いつでもカメラは常備していたんです。これでもジャーナリストの端くれですから」

 この事件がこれをきっかけに解決してくれればいいんですけど。その地方局のアナウンサーはそう言って、少し口を噤んだ。


 警察の調べもだいぶ進んできているようだ。警察の資料を自宅のパソコンで確認しながら、今後の作戦を練る。

 とは言っても、こちらも大詰めだ。絶対に僕は警察に捕まることはないし、事件の真相を知られることもないだろう。

 最後のターゲットはすでに決めてある。

 あの写真を撮ったアナウンサーだ。

 彼女のことはすでに調べつくしている。失敗は無い。

 今回は彼女の部屋に侵入して、作戦を決行する。

 そのための準備も着々と進んでいる。


 深夜、準備を整えた僕はすでに彼女が住んでいる高層マンションの前にいた。

 ここまでの道中、あらかじめ調べておいた通り、誰にも会うことはなかった。警察のパトロールの順路から時間まで、しっかりと把握していたからだ。

 マンションのエントランスに入り、僕はリュックサックからビデオカメラとカードを取り出した。

 今回の作戦は、動画サイトでの生放送をするからだ。

 カメラを構えて電源を入れる。放送開始だ。

 タイトルは『本日、十人目を殺します』。

 リュックに入れたパソコンをチェックする。

 案の定、視聴者はいるものの、みんな悪質ないたずらだと思っているようだ。

 パソコンをしまう。

 このマンションはセキュリティを売りにしているようだが、大したことはなかった。

 偽造したカードキーを差し込むと、いとも簡単にマンションの扉は開いた。

 彼女の部屋は十階だ。エレベーターで移動する。

 深夜のマンションに僕の足音だけが響く。

 廊下を歩き、部屋の前で止まる。

 部屋に入る前に表札を映す。

 このアナウンサーの名前を見て、動画を見ているやつの中には慌て始めているやつもいるだろう。

 この扉もカードキーだ。先ほどのカードをもう一度使う。

 偽造したカードキーがこの扉もあっさりと開ける。

 僕は知っている。

 君が今寝ていることを。

 部屋を進んでいき、寝室に入る。

 君が小さな寝息を立ててベッドで寝ている。

 僕は知っていた。

 君がこの間の殺人の現場を見ていたことを。そして、その前から僕の犯行をどうにか暴こうとしていたことも。

 だから、この間のことは計算通りだったんだ。

 僕は君が見ていることを知って、あの街灯の下で、彼を殺したんだ。

 正義感の強い君なら、必ずビデオなり写真なりを撮ると確信していた。

 君が夜、寝る前にこの部屋の窓から外を見ることを知っていたから。

 君の言っていた通り、あの写真は偶然じゃない。全部、僕の計算通りだ。

 遠くでパトカーの音が聞こえる。僕の放送で誰かが通報したのかもしれない。

 君の寝顔をもっと見ていたいけど、そろそろ時間だ。作戦を実行しよう。

「おい! 起きろ!」

 僕は腹から大きな声を出す。

 瞬間、目を開けて、僕を確認するやいなや、ベッドから飛び出す君。

 僕はカメラを構えながら話す。

「お前のせいでさあ、結構追いつめられちまったんだよ。だからさあ、死んでくれよ」

 慣れない口調が自分でも気持ち悪い。

「なにを撮っているの?」

 彼女は身構えながら、僕に問いかけてくる。

「ああ、これ? いやあ、一人で楽しんじゃまずいと思ってさあ、これで殺人ショーの全世界放送をやってるわけ。いやあ、すごい人気になると思うよ。この放送」

 僕がカメラを指さしながら話す。

「下衆ね」

 彼女は僕のことを心底汚いものを見るように顔をゆがめる。

「そうでゲス! なんつって! でもまあ、そのゲスにお前は殺されるんだけどね!」

 そう言って、僕はカメラを持っていない右手でポケットからナイフを取り出す。

 そうして、じりじりと彼女と距離を詰める。

 すると、彼女は緊張した面持ちで構えなおした。

 僕は知っている。

 君が長年、空手をやっていたことを。

 数年前の大学の空手の全国大会で優勝していたことも。

 それどころか、その前の大会も、高校での大会も、中学での大会の成績だって知っている。

 だから、わかるんだ。

 君が今、距離を測っていることを。

 君の得意な上段蹴りを狙っていることを。

 あと一歩、僕が進んだら、君の右足は僕の側頭部に飛んでくるだろう。

 僕は進む。

 すると、彼女の右足はすごい勢いで僕の頭に飛んできた。

 予想通りだ。

 だから、僕は。

 避けない。

 君の足が近づいてくるのがわかっているけど、僕は避けない。

 右足は見事に僕の側頭部を捉える。

 蹴られる瞬間に意識を集中して、気絶しないようにこらえる。

 部屋の中に倒れるわけにはいかない。

 僕は、蹴られた勢いでふらついたふりをして、窓に近づく。

 僕は知っている。

 君がこの時期は、寝るときに窓を開けていることを。

 この窓枠が古くて亀裂が入っていることも。

 勢いよく、僕は窓に突っ込む。

 窓が外れる。

 僕の体は外に半分飛び出し、僕は落下防止用の柵に捕まる。

 そして、計算通り、その柵は外れた。

 部屋の中の君が必死に僕を掴もうとする。もちろん間に合わない。

 殺人鬼も助けようとするなんて、本当に君は人がいい。

 君が目を見開いて僕を見ているのが見える。

 やがて、それも見えなくなる。

 彼女の家の窓がどんどん遠ざかる。

 地面に向かって、すごい勢いで落ちているのだろう。

 気づけば、パトカーのサイレンが真下から聞こえている。

 案外、来るのが早かったようだ。

 これからのことを思って、僕は笑顔をこらえきれない。


 昔のことを思い出す。

 あの雨の日のこと。

 中学生だったときのこと。

 野球の練習の帰り、気が付けば大雨で、僕は近くのバス停に避難した。

 バス停には、一人の先客がいた。真っ白な空手着と通学カバンを抱えた女の子。

 女の子と話すのは慣れていなかったし、正直なところ、僕の顔はあまりいい出来ではなかったから、話しかけるのはためらわれた。

 だから、気まずい気持ちで同じ空間で黙っていた。

 ところが、思春期の旺盛なお腹の方は黙っていてくれず、しんとした空間の中に僕の腹の虫が響き渡った。

 すると、君は笑いながら、僕におにぎりをくれたんだ。

 可愛い笑顔だったのを覚えている。

「いいの?」

「いっぱいあるから」

 そう言って、君はもりもりとおにぎりを二個三個と食べ始めた。

「たくさん食べるね」

「強くなりたいから!」

「強くなって、どうするの?」

「すごいジャーナリストになるの!」

 君の素っ頓狂な答えに僕は驚いた。

「ジャーナリストに強さが必要なのかな?」

「必要よ。だって、取材対象に舐められたら話にならないし、世界中を飛び回るにはエネルギーが必要じゃない!」

 そう言って、熱を込めて、ジャーナリズムについて語る君を見て、僕はすごいと思ったんだ。こんなにも情熱を込められる何かがあるということを羨ましく思った。

 つまりは好きになっちゃったんだ。君のことが。

「でもね、まずはアナウンサーになろうと思うんだけど、こういうメディアに露出する仕事って、努力や実力だけで大成できるものじゃないのよ」

「そうなの?」

「そう、やっぱりね、運も必要なのよ。自分をアピールするチャンスを掴む運が!」

「なるほど、難しいねえ」

 ここまで話して、僕はすでに決めていたんだ。君の夢を叶えてあげたいって。君を幸せにしたいって。

 だから、十年以上かけて、この計画を作ったんだ。

 君も頑張っていたね。

 主要局の面接に落ちてもあきらめずに、地方局の応募にも参加して、面接で情熱を語っていたのを僕は知っている。

 念願のアナウンサーになった後も、可愛らしい女の子でいることを求められて、我慢して従っていたことも僕は知っている。

 ここ数年、君のアナウンスを聞いていたけれど、君が読み間違えたところを一度も聞いたことはなかった。誰よりも実力があった。

 でも、君がジャーナリストとして活躍させてもらえる場は訪れなかった。

 だから、僕はこの計画でチャンスを作ってあげたかったんだ。

 きっと、君は掴んでくれると信じているよ。

 君はとても強い人だから、僕が死んだあとも、精いっぱいテレビやラジオで自分の仕事をするだろうね。

 そして、僕の生放送したこの映像が君の強さや正しさをたくさんの人に知らせてくれるだろう。

 誰の手にも負えなかった殺人鬼。それを退治したアナウンサー。

 きっと、君は一躍、時の人となるだろう。

 僕が死んだことに関しても、映像として証拠が残っている。

 僕が死んだのは事故。君に殺意がなかったことは明白だ。

 窓枠や柵が壊れたのは偶然。

 君が法律的に裁かれることは絶対にない。邪魔するものは無いんだ。

 だから、必ず掴んでくれ。このチャンスを。

 君が世界中を飛び回る、強いジャーナリストになるのを確信している。

 じゃあ、さよなら。

 僕の名前も知らない君。


 久しぶりの投稿です。

 自分の好きな話が書けたと思います。

 こんな雰囲気の話が好きです。


 この話を読んでいただきありがとうございます。

 また書きますので、読んでいただければ幸いです。

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