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紅葉

作者: tiko

嵯峨嵐山駅を降りて歩いて20分。


渡月橋を過ぎた辺り。


空は晴れてはいるが、所々雲がかかっている。


かといって雨が降る気配は微塵もない秋晴れと称される空の下。


二人の男女が歩いていた。


男の方は歳は22、いわゆる世間から有名大学と呼ばれる大学を卒業し、今年の春からこれまた有名企業に就職して、社会人一年目としてきっちり社畜となっているその男、名前をあきらと言う。


女の方は歳は20、男と同じ大学に在籍し、同じサークルで出会い、猛アタックの末、付き合うこととなった、女の名をかなという。


女の様子をみると、テンションが高く、素直に楽しそうだった。


見ている限り浮かれていると言ってもいい。


だが、男はこのデートで別れ話を持ち出すつもりである。


男は、社会人になりどれだけ自らが子供だったのか、それを思い知った。


また、それと同じ状況の人物と付き合い続けることなんてできるわけがない。


社会人として、本当の意味で自立した結果、たった半年でこれなのだ。


これから一緒にいれる自信をすっかりなくしてしまった。


そんなこととも露知らず、女は上機嫌であり、


「すごーいあかーい」とか、「ほんと、久しぶりに来れて嬉しい」とか抜かしている。


わざわざ別に言うことでもないだろうと思いながら、男は「そうやなー」と、生返事を繰り返している。


そんなことをしている内に会話がとぎれた。


よく表現されがちな、会話がなくても成立している関係とか、心で繋がっている心地好さとかではない。


本物の沈黙、男はさらさら話す気はないし、女はそれを感じて黙ってしまっている。


しかし、男は沈黙に耐えかねてか、


「何か話せよ。」


自らの理不尽を感じながら、男からようやっと発した言葉であった。


女はその言葉に少し驚いた素振りを見せながらもすぐに、


「うん。えっとね、最近サークル内で~」


と、話題を選びながら話始めた。


また、驚いたのは女だけではない。


男も自身の声の低さ、重さに少し驚いてしまったが、すぐに、今のが女に対しての本当の感情かと諦めて、ただ、女の話に返事をするだけとなってしまった。


そうこうして歩いているうちに、ふと、歩を進めているのが自分だけだと気付き。


「何やっ・・・」


そう声をかけながら後ろを振り向いた。


女は両目から頬に涙を伝わせながら、少し下を向いて立ち止まっていた。


やっと察したか。


そんなことを思いながら男は女を見つめている。


女も黙ってただ立ち尽くしていた。


「やぁやぁお二人さん」


と、そこに突然現れたかのように、一人のおっさんが間に入ってきた。


なんだこいつ。


と、思いながら確認する。


見た目は50近く、下手したら60ぐらいの白髪の混じったじいちゃん寄りのおっさんだった。


「なんでこんなんになってますの?お嬢ちゃんなんか泣いてはるやんか。」


そう言われ、少し気まずくもイラついてしまった男が、


「おっちゃんには関係あらへんわ、別に、見せ物でもないし、どっかいっといて」


そう口走りおっさんを威嚇したが、


「関係はない、せやけど、女の子が泣いてるのに何もせんのは男やないで!」


なんて返されてしまったては何も言えない。


「どや、ここは、ほれ、そこで一休みでもして、よーく話し合ってみるってのは」


おっさんが指を差したのは、すぐそこの、川の縁に張り付くように存在する、まるで屋形船のような形の飲み屋であった。


「ま、内の店なんやけどな」


おっさんは白い歯と、歯茎が見えるほどニカッと笑った。


上手い商売だなと思いながらも、あんなことを言われては、断るわけにもいかず、まぁ丁度いいかと店の中に入り、6つあるテーブルの厨房が一番近い席へと腰を落とした。


おっさんは女を連れ、男の向かいに座らせると厨房へと下がっていった。


厨房といってもしっかりとした壁もなく、おっさんの様子が見えてしまう。


まだ頼んでもいないのに何かをせっせと用意している。


しかし、不思議な場所だ。


屋形船形のその飲み屋は、コンクリで固められ川の縁に張り付いている。


どこを見ても壁がなく、飲み屋の四隅にあるパイプで支えているその屋根は、普通に立ったままでは頭がぶつかってしまうほど低い。


これだけ見ればただ出っ張ったところにイスと机が置いてあるだけの何かにしかみえないだろう。


それが飲み屋と判断できたのは、店の前にかき氷やらハイボールやらの暖簾がかかっていて、店の入り口にはおでんと、大きめのクーラーボックスに氷を大量にいれ、キンキンに冷えているだろう缶ビールが見えていたからである。


また、座ってみてから気づいたが、川が近い。


当たり前だか、川の流れる音が心地好いほどの近さであり、手をのばせば、川の流れを直接を感じる事ができる。


あと、景色が良い。


立ったままでは気づかなかったが、紅葉している山々を静かに流れ来る水と共に観賞できる。


また、低い天井のため、まるで、一枚の写真に収めてしまったかのようで、それを一つの時間として堪能できる特別感があった。


そんなふうに耽っていると、おっさんがおでんの盛り合わせを持ってきて、


「これはサービスや、んで、飲み物は?」


「ウーロン茶」


少し落ち着いたらしくやっと言葉を絞り出した女。


いや、最初から取り乱したりはしていないが。


「僕もそれで」


お酒を飲めるような気分ではなかったし、下戸ではないが酔ってしまっては話もまとまらない。


「はいよ」


そう言っておっさんが厨房へと下がる。


せっかく出してもらった物を食べないわけにもいかない、ただ会話がないこの状態で何もしないよりましだというだけであるが、


彼女の好物である卵と大根。


自身の好物である牛スジと竹輪を彼女と自身の取り皿に盛る。


二人とも少しずつ食べ進め、どう話を切り出せばいいか迷っていたところ、彼女から、


「別れるってことなんだよね?」


と、切り出してくれた。


「まぁな」


「そうかー、私変なとこあったかな?結構相性いいなーとか思ってたんだけど、そっかー、あ、他に好きな人ができたとか?」


そう他人事のような口調で、


「まーそれならしょうがないよね、私から告ったし、いつかは愛想尽かされるかもって思ってたし。」


そう淡々と喋り出す、


「愛とか恋とかに盛り上がってたのって私だけだったのかー」


彼女に対して、


「じゃあさー」


「いいかげんにせぇよ!」


怒ってしまった。


なぜ起こったのか?


俺は別れたいと思っているのに。


「いいかげんにするんはお前やぼけ!」


おっさんが両手にウーロン茶をもって現れ、怒鳴り散らした。


両手に持ったそれをダン!とテーブルに置き、こちらを睨み付ける。


「なんやねん!何が不満やねん!こんなにもこの子はお前によーしとる!どーせお前のことやからちっぽけな自尊心傷つけられて自分は子供やとか、社会人以外はみんなグズで嬢ちゃんもその一つで、そんな風に見たら一生付き合っていく自信がないとかなんとかぬかしてるんやろ!」


おっさんの迫力に圧倒され、図星を突かれる。


返す言葉もない。


彼女も圧倒されているらしく、目を大きく見開いて驚いている。


「嬢ちゃんはお前やない。」


人に言われて初めて気付く。


その言葉がズシンと心に突き刺さる。


そうだ、俺は何を勘違いしていたのだろう。


彼女は何時だって俺のためにしてくれていた。


社会人になって初めてプライドがズタボロになるまで怒られた。


その日は電話でずっと慰めてくれた。


今日だってそうだ。


会話だって当たり障りのないものを選んでいたし、俺が別れたいと望んでいるとわかれば、必死に我慢してまで、俺を第一に考えてくれた。


勝手に子供扱いしていた。


自分が子供だということに気付かず、気付かないふりをして、棚上げにして。


かなは、何時だって俺の事を考えてくれていた。


「ごめん!」


そう思った瞬間に俺は机に突っ伏していた。


「俺がバカやった!何も考えなしに、俺自身の身勝手なこと・・・もう、全てがダメでした!さっきあんなん言ったけど、もう一度付き合ってもらえますか。」


馬鹿げている。


こんな酷いことをしてもう一度なんてできないかもしれない。


でも、それでも、ちゃんと考えたとき、かなの気持ちを思った瞬間に、俺の本当の思いを感じた時。


また一緒になりたいと思った。


「・・・いいよ。」


パッと顔を上げる。


「でも、2度はないから。」






あれから、二人で何度か嵐山のあの飲み屋に行こうしたのだか、相変わらずコンクリでくっついた屋形船はあるのだか、それ以外は何もなかった。


ここに来る度に、帰り際のおっちゃんの、


「大事なもんはちゃんと手にあるところに置いておくべきや、やないと、なくなった時に気付くかへん。」


この言葉は脳裏を過る。

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