あなたの私(2)
「うぉッァああぁあああああ!」
「うぇッなにッ!?」
最後の客が出入り口を出、見えなくなったところで突如奇声をあげた幸助に、友人の肩が盛大に跳ねた。
コンビニ時代に上司に嫌味をいわれまくり、我慢の限界に達した時と同様の現象だと思い出すと、反射的に胸元に抱え守った帳簿を置く。
「なんだよ、お前最近めっきり平気そうだったのに」
またあの客か? 最後の客―桃岡の去った方向を親指で指し、心配そうに顔を伺う。
床に叩きつけたブランケットを拾いあげながら、悪鬼の顔をした幸助が声を低く這わせた。
「あのクルクルパー、頭のなかでラフレシアの花畑が咲いてやがる」
「へ。腐女子だったの?」
「婦女子だなんて上品な奴じゃないだろ」
「お前ネットやらないもんな、知らないか。同性での恋愛を妄想するのが好きな女の子を腐女子っていうの。腐った女子って書く」
「ああ、そう。違う、そうじゃない」
ぼさぼさの髪を掻き毟り、どかっと鈍い音をたてて長椅子に腰を下ろす。
すぐに横になってブランケットを被り、もぞもぞ蠢いて愚痴る。不細工で色のない芋虫である。
「明日さぁ、一緒に出かけろって」
いやいやする子どものように身をくねらせ、頭蓋ずがいを覆う。ふてくされる幸助に友人は怪訝けげんな目を向けた。
巨大な芋虫を睨んでみえるが、彼を通して邪険な目をむけているのは桃岡だ。
『エンデュミオン』はセラピーであって、接待の店ではない。かの少女を嫌っている幸助が個人的に引き受けるはずもなし。
「うちそういう店じゃないんですけど。でもその態度だと、引き受けたの? なんで」
「好きで引き受けたわけじゃない。『行かないとイタズラされたって親に言う』って脅された」
「え、なにそれ。またケッタイなことを……訴える、のは大人げないとしても、従う必要ないだろ。一緒に行って写真取られでもしたら証拠できちゃうよ」
「俺もそう考えたんだけど、ほら、うちこんな商売だから『ゴリカイ』いただくのが大変だしさ。オオカミ少女だと嬉しいけど、あんまり騒がれて、っていうのがヤダ。んで、考えてる間に『黙ってるってことはOKだよね!』って了承したことにされた」
「うっわ。どうすんの」
「わからん」
自棄になって思考を放り投げる。
ブランケットをかけ直し、眠ろうとする彼に慌てて友人が駆け寄る。
逃がすまいと毛布をひき剥がそうとするが、凄まじい力で離さない。安いブランケットが悲鳴をあげていた。
「おいおいおい明日なんだろコノヤロウ! 寝てんじゃねえよ、寝るなら寝るで給料を前払いしろくださいお願いします!」
「テメエいざとなったら逃げる気か」
「当たり前だ!」
「ええいままよ、俺は寝る。なるようになるさ、給料はまだあげません。全て俺が持ち逃げする」
「なんとかなるかもしれないじゃん! 考えようぜ、行くのやめようぜ!」
「給料が欲しくば、平穏無事にいくよう祈っておいてくれ」
友人はなお言い募る。もうなにもかもが面倒になった幸助は、明日の精神エネルギーの補充の為に瞼まぶたを閉じた。
何もない真っ暗な闇に意識が落ちるまで、数十秒もかからない。眠る時だけはいつも通りだった。
○
友人はコンビニ時代と同じ安くてボロボロのアパートに住んでいる。だから普段は自宅出勤で、開店時間の三十分前に到着する。
目を覚ますと、誰もいないはずの家でガスを使い、包丁で野菜を刻む音がした。
泥棒が被害者の料理を作るなんて笑い話。ならば今、台所で朝食を作っているのは友人だ。毛布の下でもそもそと動いて、長椅子から転げ落ちる。
酷く身体が重い。朝は苦手だ、眠くて眠くて朝日が目にしみる。こればかりは、好きなだけ惰眠だみんを貪むさぼれた過去が恋しい。
床は冷たく、夏とはいえつらいものがある。腕をつくと毛布がずり落ちた。拾わず、置いたまま立つ。「よっこらしょ」の掛け声も忘れない。
ナメクジのようにのろのろと台所に入れば、手探りに食器や道具を探している後姿が。やはりよく知っている人物だ。
「友人、何故ここに。早起きが趣味とは知らなかった」
魔が差して、わざと音もなく背後に忍び寄り、あたかも降って湧いたかのように声をかける。面白いほど全身が揺れた。
キッと睨みつけられ、ようやく『料理中に驚かすのは危ない』と思い当たる。
「……ごめん、起きたばっかで頭が鈍くなってるみたいだ」
「お前が素直に謝ったってことは、ちゃんと反省してるらしいな。頼むから二度とやるなよ」
後ろを見たことで、その先に置かれた食器棚にようやく気が付いたようだ。
腕で抱え込める小型の木箱。ダンボールや自作のタンスと一緒に重なって、文字通り埋まってしまっていた。
「なんでこんなにダンボールが」
「便利なんだよダンボール。寒さも防げて物も入る。どこでも手に入るし、大抵の家具と代用できる」
「買いに行くのを面倒臭がったわけか。はい、朝飯」
「どうも」
こういう時、つくづく友人はイイヤツだと思う。大雑把と言えるが寛容だし、バカともいえるが呑気だし、お人好しだが金にがめついし。
ベーコンのうえに卵を落として焼き、トーストに乗せたシンプルな料理。噛みごたえのある端の耳を噛み、ふわっとした中身を咀嚼そしゃく。
白身ごと食めば、ぷるんとした食感も追加。振られた塩胡椒が刺激となって物足りなさを感じない。カリカリになるまで焼かれたベーコンがまた香ばしい。
「うま」
「そらよかった。あとな、話戻るけど頭が鈍いのは昨晩からだぞ」
「んあ?」
「どうするんだ、桃岡さんとのデート」
「あ?」
凄むと同時に掴んでいた食パンの一部を握り潰す。持ち手を失い、重力に従って落ちかけた朝食を慌ててキャッチし、またカリカリモフモフと食べる。
目つきは寝起きに加えて嫌な現実が去来し、不機嫌の極みだ。
「そんなに嫌か」
無言で首肯する幸助に溜め息を吐き、インスタントのコーヒー差し出した。
嫌なら行かないと即答すればよかったのに。
友人の目は雄弁に語るも、幸助も疲れていたのだと言い訳する。
「下手にいじけられるより、一回行ってやって幻滅してもらった方が楽かなって思いついたのが運のつきだったかもしれねえ。そも、俺と一緒に出掛けたいっていう発想が理解できない」
だから『デート』という単語にたどり着かなかった。もし気づいていたら速攻で断っていただろう。
いや、どのような理由があっても断るべきだった。性格の差異、ストレスが幸助の主張だが、個人の好き嫌い抜きでも年齢や社会的立場を持ち出せばよかった。
予想外に一番疲れている時間帯に一番疲れる客が来て、とんでもない爆弾を落としていったから、こちらの思考力が乱されたのだ。
決して、断じて、一ミクロたりとも、桃岡との付き合いに興味があったわけではない。あり得ない。
「どっち選んだって危険はあるよなー。やっぱ会う方が危険だとは思うぞ。お前の言う通り、こっちに社会的な信頼があれば簡単な話なのにな。零細れいさいはつらいね」
「人生の間違いだろ、つらいのは」
くだらないことにも選択を迫られ、どう動いても責任が伴う。
「あー、でもまあ行ってみたら案外イイトコも見つかるかもよ」
「ブルータス、お前もか」
身内からの奇襲。いや、元々精神への奇襲が多い男である。
友人なだけに、いっそセリヌンティウスとして身代わりにしてやりたい。
メロスは最初だけ走って他の誰にも見えなったところで昼寝とジンギスカンパーティーに励むから。
「お前って結構わかりやすいよな……。別にお前をイジメたいわけじゃないぜ。オレ達、なんだかんだこの店にいる間のあの子しか知らねーじゃん?」
「それがどうしたんだ」
「だってココ、『好きな夢を見る場所』だろ。店なんだから、来た時の目的や心境なんて似通ったもんさ。だったら、オレ達が見てる顔だって大体同じじゃね? あの子、ここに来るとワガママとか夢物語とか、悪口が多いからオレも好きじゃない。でも、もしかしたら知らないだけでイイトコあるかも」
「ああ、うん、まあ」
彼のいうことには一理ある。何を隠そう、初期とイメージが変わったのは話している友人当人だ。
友人への昔の印象は、愚痴っぽく無駄にヘラヘラしている調子のいい奴。
『エンデュミオン』開店のキッカケとなったあの夜以来、幸助は友人の様々な面を知った。
文句こそいっても仕事はサボらない。愚痴だって、仕事の様子を観察するうち、周囲の不満を和らげているだけだと気が付いた。
陰湿な形で爆発する前に、健全な冗談交じりの言い方で細かく発散させるのである。友人は非常に口数が多いので、気が付いたら口車に乗っていることも多々。
褒められた方法ではないが、彼なりの気遣いであり、処世術なのだろう。
仕事で、悪意どっさり、攻撃性たっぷりの不満をまざまざと見せつけられるハメになった幸助には、友人の愚痴はもう気にならなくなっている。
桃岡の理不尽で低俗な罵りや欲にも、納得し受け入れられるだけの理由があるのだろうか。
「あの子常連だし、よほどのことなきゃまた来るだろ。あんまりイヤイヤ接するのも精神衛生上よろしくないっしょ。倍に疲れる」
「やだな」
倍に疲れる。その一言の恐ろしさよ。
揺れに揺れる幸助の背を押すように、友人は様々な提案を並べだす。
「そうだな、よほど疲れるとか、あるいはついでに―例えば、イメチェンしちゃえば?」
「……はあ?」
○
抵抗の末、幸助が店を出た頃には無情にも約束の時間を十分過ぎていた。
『エンデュミオン』の前で待ち合わせしていたため、落ち着きのない彼女が来ればすぐにわかる。
急かす声が店に飛び込んでこないのは、当然のように桃岡もまた遅刻してきたからだった。
「すみませェん! 張り切ってオシャレしてたら遅れちゃった~。どうカワイーですかぁ? ってうわ、あれ、真木さん今日いつもとなんか違います? すご、笑える!」
――え、なにが?
人を小馬鹿にした態度にカチンと来るが、腹のあたりに力を込めて堪える。
いつもと違う。多少でしかない違いではあったが、彼女の感想通り比較的小奇麗な恰好になっていた。
ダルッとしたジャージではなく、セージグリーンで袖の短いTシャツ。針金のような脚を包むダメージジーンズは、痛々しいまでの細さ、鋭さを強調する。
幸助が最も気に入らない、大胆に開いたV字型の胸元にはドッグタグのネックレス。何と書いてあるかは読んでいないし、興味もない。
ろくに手入れしていない痛んだ髪は、黒いゴム紐でまとめてある。絶対に悪ふざけであろう友人に、いくら進められても前髪だけは死守した。
幸助だってこんな恰好したくない。ダルダルしていたい。ダボッとしたヨレヨレのジャージー生地と別れたくなかったと嘆いている。
「やだぁ、アタシとのデートで張り切っちゃったんですかぁ?」
――ナイナイ。
話す気力もなく、返答は頭のなかで。伝わるはずもなく、桃岡が意気揚々いきようようと腕をとった。
「いやーよかった、真木さんもオシャレとか興味あるんだあ! よかったよかったー!」
――え、なにが? あとナイから、ナイナイ。
なんかもう、新しい会話パターンを考えるのもつらい。
死んだ魚の目をした幸助の最後の抵抗はないに等しく、満面の笑みの少女になすすべなく引きずられていったのだった。
○
なあオイ、アンタ本気でいってるわけ。
辛うじて呑み込むも、想像以上の行動力――非常識さともいう。それとも幸助がおかしいのであって、女子高生の間では許される行為なのか――に、苛立ちを超えて眩暈を覚える。
彼の不機嫌を感じ取ったのであろうか。美容師の営業スマイルも固い。
歯ぎしりが聞こえないのが不自然なほど、食いしばって強張こわばっている幸助の隣には、表情筋がないのではと思うほど緩い女子高生。
「桃岡サンさ、」
「いっつもボッサボサだなあって思っててェ! せっかく背が高いんだからもっとオシャレした方がいいですよォ~アタシがコレクションしてあげますから、安心してくださァい」
余計なお世話。それに絶対言葉を勘違いして使っている。なんだ、コレクションって。コーディネートでは。
「あ、あのう、お客様。いかがしますか」
担当する予定だったらしい、女性の美容師がおずおずと話しかけてくる。怯えていると気づき、意識して視線を和らげた。
苛立つのは桃岡に対してであって、彼女ではない。不安がらせるのは本意でない。
「悪いんですが」
「予定通りやってよ。時間押してるんだから!」
途中で桃岡が、普段と全く違う話し方で美容師をねめつける。
尊大で相手を見下した口調。遅れてきたのは自分だろうに、相手に責任を転嫁している。だが恰好のいい美容師が通り過ぎるとニッコリと笑う。
顔が引きつった美容師は、長い黒髪がよく似合う日本風の女性で、服装もそれに見合った可憐なタイプと品のいい服。だが、悪くいってしまえば『地味』であるのが見下している理由であるらしい。
ジロジロと装飾の少ない場所を見てハッと鼻で笑う。
――なんだ、その態度。
化粧で本当の顔もわからず、鬱陶しいレベルで髪を巻いている桃岡の感性は幸助にとって好ましくない。だが、「その恰好は嫌だ」と口に出し、見下すような真似はしてこなかった。
人の好みはそれぞれであるのに、ほぼ赤の他人に好みを押し付けるのも、自分の好みを基準に優劣をつけるのも傲慢だ。何より意味がない。いったところでどうなる? 気にしてどうする?
再び閉口し、一瞬桃岡を睨む。彼女は既に待合室で席に着き、カールした髪を指に巻きつけて枝毛探しを始めていた。あまりの速さに呆れてしまう。
「それでは、お客様」
幸助はそっと溜め息を吐き、さっさと初めての美容院に挑むことにした。
○
顔がスースーする。
散髪後の最初の感想はそれだった。急に寂しくなった額を撫でるが、触れるのは愛着のある膨れ上がった毛髪ではなく、かさついた素肌。
美容師に差し出された鏡に映し出された幸助は、その頑かたくなに隠し続けていた顔をあらわにしていた。
切れ長の目は光がなく死んでいて、顔は病を患ったかのような土気色。薄い唇も相まって、普段より不愛想に見える。睨んでいるつもりはなくても、怒ってみえる程度には。
「お客様、こっちの方がスッキリしていいですよ」
正面の鏡では、自分の後ろに美容師が明るく振舞っていた。散髪中もじっとなにもしなかったので安心したのだろう。
彼女が持つ手鏡には、同じくバッサリとやられてしまった後頭部が。
視界はクリア、良好。心中はダーク、最悪。
床に散らばった毛髪が床の一部を占領していた。物悲しい気持ちになるも、美容師は「お疲れ様でした~」とさっさと立つように迫る。
椅子から離れると切った髪で靴底が滑った。キューティクルがまるでなくても足が滑ることに驚く。
――一気に切ってもらうとこういうことになるのか。
今まではちまちまと自分で切っては、すぐにゴミ箱へ捨てていたから知らなかった。
チクチク痒い背中の皮膚までもが苛立つ。新しい発見だけが幸助の不機嫌を和らげる。
待合室まで出ると、カウンターで桃岡が支払をしようとしていた。計算をしているから、割り勘のつもりか。
――絶対ヤダ。
友人ならばともかく、桃岡のヒモ扱いなど耐えられない。
ずかずかと歩み寄り、会計と少女の合間に割り込む。
「え、ちょっと、」
「お願いします」
レジに表示された金額とピッタリの額を受け皿に置く。ちゃりん。小銭がぶつかり合って甲高い金属音が響いた。
女性二人の非難の視線が悲鳴を代弁したように思われ、眉間に皺を刻む。そろそろあとが残りそうだ。
もうおしまい。用済み。おさらばだ。
レシートを渡そうとするのも無視して美容院を出ていく。
ジロジロ見てくる無遠慮な客と店員の視線。期待で幸助を貫こうとした正生、身勝手な欲を果たしたがるエンデュミオンの客。
そして後を追ってきて腕に己のそれを絡ませようとする女。近頃多い値踏みをする見方に、こちらの出方をうかがう上目使い。
数多の目が重なって、四方八方から舐めるように見回されている気がした。
この場にある全て目玉が動くという事実を思うだけで、あらわれたくない腹の底を引きずり出されるようで、気持ちが悪い。
神経がささくれて過敏になっている。やはり自分は目立つことに――姿を晒すことに――向いていない。丸く黒々とした虹彩は、弾丸を打ち出す銃口に見えた。
「真木さん、真木さん」
絡みつく細腕を振り払う。ブレスレットが肌を擦り、触れあった肌の感覚をかき消す。
「真木さんってば」
年上であるのに、見下されるのが気に食わなかった。
何も考えずに侵攻してくるのが苛ついた。
好き勝手な態度に、疲れた。
いつも、休日を自宅で過ごしていたところに突然やってこられて、土足で踏み込まれるような気持ちにさせられる。
一緒にいればいいところが見つかるか。答えはイエスなのかもしれない。
だがそれは、『いいところを見られたら』の話。もしずっと悪い面しか見ることができなかったら、生まれる感情は好意ではない。横を通り過ぎるだけで湧き上がるような嫌悪に成長する。
マイナスな感情にマイナスな感情。元から低い数値を引けば、ゼロ以下になる。簡単な計算だった。
「真木さんって結構カッコイイんですね! びっくりしちゃいましたぁ」
無視し続けて諦めたのだろう。
一人で話し始めた桃岡は異様に近い。靴がぶつかり合っても可笑しくない距離だ。
「あんまりいないタイプー。なんていうの? 外国人さんっぽい?」
あたし、好きかも。
わざとらしく声をすぼめ、照れた様子で呟く声に吐き気をもよおす。甘ったるくて、一体何に夢を見ているのだろうと思う。
今までの言動。今の彼女。そこから幸助は、桃岡が付きまとってくる理由になんとなく答えを見つけた。
鏡を見た時、自分でもあまり多い種類の顔ではないと思った。それが理由だ。
美形というほど整った姿ではない。だが昏くらい目や血色の悪さなど他人と重なる要素があまりなく、比べる対象がいない為に、桃岡には多少美化されて映るのだろう。
痩せ気味な長身や愛想の悪さもそう。何より、催眠術という特殊技能。本来悪評になるはずの特徴も、ひとつに集まってしまえば唯一無二の価値に錯覚してしまう。
桃岡は幸助に恋しているのではない。価値ある自分に相応しい特別な下僕を欲しているのだ。たまたま目についた幸助の『特別』をアクセサリーにして着飾りたいのだ。
だから、幸助自身などどうでもよい。
己の結論に達してしまった幸助の怒っていた肩がすとんと落ちる。モヤモヤとした思いが形になってしまった途端、急激に熱が冷えていく。
――俺だってどうでもいい……面倒臭い。
ゆえに、幸助の心になぞ欠片も気づかずにそっと指先に触れた桃岡に対する一言は、過去現在未来、全ての鬱憤が込められた最低の弾丸となった。
「アンタ、気持ち悪いよ」