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天使の血管  作者: 室木 柴
夢現の子ら
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彷徨う誰か(4)

「U・ZA・I」


 幸助は吐き捨てる。

『睡眠によるセラピーを行う店』を開店し、一年以上が経過した。

 当初、そのまま『睡眠によるセラピーを行う店』という店名にしようとしたのだが。友人に反対され、神秘的なイメージとロマンティックな語呂うんぬん、と勝手に店名を決められてしまった。


 その名も『エンデュミオン』。

 キラキラし過ぎ。不吉。店長=自分に合わない。

 苦言を呈したものの、「ならば他にいいアイデアが?」と言われれば何もなく。自力で考えるのも面倒だったので、なんだかんだ採用。


 町の角、薄暗い路地。それはそれは地味で湿った場所を選んだ。

 派手派手しい活動は絶対に向いていないと、最初からわかっていた。

 口煩い友人もオシャレな喫茶店のような、明るい場所での経営は無理だと判断し、場所には何もいってこない。


 コンビニ時代にコツコツとしていたセラピーの真似事のおかげで、ちょっとしたお金はなんとか貯められた。

 それでも最初はカツカツで、今食べるのに困らない程度の稼ぎが得られるのは非常に運が良いといえる。


 最初にやれたことといえば、ネットでホームページを開き、数店のコンビニ等にビラを貼っただけ(勿論許可は取った)。

 本当に、最初は二週間に一人来ればよかった。しかし、リピート率はかなり高い。

 口コミから評判が広がり、ネットへの書き込みを見て来たものもいた。評判が評判を呼んだのだ。


 数が増え、稼ぎも増えたのはいい。

 だが、客が増えるということは客の種類も増えるということ。冷やかしや非難の為に来る客もいる。

 怪しい技術を使って、安全かどうか疑わしいものだ、と。


 彼らの心配する麻薬といった薬物は使用していない。

 未知の力であるのは事実だが。

 勝手に中毒になるのも、危険な目に遭うのも本人による。

 実際、現実に虚構を求め、怠惰な性格になったのを問い詰めても、証拠がないので引き下がるしかない。


 何度も来店する客もいい客ばかりではない。

 馴れ馴れしく、過剰に根ほり葉ほり質問してくる者。

 夢のなかでは満足していたのに、「無駄金を使わされた」と本心を偽って理不尽な悪意をぶつけてくる者。

 アレコレ手を尽くして、こちらの経済環境や技術の秘密に侵入してこようとする者。


 予想はしていたが、やはり面倒臭い。

 特に、ここのところ頻繁に訪ねてくる女子高生の一団が、幸助の頭を痛めていた。


――マジ、うぜえ……正生はワカイコにモテたいとかいってたけど、何がよかったんだ。


 やたら上から目線でピーチクパーチク喚きたて、散々疑っていた癖にやってみたいという。

 いざやってやれば、あれがすごい、これがイヤ、もっとこういうのが欲しい。

 おべっかを並べ、要求をどんどん高くし、若さを振り回して売りにすれば何でも思う通りになると思っている。

 なかには真剣に疲れ、なけなしの小遣いを貯めてくる子もいるのに。


「こな……きゃ……いいのに……」


 あのテンションに自分はついていけない。

 夢見なくたっていいじゃん。もうたっぷり現実に夢見てるじゃん。

 人生の甘さなら脂肪たっぷりチョコレートクリームケーキも真っ青じゃん。後でどうなっても知らん。


 なんかもうそんな感じで、差別平等不平不満関係なく、生態が違う。

 『悩み』や『痛み』という感情は感じるが、自分に頼むのはオカドチガイな部類。子どもだけでなく大人にもチラホラいるが。


 寝心地が悪いのでベッドとしては劣等生だが、椅子としては優等生。中古で仕入れた固く黒い長椅子の上に寝転がって天井を仰ぐ。


 新たに建てたのではなく、借りたアパルトメントの一室。

 以前の入居者は喫煙者だったのか、コンビニと大差ない灰色の壁がヤニで汚れている。


 かつて正生の借りていたうちの一室にも同じような部屋があった気がする。

 幸助は未成年だったので煙草など吸わない。

 正生に「この汚れはなんだ」と聞くまで存在を知らなかった。正生は煙草を吸わない男だったが、母親が喫煙者だったのだという。


 今の幸助は、煙草を買える。


「今度買ってみようかな」


 手持無沙汰な指を掲げて動かしてみた時だ。


 ちりんちりん。


 ドアに紐で括り付けた鈴が中途半端に響く。開店準備が終了した記念に、神社に引きずられて行った際に購入したお守り。

 鈴には魔よけの力があるのだという。相手が人間では効果がない。

 一体何のお守りだったのかは忘れた。


 ただの客であれば適当に歓迎する。生憎、うるさく床を蹴る革靴の音は、悩みの種が店中に散布されていく音でもあった。


「こんにちはぁ~! 真木さんいますぅ~? なんかぁ今日も来ちゃったんですけどぉ。やだーアタシったら常連ー!」


――(うるさ)い。大声で喋るな、無駄に語尾を伸ばすな、頻繁(ひんぱん)に来るな。


 内心罵っても相手は客で、生活に必要な金を落とす。

 その点、他の客と平等に扱わねばならない。もし甘えてタダでやってくれと言い出したら無視できるのに。


「今日は何名様でしょうか」

「今日はぁ、アタシ一人でぇす」

「マジッすか」


 ふざけんな疲れる。


 バッグにも髪にもチャラチャラ余計な飾りを付けまくり、制服も着崩して靴下もヨレヨレ。

 動きやすく余裕のある服を好む幸助を、自分と近い存在だと思っているようだ。

 幸助からすれば、理解しがたい勘違いである。

 自堕落ゆえに、拘らねば似合わない服を避ける幸助と、手間をかけてまで自らの不真面目をアピールする女子高生。

 怠惰は否定しない。サボリ万歳、ダラダラ大好き。ただし害を被こうむらない限り。


 お金いらないから帰ってとすら願う幸助をよそに、カバンの中身をかき回す。

 整理ができていないのか物がぶつかり合う音がする。

 財布を取り出した指に塗ったマニキュアの色は毒々しいまでの青、目に痛い。

 何重にもパワーストーンのブレスレットを巻きつけて、腕が痛まないのだろうか。


 自分の金でもないのに、胸を張って差し出された金銭。毎回、施術後に受け取るといっていても一向に覚えてくれない。


「じゃあ、終わった後でいただきますから。コースはどうしますか」

「いつもの!」

「わかりました。奥へどうぞ」


 いつものでわかってしまうのが、また腹がたつ。

 先行して歩く間も、後ろから絶えず話し声が投げかけられる。耳から耳へ通り抜け、適当なタイミングで相槌を打つ。

 これで納得するのだから、実際返答など求めていないのだ。それかお喋りに文章が要るほど中身がないか。


 『エンデュミオン』は横幅こそ狭いが、奥行きがある。受付兼待合室が玄関を入ってすぐ。次の部屋が施術室で、最奥が自室。

 雇っているのは受付と会計を兼任してもらっている友人のみ。近頃やっと覚えたのだが、友人の名は『サカノ』というらしい。

 開店後に改めて名を聞くと、盛大に笑われた。大した男である。

 その大した男は、受付の横を通り過ぎる際、こっそりとガッツポーズを向けてきた。


(がんばれー! ファイトーいっぱーつ!)

(うるせえ、崖から落ちてろ)


 女子高生から見えないように親指を床に向ける。笑って顔を逸らされた。

 色んな意味で大した男である。


 受付と施術室を(へだ)てる扉はない。

 代わりに暖簾(のれん)がある。生地は渋い千歳緑。模様は円を描く(つた)。灰の葉が茂るデザインの好き嫌いは人それぞれだろう。

 東洋とも西洋ともつかない中途半端な暖簾。幸助はそこが気に入っていた。

 身長が百九十センチある幸助がそこを通ろうとすると、必ず背を屈ませなければならない。

 片手で暖簾を掻き分ける瞬間。人と出会う場所と客と相対する場所の境界線。ここを越えれば夢を与えるだけ。

 誰であろうと、希望通りの夢さえ見せればいい。


 『仕事』なのだから。



 初めて女子高生達が来た時は五人だった。

 今の常連でもある派手なグループ。初めて面と向かって遭遇しなければ事態に面食らうも、以降 若い客が増えた。


 彼女達から話を聞いてやってきた、同じような客もいたが――同い年の学生も来ているときいて警戒心が薄らいだのかもしれない――気の弱く真面目そうな学生もチラホラ入店するようになったのだ。


 一様に学生といっても様々で、望む夢も夢を好むかも千差万別。

 繁栄と称賛に満ちた遠い先の人生まで夢見る子ども、即物的で果てしない現在いまの夢を大量に生産する少年。


 誰もが満足するわけではなく、『理想の夢』がない子もいた。

 未来へのビジョンも願いも持っていない。夢や想像に価値を見なしておらず、現実で得られるものだけを欲しがっている。

 かといって、具体的にどうしたいのか、何をすればいいのかも想像できないため、何も得られない。

 彼らは来ても漠然とした靄のような夢になってしまい、味気ない思いをしてしまったようだ。


 とても素直に喜んでくれる客もいる。

 例えば、月一で通っている少女。彼女は思いつめる性格で悩み事が多く、まともに眠れない日が続いていた。

 彼女が見たのは、刺激のない、綿菓子の海に浮かぶだけの可愛らしい夢。稀にガラスの粒子のような生き物が訪れて、一緒に遊んでくれと願う。

 穏やかでファンシーな夢が、摩耗(まもう)した神経を癒す。ここに来ると幸せな気持ちで眠れる、といってくれるので素直に好きな客だ。


 女子高生達は買い物をしたり、美しいものに囲まれたり、見目麗しい男達にチヤホヤされる夢が多い。そういう夢は、一番最初に確認の為に見た後、二度と覗かない。


 なかには変わったグループもいたが。四人程度で、みな酷く顔色が悪い。

 心はささくれて攻撃的になっており、ことあるごとにぎょろりと目を剥いて睨むも、気力が追い付かず嫌味を呟く声は小さかったのをよく覚えている。


 揃って、一人の少女と向き合う夢。同じ制服を着て、教室の机を挟んで向き合う様子から、相手はクラスメイトなのだろうと思われた。感情の露出が酷薄な、大人しそうな少女である。


 彼女達のうち、あるものは怯え、あるものは罵り、あるものは許しを乞うた。

 沈黙とともに耳を傾ける少女は、返事も相槌も返さずにじっと大きな瞳で見つめるばかり。


 他に類を見ない、不思議な夢だった。なにせ彼女達が望んだのは、まさしく『理想の夢』、『幸福になれる夢』のはずなのに、何度も来てはその度に疲れた表情で帰っていくのだから。


 今、来ているのは初めて来た一団のメンバーだった。

 大方満足したらしく、他は見えなくなったが彼女だけは未だかなりの頻度で襲撃してくる。


 多い時は週に三回は来る。学生のバイト代で賄えるだろうか。幸助は親の財布から盗んでいるのではと猜疑を抱いている。

 すぅすぅ安らかな寝息をたてている分にはまだ可愛い。手強さ的な意味で。

 名簿を捲って名前を確かめる。『桃岡(ももおか) 菜々(なな)』。十五歳、高校一年生。


 やはりおかしい。子どもの手癖の悪さは本人の不真面目と親の監督不届きと言えるが、


「脅されて持ってきてましたぁ!」


などと嘘を吐かれると非常に面倒なことになる。

 世の中は若い女子と男なら、女子を眉間するものだ。

 桃岡は考えずにものを考え、脳裏に浮かんだ考えが原因の解明を伴って形になる前に飛び出す。

 後先考えない言動に振り回される様がありありと想像でき、また胃がムカムカしてきた。


「はーッ……」


 肺を大きく膨らませ、深い溜め息を吐く。

 仕事だ、仕事なのだ。割り切れ。

 自己暗示をかけてから、受付へと向かう。次の客に会う時間だ。



 清涼剤のような夢を見せた後は気分が軽くなる。

 そういう客には時々予想外のイベントを挿入するサービスも行っている。

 店長だって息抜きがしたい。癒してくれる客にはよくしたいと思うのは、人間として当然ではなかろうか。

 今日はたまたまリラックスできる夢を望む少女もやってきていた。酷く疲れたり癒されたり、忙しい日である。

 綿菓子の夢を見せ終えて見送れば、今度は起こす為に桃岡の元へ向かわねばならない。


 いつもより時間をかけて客を見送った後、桃岡の横に立つ。

 ブランケットを剥がして畳み、そっと肩に手を載せる。

 優しくしているのではない、以前 起き上がるなりブランケットを床に投げ、靴を履いた後も拾う間もなく踏みまくったことがあるからだ。


 意識を集中し、『夢』に揺さぶりをかける。

 目を閉じれば、干渉の為のイメージが瞼の裏に浮かぶ。

 空を映した雲の中に、頼りなく浮かぶゆりかご。白い靄に包まっている生き物が夢見る者。


 幸助のイメージでは彼らは人の姿はしていない。

 顔が見えると『人間の顔』『見た目のイメージ』に引きずられやすくなってしまう。

 だから姿が見えなくし、純粋な想像の世界の住人にしてしまうことで『理想の夢』を表出させやすくする。


 ゆりかごの縁に手をかけ、ゆっくりと力強く押す。

 世界の縁を脅かされた住人が、危機感に意識を尖らせた。

 鋭利なアンテナとなった部位に、痺れる静電気のような波を寄せれば、世界がガタガタと震えだす。


 現実の幸助が目を開くと、桃岡も睫毛を震わせて起きようとしているところだった。


「おはよぉございマース……」

「はい、どうも。調子はどうですか」

「そりゃもー! 今日の夢はですねー、お金持ちのお兄さんが」

「ではどうぞ。足元と忘れ物にお気をつけて。こちらが伝票になります、受付へどうぞ」


 有無を言わさず走り書きの伝票を押し付け、さっさと仕事場を出る。

 船を漕いでいた友人の頭をブランケットではたく。威力のない間抜けな光景だったが、ひとまず満足。


 桃岡が後を追って来る前に、別の客に声をかけた。○○様、どうぞ!


「はい、桃岡様。代金を頂戴いたします、お釣りは八五円になります」


 出てきた桃岡に間髪入れず友人が呼びかけた。

 仕事場で出しておいたのだろう、手に握られている金額を即座に計算した彼はにこやかに釣り銭の額を提示してみせる。

 言われるがまま金を差し出した彼女に、完璧な営業スマイルで頭を下げるまでの一連の動作は実にスムーズ。

 コンビニ時代に鍛え上げた熟練の技である。


 からかっても幸助が心底桃岡を苦手としているのは友人にもちゃんとわかっていた。

 彼女が一度絡む相手を見つけるとしつこいのも経験済み。

 丁寧で礼儀正しい対応に見せかけて、さっさと店から出てもらう作戦だ。


 いざという時はちゃんと気が回せる友人に、幸助は天井に向けて親指を立てた。心の中で。


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