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天使の血管  作者: 室木 柴
夢現の子ら
3/35

プロローグB

 プロローグはこれで終了です。以降、鳩と幸助の視点を1話ごとに交代して進んでいきます。

 他視点があったほうがいいという場合を除き、余程でない限り原則としてこの二人視点のみの予定です。2連続同じ人物であることもありません。交互です。

 真木(まぎ) 幸助(こうすけ)の《親》である正生(まさき)が死んだ。ついこのあいだ。


 別に血は繋がっていない。

 幸助には自分に愛想がないという自覚はあるが、かといって何も思わないわけではなかった。

 何せ、三年間だけとはいえ突然現れた子どもを育ててくれたのだから。

 最初こそ面倒臭い顔をして、警察に通報しようとしていたが天使と気づいてからは かなり世話を焼かれたと思う。


 もっともそれも数週間前まで。


「なあ、お前って本当に《天使》なんだよな? じゃあ何かできないのか」


 肉体は高校生程度まで成長した幸助に正生はそう聞いてきた。

 薄汚れた六畳半。焦った表情の正生をお構いなしにのんべんだらりと転がっている彼に対し、膝を折ってまっすぐ見つめてくる姿はそれなりに滑稽だった。


「何かって?」


 本当はとっくの昔に『自分が何をできるのか』には気づいている。

 ただ、それを使ったところでロクなことにはならないだろうな、とも。特に正生には。


「えーと、例えばさ、金を生み出すとか、めちゃくちゃラッキーになれるとか……あ! ほら、炎を出すとかでもいいぜ、目立つだろ」

「ないね」


 即答すればわかりやすく肩を落として落胆する。


――ああ、なるほど。要は《天使》の恩恵が欲しいわけだ


 楽して生活できる程度の金を稼ぐなり、能力を使ってスターみたいに注目されるなり。

 そんなことしたって疲れるだけじゃないか。

 馬鹿とは思わないが、侮蔑のまなざしを向けてしまう。感じるものがあったらしくキッとを大して怖くもない睨みが返ってきた。


「なんだよ」

「正生、勘違いしないでくれ。アンタを駄目な奴だといっているわけじゃあないんだ」


 誰だって一度は考えてしまうだろう。

 そんな都合のいいことを望み、ましてや口に出すのが愚かしいと思っただけだ。

 本心からの言葉だったのだが、冷めた口調が気に障ったようで胸倉をつかまれた。

 予想はしていたものの身構えていなかったせいで軽く心臓が跳ねる。

 首にがくん、と力がかかって眉間に皺が寄った。

 お約束として正生の手首を掴んだが、気にもされず揺さぶられた。激しく前後に動かされ、若干の吐き気を催す。


「ちょっと、やめろよ」

「じゃあ俺はなんのためにお前を養ってきたんだよ! お前がいれば、そのうち能力を使ってテレビにでるとか、モテるとか」

「そりゃあ最初から無理な話さ。俺が出たところで、最初だけ珍しがられてすぐ忘れられるのがオチだよ。俺ァ目立つのに向いてねぇし。大体、《天使》なんてのは何千年も前から人間と共生してきたんだぜ。正生が思う程、衝撃はない」

「でも、でも」

「《天使》の能力が必ず目立つもんだとは限らない。イロモノ勝負しても長続きしねえよ」


 大前提として世の中甘くないという事実と、正生に荒野を進める粘り強さがないという問題もある。

 正生は決してそれを認めないだろう。本当は自覚していても、だ。素直に認めて努力できるなら、最初からこうはなっていない。

 頭に血が上るのが早ければ、下がるのも早い。

 真っ赤だった顔をみるみる白くして、力なく腕を下ろす。


 のそのそと立ち上がり、身体を重そうに引きずって部屋の隅に座る。日の当たりにくい場所で、決して居心地はよくないだろうに壁の四隅に向かって膝を抱えて丸まった。


 初めて会った時も、こうしていた。

 アルバイトをクビになった時、好きな女にフラれた時。落ち込むといつもこうだ。


「正生」


 嫌な予感がした。いつもなら無視する、情けない背中に恐る恐る声をかける。

 正生は膝と膝の間に頭を潜りこませ、もごもごと呟く。怯えた子犬のようにぶるぶる震える姿は若いとはいえ、大人と思えない。


「だってさぁ……お前のこと、頼りにしてたんだよ。お前さえいれば、なんとかなるって」

「ならない」


 そもそも、そんなのでうまくいくなら天使の芸能人なんていくらだっているはず。

 現時点どころか、今までだって天使のタレントが少ないのは人間に対する《天使》の割合の低さばかりではない。

 自分とは違う存在である《天使》に好意的な興味を持つ者もいれば、単なる好奇、いっそ敵意や悪意をもつものもいる。


――前言撤回。正生はどうにも馬鹿らしい。


 断じたというのにまだ正生はごねる。


「嫌だ、もう頑張りたくねえよ……。面倒だ、疲れたんだ。世の中、嫌なことばっかりで。できる奴はどんどん豊かになってくくせに、オレはこんなとこでガキみたいにうずくまるしかない。情けねえよ、もう……タルい、価値ねえよ、こんな世界」


 ついには鼻を鳴らして泣き出す始末。


「なあ、正生」


 それほどつらいというのなら考えないこともない。

 いっそ、楽にしてやろうか。


「この世界で、俺にはアンタに金をやることも、幸運にしてやることもできない。ファンタジーの超能力じみた派手な力も持っちゃいない」

「……」

「が、幸せにしてやることはできる」


 正生の貧乏ゆすりがとまる。

 壊れたロボットみたいに、とてもゆっくりにこちらを振り向いて。

 無言ではあったが、驚きとともに期待を込めた目が。

 期待をそのまま矢に変えて、幸助を射殺しそうだった。


 結末をなんとなく予想しつつ問う。

 やはり、結果はロクでもない終わりなんだろうと思いながら。


「幸せな夢を見たいと思うか?」



 明晰夢。自分の思った通りにできる夢。

 幸助の異能は相手を眠らせて そういったものを見せることのできる力だ。幸助自身は「どうにもそうらしい」程度に思っている。


 らしい、というのは、幸助自身は夢をみたことがないためだ。

 夢を見せる能力にも関わらず、自分は夢を知らない。なんておかしい話。

 さらにおかしいのは、夢で死人がでたこと。

 夢の中で死んだのではなく、夢のせいで、人が死んだのだ。


 現実に苦しむ正生に幸助は理想の夢を見せてやった。

 何もかもが思うまま。働かなくても巨万の富が周囲にあふれかえる。道を歩けば通りがかるもの全てが見惚れ、あらゆる女が言い寄ってくる。

 天上のものとすら思えるほどおいしい食事、美しい容貌。どんなに食べても太らない。怪我もしない、したとしてもあっという間に治る。

 退屈すれば、ファンタジーな戦場へ。サプライズが欲しいとねだられれば、幸助が夢に介入し、予想外のイベントを起こしてやった。

 異性からは焦がれる恋慕を、同性からは羨望を。むかつく上司を殺しもした。あいつなら仕方ない、誰もが優れた正生には諦めるしかなく、尊敬の念すら抱く。


 正生は幸福そうだった。幸助に礼もいってくれた。

 そうして、死んだ。

 苦しい現実よりも、楽しい夢を選んで。

 永遠に夢を見続けたいと望んで。


 飲まず食わずの日々が続いたせいだ。実際の肉体との感覚を遮断させて見せた夢では、現実でどうなろうとも苦しむまい。

 例え脱水症状に陥ろうが、身体がガチガチに固まろうが、彼は夢中で快楽を貪るのだ。

 エンデュミオンではないのだから、いずれ死ぬのは当然である。

 最初から心配はしていた。理想の眠りを強請(ねだ)るのが頻繁になって確信もした。

 やんわりと忠告しても、もはや自分の世界に閉じこもり、井の中の神と化した彼は 耳を貸さない。

 現実の話題をだし、癇癪(かんしゃく)を起した正生に殴られて以来、まともな会話すらやめてしまった。

 たまに、布団からのそのそ這いずりだす彼と話し合う題といえば、次はどんな夢をみるかという相談ばかり。

 今までで一番長く 贅沢な要素をこれでもかと詰め込んだ物語を望み、眠り始めて一か月。死んでいるのに気が付いた。


 もしかしたら、もっと早くに死んでいたのかもしれない。なにせ、まめに脈を測らなかったからわからなかった。


 救急車を呼び、あとは周囲に従うまま、あるいはインターネットで調べて手続きをした。医者にはクライン・レビン症候群の疑いがあると言われたが、正確な死因は不明とされている。

 保護者はいなくなってしまったし、彼が幸助について戸籍等の手続きをしてくれたのか怪しいものだ。ないと考え、憂鬱という重い足枷をはいて役所に赴いた。


 役員には戸籍がないと素直に伝え、その後色々手伝ってもらって。

 最初は「なにいってんだコイツ」みたいな目でみられたものの、調べたら本当になかったのだからどうしようもない。あんな目で見ないで欲しかった、幸助自身だって残念なのに。


 だからこそ、これからもっと面倒になるだろうな。そのように覚悟していただけに正生の遺骨を納めた時は拍子抜けしてしまった。

 意外にも彼は、幸助が《天使》だと誰にもいっていなかったようだ。突然発表して驚かせたかったのか。今となってはもう一生わからない。

 一応両親に通知もしたのだが、幸助が来る前から親子の縁を切られていたそうだ。結局共同墓地に眠っている。

 しかし本当の闘いはこれから。


 この見た目になってから作ろうというのだから、簡単にはいくまい。一度体が成熟した天使は、それ以降の老化は人並みになるらしい。どうせなら人間として過ごしたい。面倒なことに戸籍なしには何かと暮らしくいのだ。


 ああ、全く本当に、面倒だ。


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