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天使の血管  作者: 室木 柴
親切獄卒
22/35

プロローグ

 白河 鳩は《天使》である。それも極めて無知な。

 つい先日までは自らが無知であるということさえ知らない、徹底した蒙昧無知であった。

 今は多少なりとも自覚をもって、恐る恐る大人への階段を登ろうとしている子どもだ。

 

 スタートラインに立つにあたって学んだのは、成長初心者として「疑問を持つ」重要性。

 自分は何を好むものであるか? それを知り、さて、少年はそこでひとつ新たな疑問を生んだ。


 《天使》とはなんぞや。

 紀元前から共存してきた、人類の隣人。学校でもお互いについて学ぶらしいが、そればかりを多くの知識をインプットせねばならない現代社会で教えるわけにもいかず、どうにも「存在」の認識が曖昧無知のままである。


 《天使》とは何者なりや。

 自分以外の《天使》は一人しか知らない。ひどく近しいのに全く違う。けれど人というものも多様であるし、同様の心を携えた我々だって多様なはずだ。

 生まれを知る、祖先を想う、過去を思索する。

 人間もこのようにして自分や他者、ひいては巨大な世界を分析しようとちっぽけな脳で努めてきた。だったら鳩が《天使》を調べようと思うのも当然の成り行きのはず。


 図書館やネットを用いるという手段もあるが、彼にはもっと身近で頼もしい人物がいた。

 これまたつい先日、ご近所さんになったばかりの家族である。 


 姉が亡くなって幾月。結局、少年の家族は引っ越した。

 まず転居を決定した鳩の両親は、元々子ども想いではあるが、同時に「のっぺら」とした人たちであった。

 優しい。ノンビリや。うっかり。穏やかな男女。誰もにイイヒトと評されるが、どうにも印象に残らない。毒にも薬にもならない。なんにもならない……というのは言い過ぎだろうが。

 佑が両極端の劇薬であれば、両親は無味無臭の空気。

 だが姉の死を経て、両親はやや過保護になった。


 姉も弟も物欲のある方ではなく、豊かとはいえずとも引っ越しをする程度の資金はあった。

 彼女が死んだ土地から離れる。両親の選択も、悪くはなかったと思う。人として当然の想い、そのひとつ。

 そして鳩の、己の背を押してくれた人たちと思い出の残る場所に残りたい、という願いも。


 だから鳩がこの町に、せめて近隣の町にという望みを叶えてくれたのは、本当にありがたかった。心の傷を利用するようで申し訳ない気持ちもあったが、今はその行為に甘えよう。

 心に一本の針を刺して、彼らは住んでいた夕川町から那谷木町に引っ越した。


 数ある市町村からそこを選んだのは、一重に一人の少女のためである。

 実際、己の背を押してくれた人たちといっても半数以上は反面教師で、具体的に教師役をしてくれたのはその少女だけであった。

 少女――虎斑 凛。頼れる家族というのも彼女たちを指す。

 妙に《天使》に詳しい彼女のこと。きっと自分の頭にでも面白いように教えてくれる。


 家を訪ねてもいいか、確認の電話をかけつつ、少年の胸は期待と不安に揺らぐ。 

 わがままな願いだと嫌われてしまわないか。緊張で受話器を掲げた手を震わす後ろ姿は、内気な生徒が教師に質問を投げかけるようであった。

 心配せずとも、世話焼きな虎斑の答えは当然イエスであるのだが。



 この日語られるは、三人の《天使》の物語。

 いずれも既にこの世にない、儚く、そして荒々しく散った隣人たちの回顧録。

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