第1-6話 因子は深く、その交わりは広い
第1-6話 因子は深く、その交わりは広い
サクマの論文である『因子は深く、その交わりは広い』は、人類が宇宙とか自然と呼ぶ環境は全てが因子より構成されていて、その交わりによって複雑性を醸し出しているという骨子であり、この論文によりサクマは一躍脚光を浴び、C・Cの統括技師に抜擢されたのであった。20世紀頃にグラフ理論という数学の一分野が存在したが、その理論はそれだけでは何の実効も持たず、忘れ去られた格好になっていた。それを掘り出してきたのがサクマで、論文そのものの内容はたわいもないことだった。誰でも気づきそうなことであり、論文の理解に難解な知識が必要でもなかったが、目から鱗とはこのことで、人類の技術のこれからの方向性を決定づけるものだとまで言われた。サクマは論文の中で因子そのものに言及しておらず、環境に存在するものは物質であれ、精神であれ、時間でさえも因子になりうると言ってのけている。21世紀初頭まで原子核の研究が爆発的な勢いで進められていたが、人類の結論は原子を陽子や中性子などに分割すると原子は原子として成立せず、つまりは原子は原子として扱うことしかできないという結論になっている。
『創発』という概念だけが、一人歩きしていたような観の21世紀初頭であったが、原子の研究の幕を引いたのがこの『創発』という概念であったことを考えると、概念とは人の持つ予見能力なのかもしれないと思わされてしまう。『部分が持っていない性質が全体に現れてしまう』という創発の概念はサクマの論文にも通じ、それは原子を分割できないということを意味しておらず、原子の部分と全体の仕組み、即ち原子を構成する因子とその交わりが解明されないと原子を因子分解できないということを意味していた。サクマが“因子は深い”といったのは、原子が因子分解できたとしても、さらにその因子も分解できるのではないかということであり“その交わりは広い”とは、その因子の相互関係が無限と思われるほど存在するからである。
サクマは、論文の最後で自己否定のようなことを述べている。それは『因子は独立した因子として存在できないのではないか』であり、因子は他の因子との相互影響によって成立し、性質を付加されていて、因子を因子として扱った瞬間に全体すらも崩壊するのではないかという課題、あるいは疑問を投げかけていたのであった。




