こうして、元貴族は盗賊へ
貴族社会というのは、どうにもこうにも面倒臭いことが多いものだ。
ドイツもコイツも利益を求め、平気で他の貴族を蹴落とそうとする。
家柄云々という御託も、派閥だ何だというのも、結局は利益追求のための方便にしか過ぎない。
さて、貴族にとっての利益とはなんだろう。
それはつまるところ、土地と人間だ。
貴族は王という絶対権力者から、土地とその管理を委任されている、いわば管理人である。
土地や人にまつわる様々なアレコレを肩代わりする代わりに、その土地に住む物から衣食住を保証された存在。
それが貴族なのだ。
良く勘違いされることだが、貴族が自分の土地に住む者を平気で殺したり虐げたりするということは、まずない。
良い貴族であるならば、土地に住む者は彼等にとって守るべきものであり、その住民達を守ることこそが貴族が貴族足りえる理由であるからだ。
悪い貴族であるならば、土地に住む者は彼等にとってかけがえのない財産であり、金のなる木であるからだ。
どんな馬鹿でも自分で「金のなる木」を切り倒したりしないのである。
そんなわけで、良い貴族も悪い貴族も、兎に角自分の土地を広げることや住民を増やすことに関しては積極的であるといっていいだろう。
それは土地が富むことであり、収入源が増えるということなのだから。
一般の市民が収入が増える努力をするように、貴族だってその努力を当然の様にする。
それが別の貴族を罠にはめ、土地を奪うような行為であることもある。
それは立派な「企業努力の結果」であるともいえるだろう。
平民が努力して収入が増えたら褒められるのに、貴族は「クソ外道」「腐れ貴族」「死ね」などと罵倒さえるのだ。
実に理不尽である。
もっとも、その「企業努力の結果」貴族の座を追われ、口封じの為に殺されるほうのいわゆる「負け組み貴族」にはたまった物ではないだろうが。
「いんや、やっぱすげぇなぁ。貴族。まじこえぇよ貴族」
馬を引っ張りながらしみじみとそういうのは、自身も貴族の末席にいた男であった。
名を、フォルンベルド・クライベル・クロウリッス。
いた、と過去形であるのは、今現在は貴族でないからだ。
彼は敵対する派閥にはめられ、売国の逆賊に仕立て上げられた。
貴族というのは恐ろしいもので、それに気がついたときにはもう挽回は不可能。
命からがら逃げ出すのがやっとであった。
幸いフォルンベルドは家族もなく、婚約者もいなかった。
そんな天涯孤独状態に有ったから、敵派閥にも狙われたのだろうが。
「まあ、命があっただけマシじゃねっすか」
フォルンベルドの横で同じく馬を引いているのは、彼に仕える騎士だ。
名は、カルイム。
冒険者だったところをフォルンベルドが引き抜いた男で、腕はピカイチなのだが、頭はイマイチであった。
二人は今、夜の山道を歩いていた。
敵対する派閥にはめられたと気がついたのが、数時間前である。
それから屋敷を騎士団に囲まれ、火を放たれ、趣味で掘っていた隠し通路のお陰で命からがらその場を離れたのが、一時間ほど前だ。
彼等の引いている馬の背中には、沢山の荷物と食料が詰まれている。
何かのときのために用意しておいた、非常用の装備だ。
貴族というのは、割と簡単な理由で命を狙われる商売である。
万が一の用意は常にしておくものなのだ。
「で、どうするんすかフォルンベルド様は」
「どうもこうも。もう政治とか政界とかヤダよ。死んだことにしてどっかに隠れて住もうかなぁと思うけど」
「マジっすか。じゃあ、オレはどうしようかなぁ。また冒険者に戻ろうかな」
「多分無理だと思うぞ。お前は俺が雇ってたのは有名だからな。俺の変わりに火あぶりとかにされるかも知れんね」
「マジっすか?!」
カルイムの顔に、絶望の色が浮いてくる。
実際、普通に表に出ればカルイムは間違いなく殺されるだろう。
公開火あぶりとかにされるかもしれない。
貴族というのはそういうところ容赦のない連中なのだ。
向こうも商売であるだけに、必死だ。
「まあ、なるようになるさ。いざとなったら山賊でもして暮らすしね、俺は」
「フォルンベルド様、剣術からっきしじゃないっすかやだー」
「うっせ! 俺は魔法系なんだよ! 魔法系貴族なの!」
「もう貴族じゃないっすよね?」
「うっわ。鋭いツッコミだわー。俺がまだ貴族だったら不敬罪で死刑だね」
「へっへっへ。さーせん」
数時間前に殺されかけたとは思えないほどの気軽さだ。
だが、貴族というのはこのぐらい肝が据わっていないとやっていけない商売なのである。
ともかく、二人は夜闇に紛れ少しでも距離を稼ごうと、山の中をずんずんと歩き進めた。
二人が山の中を歩いていると、急に開けた場所に出た。
そこは、もっとも街から離れた農村であった。
人というのはどんなところにも住んでいるものなのである。
「はぁ。ここの野菜美味かったんだけどなぁ。もう食えねぇんだろうなぁ」
「フォルンベルド様、口調砕けてないっすか」
「どうせもう気取る必要もないんだし。いいじゃないこのぐらい。それにあれだ、もう様付けいらんよ?」
「いえ。オレ冒険者から引き上げてもらって騎士にしてもらって、マジフォルンベルド様には感謝してるっすから。貴族じゃないとか、カンケーないっすから」
「うわ、うぜぇ」
「え、今の感動するシーンじゃないんすか?」
二人がそんな軽口を叩き合いながら歩いていると、妙なものが目に飛び込んできた。
夜中であるにも拘らず、村の真ん中にある広場の辺りに明かりがともっているのだ。
このあたりは「ザ・田舎」としてプロの田舎を名乗れるほどの田舎であり、こんな時間に明かりがともっていることなど殆どなかった。
例外としては年に一度の夜祭があるのだが、時期が全く違う。
「なにごとっすかね?」
「なんだろう。いってみる?」
小首をかしげながら近付いてみると、段々とその様子がはっきりと分かってきた。
沢山の村人が、縛られて地面に転がされている。
その中央に、大きな焚き火があるのだ。
火を囲んでいるのは、武装した騎士達であった。
装備を見れば、王都の騎士団であることが分かる。
「え。なにこれ」
フォルンベルドが思わずそうもらすのも、無理からぬことだろう。
辺境の農村に来たら、王都の騎士団が村人をふん縛ってました。
などという状況を目の当たりにし、端から冷静を保てる人間などそうそういないだろう。
ぼけっと立ち尽くすフォルンベルドとカルイムの二人。
だが、ぼけっとしているのは二人だけではなかった。
王都の騎士団たちも、またぼけっと突っ立っていたのだ。
「なんだ。ほんとになにこれ。どういう状況なの」
「アレじゃないっすか。何かこの村の人皆殺しにして、それもフォルンベルド様に罪を擦り付けて、あいつこんな悪い奴なんだぜー的な演出をする為の最中とかじゃないっすかね」
「んなアホな。べったべたじゃねぇかよ。大体そんなことに王都の騎士団使うかっつの。そういうのは暗部の仕事だろ。ねぇ!」
半笑いしながら、フォルンベルドは騎士団たちへと話を振った。
だが、騎士団の反応は思いもよらぬものだった。
さっと、目線をそらしたのだ。
表情もなんだか居たたまれない感じになっている。
「マジっすか。え、ていうか王都の騎士団ってエリートじゃないっすか。んなパシリ見たいな事させられてるんすか」
「騎士団っつったって、貴族から見ればまんまパシリなんだよ。騎士道がうんたらーって書いてある本読んでみろよ。御貴族様や王族様のどんなご命令にも尻尾を振って一生懸命がんばるのが騎士ですって書いてあるから。まあ、マジでパシらされてるとは思わなかったけどね。引くわー」
「マジっすか。っぱないっすね」
「大体最近の騎士ってのは前提が間違ってるんだよ。騎士ってーのは土地を守る代わりに食わせてもらってる人間の事を言うのよ。それが自分たち有木で民衆は生きとるんじゃー的なこと言い始めてさ。それ言ったら貴族もそうだけどさ。まだ裏では現実見据えて反乱とか起こしそうな農民始末するだけ貴族のほうが現実見据えてんじゃねぇーの?」
「うっわ、マジ貴族エグイっすわー。っぱねー」
野良貴族と野良騎士の身もふたもない会話は、王都の騎士団をドン引きさせるのに十分なものだった。
王都の騎士団たちが表情を引きつられている中、一人がようやく再起動に成功する。
隊長らしき騎士に駆け寄ると、耳元でゴニョゴニョと呟いた。
それを聞いた隊長らしき騎士は、隊全体に指示を飛ばす。
あっという間に、騎士達はフォルンベルドとカルイムを取り囲んだ。
「え。なんすか。なんすかこれ。どういう状況っすか」
キョドるカルイムに対し、フォルンベルドはいたって冷静だ。
こうなることを予想していたらしい。
「俺達をはめるために来てるんだろ? 逃げてる俺達をなんかの加減で発見したら、殺せぐらいの事は言われてるだろうよ」
「何それ怖い。マジっすか」
いやそうな顔をしながら、カルイムは騎士達のほうに顔を向けた。
皆頷いている。
どうやらそういうことらしい。
「マジっすか」
心底いやそうな顔をするカルイム。
ここまで面倒臭そうな顔が出来る人間も珍しいだろう。
ここからの展開は、文字通りあっという間だった。
フォルンベルドたちに攻撃を仕掛けようと動き始める騎士達だったが、その動きは突然地面から生えてきた腕によって阻害された。
当人が言うとおり、フォルンベルドは魔法使いである。
土製ゴーレムを得手とするフォルンベルドは、騎士達の足元に腕だけのゴーレムを作り出したのだ。
動こうとした瞬間に足をつかまれるというのは、なかなか厄介なものである。
とはいえ、所詮土で出来た腕だけのゴーレムだ。
屈強な騎士に掛かれば、すぐに破壊されてしまう。
だが、必要なのはその僅かの間だけたっだのだ。
ゴーレムが稼いだ僅かの間に、カルイムが騎士達を全員叩きのめしたのである。
カルイムは、元々冒険者であった。
そういう身分の人間が騎士になることには、いろいろな障害が付きまとう。
腕っ節は勿論、頭も良くなくてはいけない。
カルイムは、頭のほうはすこぶるイマイチであった。
だが、それを補って余りあるほど腕っ節は強かったのだ。
もっとも、それでもカルイムを使おうと思った貴族はフォルンベルドだけだったのだが。
騎士達のあごを拳で打ち抜き、掌で鎧を叩き内部に衝撃を叩き込み、首筋に手刀を入れる。
一人も殺さず無力化するその手際は、カルイムが超一流の冒険者であったことを示しているだろう。
意識を失い転がっている騎士達を前に、カルイムはふんと鼻息を鳴らす。
「この人数で足が止まってりゃぁ、わけねぇっすな」
「喧嘩だけは強いからね、お前」
「もうちょい数が多きゃぁー無理っすよ。囲まれてフルボッコっすよ」
実際もう少し相手の数が多ければこうは行かなかっただろうが、今回は危なげのない勝利だ。
そんな様子を見ていた転がっている農民達は、皆半泣きでビビッていた。
事情が理解で来ていなかったからだ。
突然立派な鎧の騎士たちがやって来て、自分たちを簀巻きにして殺す準備を始めた。
そしたらへんな二人連れが来て、今度はその騎士達を瞬殺したのだ。
気の弱いものは白目をむいて気絶したり、猿ぐつわの間から泡を吹いたりしてる。
割と平気なものでも、漏らしたり、もがいて逃げようとしていた。
広がった光景は、まさに地獄絵図である。
気絶した騎士たちに、逃げようにも逃げられない簀巻きにされた農民達。
フォルンベルドは頭をかくと、大きなため息を吐いた。
「とりあえず、縄ほどくか」
「フォルンベルド様も手伝ってくださいっすよ。オレ一人だと時間掛かるんすから」
「わーってるよぉ。もう、何なんだよ今日は。殺されそうになったり家焼かれたり。厄日じゃないかしらマジで」
ぶつくさと文句を言いながらも、フォルンベルドは農民達を縛る縄をほどきにかかった。
元貴族ではあったが、彼は意外とこういう作業は得意であったのだ。
騎士達をロープで縛り上げ、フォルンベルド達はようやく一息つくことが出来た。
幸い、ロープは農民達を縛っていたものがあったので、困ることはなかった。
人生何が役に立つか分からないものである。
途中から再起動した農民達も手伝ってくれたので、騎士達を縛り上げる作業は思いのほか早く終わることが出来た。
そうこうしている内に冷静になったのが、フォルンベルドを見つけ驚きの声も上がる。
領地内を定期的に回っていたフォルンベルドの顔は、村長などの主要な地位にあるものなら皆知っているのだ。
そんな知識階層の農民達に、フォルンベルドは現在の状況を説明した。
自分が殺されそうになり、貴族としての地位を失っている状態であること、
自分の悪名をでっち上げる為に、村が襲われていたこと。
そして、その実行犯は既に結わえてあること。
村長や主だった農民たちは、頭を抱えて嘆いた。
この国の農民たちは教育を施されては居ない。
だが、それは彼らが愚かで頭が悪いと言うこととは、必ずしも直結しない。
農業や村の経営というのは、そんな人間が出来るほど甘っちょろいものではないのだ。
彼らはフォルンベルドの話を聞き、すぐさま自分達の立場を理解した。
もうこの国に。
いや、周囲の国にも、自分達の居場所がないことを理解したのである。
「え、なんでっすか?」
が、残念なことにカルイムには良く分かっていない様子であった。
彼は頭は物凄くイマイチなのだ。
「ったく。いいか? この村の人たちは俺達をはめるために使われそうになってただろ? でも、こうして助かった。自分達を殺そうとしてる奴等も見ちまった。真実を知っちゃったわけだね。そんなのが居たら、俺をはめようとした連中にとっては邪魔だろ?」
「あー。なるほどー。じゃあ、口封じにころされるっすねー。 ……だめじゃん?!」
「リアクション遅っ!」
そう、この村に暮らす農民たちは、手詰まりなのだ。
村を襲った連中の顔も見てしまったし、計画の内容も知ってしまった。
それを彼らが言いふらせば、貴族の面目は丸つぶれだ。
そんなもの、握りつぶしてしまえばいいと思うかもしれない。
農民の言うことなど、気にしなければいいと思うかもしれない。
だが、それは大きな間違えなのだ。
その農民の声を理由に、その貴族を引き摺り下ろそうとする、別の貴族が居るかもしれない。
そうなれば、貴族としての地位を奪われかねない。
別の貴族を引き摺り下ろすつもりが、今度は引き摺り下ろされる側に回ってしまいかねないのだ。
そんな危ないものは、どうするべきか。
そう、殺してしまうのが一番安全で安心なのである。
他所に逃げようにも、恐らく罪人とかにされていることだろう。
村でも何でも、人里に入ればあっという間に殺されるはずである。
罪を捏造することなど、貴族からしてみれば赤ん坊にデコピンを連打するよりも簡単なことなのだ。
良心が痛まなければ、の話ではあるが。
もっとも、そういう手合いはそれが正義だと信じているので、良心が痛むことなどありえないのだが。
「おしまいですね……。村を捨てて逃げるしかありませんか」
沈痛な面持ちでそういうと村長は、げっそりとした顔でため息を吐いた。
一本も髪の生えていないハゲ頭に、立派なあごひげを生やした村長は、まるで亡霊のような顔色をしている。
ほっそりとした外見も相まって、そのビジュアルはゾンビか何かのようだ。
「村長、実はもう死んでて既にモンスターに成ってるって事ないっすか」
「あー。ゾンビかレイスあたりか。ってバカー! お前なんてこというんだ! マジに成ったら怖いでしょうがっ!」
「御領主様、ツッコムのそこですか?!」
村長の顔がますます悪くなり、叫んだ影響なのか体がカクカクと震えている。
余計にゾンビっぽく見えたが、フォルンベルドはそれを言うのをぐっと我慢した。
言ったらマジでそうなるかもしれないと思ったからだ。
田舎の農村に行って見たら、全員ゾンビになってました、というのは時折あることなのだ。
昼間見ても迫力の有るビジュアルな村長だが、夜にたいまつの横などで見るとまさに圧巻である。
「いや。さっきも言ったように俺はもう領主じゃないよ。巻き込んで申し訳ない」
「いえ、そんな! 悪いのは御領主様のお命を奪おうとした貴族方でございますから。命を救っていただき感謝こそすれ、謝っていただくことなど」
「全くです。泣き喚いて罵れば状況が改善するというのでしたら、別ですが」
そんなことを言いながら笑う農民たちに、カルイムは首を傾げた。
彼のイメージでは、農民はこういう場合絶望にあえいだり暴れたりひたすらこちらに責任を押し付けてきてどうするつもりなんだと泣き叫んだりするものであったからだ。
複雑な表情をしているカルイムを見て、考えていることを察したフォルンベルドは苦笑を浮かべる。
「おまえねぇ。こんな場所で何年も農業してた人たちよ? 干ばつ、大雨、地震、山火事、果ては魔獣猛獣山賊盗賊。海千山千で、そこらへんの坊ちゃん騎士の百倍根性座ってるってぇーの」
「あー。そういや俺も冒険者時代時々田舎の農村いったっすけど。気合がちがうっすよねぇー。オークに干草運ぶのに使うフォークで向かっていくんすよ。農家のおかーちゃんが。そして勝つんすよ。オークに。農家のおかーちゃんが。マジ農村すげぇとおもったんすよねー」
「うん、それはそのおかーちゃんが特殊なだけだぞ。全国の農村のおかーちゃんの平均ではないな」
「マジっすか?」
「んで、皆どうするつもりなの? 後、俺はもう領主じゃないのよ」
村長は少し考えた後、意を決したように頷いた。
「まず、冬に備えて貯めていた食料を持ち出します。村人達にはもてるだけの荷物を持つように伝え、この村は焼きましょう」
「決断やはっ! 良いんすか? 大事な田畑捨てちゃうことになるんすよ?」
「なぁに、命あっての事ですよ。死んだらおしまいですから。さあ、皆に伝えてきておくれ。明日の朝には出立しないといけないからね」
長老の言葉に、その場にいた村人達はすぐに動き出した。
他の村人に準備をさせたり、自分たちのほうでもいろいろと準備をしなければならないからだ。
「つか、何で村焼くんすか?」
「それで私たちが死んだと考えてくれればよし、そうならなかったとしてもどこぞに逃げる痕跡を消すには役に立ちましょう。それに、ヘタに屋根のある建物を放っておくとゴブリンなんぞが沸くことがありますから」
「人がいなくなる家屋をほっとくとろくな事に成らないんだよ。お前、元冒険者だろ? そんなことも知らないのかよ」
「え? だってゴブリンとか沸いてくると狩りに便利じゃないっすか」
「なるほど、飯の種だもんな。その考えは無かったわ」
長い顔をするフォルンベルドに、カルイムは不思議そうに首を傾げた。
立場によってものの価値は全く変るものなのだ。
「なるほど。冒険者方にはそのほうが良いのですね。まあ、今回はたつ鳥跡を濁さずで行かせて下さいまし。私たちが出て行けば、ここには別の農民が入るでしょうから。その連中に使いやすいようにしてやりましょう。この土地は良い土地ですから。来年には良い作物が取れましょう」
「たしかに。この土地はいい土地だよ。野菜うまいし。つか、村長達逃げるにしても行くあてあるの?」
「勿論ありません。御領主様についていく心算ですからな」
「だから領主じゃ、なんて?」
否定しようとして、フォルンベルドは慌てて聞き返した。
なにやら聞き捨てなら無い台詞を村長が言った気がしたからだ。
「今しがた言いましたように、いくあてはありません。ですが、逃げなければ成りませんから。逃げなければ成らないのは、御領主様も同じでしょう。私達は戦うことはできませんが、御領主様と騎士カルイム様には十二分な戦力がございます。ならば、それに付き従うのが安全というものでございます。なに、ご心配には及びません。私どもは足腰は丈夫ですから、移動の足が遅くなる心配はありません。村で作った冬越し用の食料も存分に持って行きますので、食べ物もご心配には及びません。お二人で居られるときよりも、美味いものをご用意しましょう。何せこの村の野菜は美味いですから」
「付いてくるって。えー……」
唸るフォルンベルドだったが、たしかにそういう手もありかも知れないと考えていた。
人里に逃げることができないのは、村人達もフォルンベルド達も一緒だ。
ヘタに分かれるよりも、皆で寄り集まっていたほうがやりやすいかもしれない。
厳しい土地で生きる能力で行っても、彼らはかなり高いはずだ。
暫し考えた後、フォルンベルドはため息を吐き出した。
「ま、いっか。どーにかなるでしょ」
「いっつもそんな感じにテキトーしてるから貴族の地位追われるんじゃねっすか」
「うっせ。チョーウッセッ。今日はいろいろあってもう考えるのもメンドイのよ」
「そっすねー」
「はぁ。どうするかねぇ」
ため息をつきながら、フォルンベルドは足元に目を移した。
そこには、気絶して簀巻きにされた騎士達が転がっている。
「とりあえず、コレどうにかするか」
これからやらなくてはならないだろう事を考えながら、こんなことならどっかの大貴族の娘でも嫁さんにもらって、後ろ盾でも作っとくんだった。
と、恐ろしくいまさらなことを考えるフォルンベルドだった。
農民たちが逃げ出す準備は、フォルンベルドの予想をはるか斜め上を行く速度で終わった。
一度殺されかけたことで踏ん切りがついたのか、寧ろさっさと離れようという農民ばかりである。
村自体小さいもので、村人が全体で二十人弱しか居なかったことも幸いしたらしい。
大きな荷物は農業用の馬五頭の背に乗せられており、それで全てだという。
小さいものや食料に関しては、農民たちがそれぞれ背負っているザックに満載されている様子だった。
実にそつがない動きに、フォルンベルドもカルイムも唖然とするばかりである。
辺境の農民というのは、貴族や冒険者よりもよほど肝が据わっているらしい。
そんななか、カルイムが農民たちが用意している奇妙なものに気がついた。
台車と、大量のスノコである。
「あの。フォルンベルド様。あれ何するんすかね?」
「ああ? ああ。あれか」
フォルンベルドは一瞬怪訝な顔をするが、すぐに数度頷いて顔を向きなおした。
そして、事も無げに言い放つ。
「騎士を簀巻きにして川に流すつもりなんだろ」
「ちょ。なんすかそれ。何かしらの儀式っすか」
「このへんは盗人とかをふん捕まえたら、簀巻きにして川に流すのが習慣なんだよ。普通は死ぬけど、生き残ったら運が良かったんだね、天に許されたんだね的な感じのステキな裁判なアレで」
「即殺されないだけ優しいってやつっすか。でも溺れ殺すとかむっちゃ苦しいじゃないっすか。えげついっすわぁー」
口ではそういっているカルイムだが、口調はいたって軽いものだった。
彼等の暮らす国において、犯罪者への対応というのは比較的ひどいことが多い。
強制労働などはまだいいほうで、腕や足をもいで荒野に置き去りにするなどというのも割り良くあるものなのだ。
それら全般に比較的共通するのは、「生き残れたら放免される」というものである。
地球でも刑罰としてあったスキージャンプなどは、生き残れたら無罪放免だったりしたそうなので、そういう扱いは割とメジャーなのだろう。
「殺すにしても相手は騎士様ですから。首を刎ねて何処かに埋めて置いたりしてうっかり見つかったりしたら遺族に追われますし。行方不明になるだろう方法を取ろうと思いまして。それに、アンデットになられても後から来るものに迷惑がかかりますから」
「なるほど。たしかにそうかも」
歩きながら近寄ってきた村長の言葉に、カルイムは納得した様子で頷いた。
騎士などの基礎能力が高いものがアンデットになると、恐ろしく強くなったりする。
スケルトンブレイダーや、他の動物の骨にまたがったスケルトンナイトなどは、下手をすれば一個小隊の騎士団と張り合う化け物だ。
むやみやたらと生まれるかもしれない状況を作ることもないだろう。
「一応両脇には木材を縛り付けて流しますから。何処かに引っかかりさえすれば生き残れますよ」
「まあ、十中八九辺境に流れ着いてモンスターとかにもっちゃーって食われるけどな」
「うっわ。えげついっすわぁー」
三人がそんな話をしている間にも、転がっていた騎士たちは次々に簀巻きにされ台車に積み上げられていく。
随分慣れた手つきなのは、気のせいだろう。
「よし。出発の準備が整いました。夜闇の中ですが、私たちは土地勘があるのである程度は動けます。明け方までにはかなり離れたところにいけるはずです」
「そっか。んじゃ、行って見ますかね。そんじゃ皆、ぼちぼち出発しましょか?」
フォルンベルドの声にあわせ、村人たちは動き始めた。
村の外へと向かい進み始めたのにあわせ、数人の村人が手に持ったたいまつで家々に火を放つ。
木で作られた家はあっという間に火に包まれ、燃え上がっていく。
万が一の火事に備えているのだろう。
どの家も木々からは離れて立てられているので、延焼の心配はなさそうだ。
肝っ玉の据わった村人達でも、さすがに自分たちが暮らしていた家が燃えていく様子には感じるものがあったらしい。
何人もの村人が、後ろを振り返っては燃え上がる炎を見つめていた。
村長は勿論、フォルンベルドもそれを咎めることはない。
寧ろ、フォルンベルド自身が一番後ろを振り返っていた。
「どうしたんすか?」
「んー? いんや。いいのいいの」
笑いながら手を振るフォルンベルドの様子に、カルイムは首を傾げた。
フォルンベルドは、生まれながらの貴族だ。
領地に建てられた屋敷で生まれ、育った。
勉強のために数年間だけ首都にある学校に通ったりもしたが、人生の大半を領地の中で生きてきた。
その人生を、フォルンベルドは領地を良くすることだけに捧げて来ている。
多くの同世代の貴族たちがコネ作りに躍起になる中、フォルンベルドは勉学や土地の改良、特産物の開発などに力を入れてきていた。
コネなんぞ、父と執事に任せておけばいいと思っていたからだ。
実際、二人が生きている間はそれで済んでいたし、特別自分が出張る分野ではないと思っていた。
だが、それが大きな間違いであると心底思い知ったのは、二人が死んだあとになってからだ。
他の貴族にコネクションがない貴族というのは、獲物意外何者でもなかったのだ。
貴族には貴族の世界があり、ルールがある。
彼等にとっての力とは、地位とコネと金なのだ。
地位の低い田舎貴族で、コネのないフォルンベルドは、まさに食べごろの食材でしかなかった訳である。
あっという間に見に覚えのない罪を捏造され、失脚させられ、命を奪われそうになった。
普通であれば他の貴族の証言や圧力などで簡単に弾き返せるようなものではあったが、フォルンベルドにはその為のコネがなかったのだ。
土地の改良や特産物の開発で、たしかに領地は豊かになった。
だが、それだけだ。
フォルンベルドは、貴族としての力を殆ど持ち合わせていなかったのである。
支配者である貴族が代われば、恐らく今のままの領地では居られなくなるだろう。
フォルンベルドの代わりに土地を任される貴族のさじ加減一つで、領地なぞ幾らでも荒廃するのだ。
もしそうなったら、それは誰のせいだろう。
それは、とりもなおさず自分の責任である。
そう、フォルンベルドは考えていた。
コネを作ることも金を稼ぐことも、貴族にとっては仕事であり、絶対に欠かすことの出来ないものであったのだと。
貴族でなくなり、領地を後にする直前になって、初めてフォルンベルドは思い知ったのだ。
カルイムにはえらそうなことを言っていたが、なんと言うことはない。
フォルンベルド自身も、貴族というものを分かっていなかったのだ。
後悔してもしきれない。
だが、悔やんでばかりも居られない。
村を捨てることになった農民たちを、養えないにしても何とか暮らせるようにしてやらなければ成らないのだ。
それが自分の責任であると、フォルンベルドは思っていた。
「そーねぇ。次の仕事ぁ、きっちりやらないとなぁ」
フォルンベルドにとって、貴族であるということは、自分がニンゲンであるというのと同じぐらいに当たり前のことであった。
であるから、正直な話、屋敷を取り囲まれたとき、フォルンベルドは別に殺されるならそれでもいいかな、と思っていた。
貴族でない自分というのが、イマイチ想像できなかったからである。
しかし、フォルンベルドのそばには、カルイムが居た。
ちゃらんぽらんなくせに義理堅い彼は、恐らくフォルンベルドを死ぬ気で守ろうとしたことだろう。
事実、燃え盛る屋敷の中ですら、フォルンベルドの横で「すっげぇーもえてるっすねぇー」と他人事の様に言っていた。
まあ、アホなだけなのかもしれないが。
兎に角、フォルンベルドはまずカルイムを殺さない為に逃げることにした。
そして今は、自分のせいで命を落としかけた村人たちも一緒にいる。
死んでいる暇は、もうない。
彼等を食わせていく方法を考えなければ成らないからだ。
「んえ? なんすか?」
ぶつぶつと独り言を言っていたフォルンベルドに、カルイムが再び声をかける。
「まさかフォルンベルド様。いろいろありすぎておかしくなったんすか?」
「なってねぇーよ。まあ、がんばろーっておもって?」
「はぁー。あ?」
分かったようなわからないような、微妙そうな顔で首を傾げるカルイム。
フォルンベルドはおかしそうに笑うと、自分の牽いている馬を撫でた。
夜が開け、太陽が上がったころ。
フォルンベルドたちは、大きな川のほとりにやってきていた。
辺境の海へと流れていくこの川は、一般のものからは危険であると犬猿される場所である。
水場であるため亜人系のモンスターや、水辺に生息するモンスターも出る、危険地帯なのだ。
フォルンベルドたちが態々そんな危険地帯にやってきた理由は、実に簡単である。
簀巻きにした騎士たちを流す為だ。
道中、気がついて暴れだした騎士もしたのだが、それらはことごとくカルイムがもう一度眠らせていた。
「しっかし。人間って殴って簡単に気絶させられるもんなの?」
「なんか脳を揺らすときぜつするらしーっすよ?」
「らしいって。お前がやってんじゃないのよ」
手を下す本人というのは、自分のやっていることに対する認識が薄いものらしい。
兎も角、農民たちは気絶している騎士たちを、順調に川へと流して行っていた。
幸いなことに、この辺りには大型の肉食魔獣も少なく、放流は比較的安全に行われている。
ちなみに。
この流された騎士たちの一人がオークに助けられ、知性があるにも拘らずオークであるというだけで虐げられ殺されている彼等を救うために立ち上がったりするドラマが繰り広げられるのだ、が。
それはまた別の話である。
「いやいや、順調でなによりですね」
「まあ、そうねぇ。このあと、台車はどうするの?」
「ここで放棄していきます。荷物になりますからな」
村長の言葉に、フォルンベルドは納得しように頷く。
たしかに、乗せるものがないなら荷物になる台車は邪魔に成るだけだ。
「問題はこのあとどうするかっすかねぇ?」
「ひとまず、山の中にでも逃げ込もうか。それか森か……」
この時代、森や山は未だに未開の地であった。
無理に入ろうとすれば、モンスターに出くわし命を落としかねない。
危険ではあるが、追っ手が追いつきにくいよい隠れ場所でもあるのだ。
「まあ、その辺が妥当かねぇー」
そんなことを言いながら、フォルンベルドが頭をかいているときだった。
突然、近くの茂みががさりと音を立てたのだ。
真っ先に反応したのは、フォルンベルドだ。
地面に手を付け、臨戦態勢をとる。
地面を操る魔法を得意とするフォルンベルドにとって、これは剣を鞘から抜いているのに等しい構えなのだ。
それを見たカルイムは、すぐに手を振ってフォルンベルドに構えを解くように伝える。
「ああ、大丈夫っすよ。行商人の人見たいっすから。荷物は背負ってる分だけ見たいっすけど。あと、護衛の冒険者数人っすね」
「んあ? わかるのか?」
「こっち近付いてくるのきがついてたっすし」
「先に言おう? 気がついた時点で俺に報告しよう?」
「ういーっす」
なんとも気の抜けたカルイムの返事に、フォルンベルドはどっと疲れを感じた。
草むらから現れたのは、カルイムの言うとおり、商人らしき人物と、武装した冒険者たちであった。
彼らはそれぞれの獲物を構えてはいたが、すぐにフォルンベルドたちの後ろへと目線を動かし、愕然とした表情になる。
一瞬いぶかしんだフォルンベルドだったが、すぐにその理由に気がついた。
村人たちは今、騎士たちを放流している真っ最中だったのだ。
それは顔も引きつるだろう。
怯える商人の様子を見て、フォルンベルドはどう説明したものか悩んだ。
状況的に見て、恐らく彼等はこちらを盗賊か何かだと思っていることだろう。
明らかに粗末な服の人物たちが、身包みをはがれた人を川に流しているのである。
他に見ようがないだろう。
冒険者たちに守られている商人が「と、盗賊……!」とか小声で言っているので、まず間違えないはずだ。
ここで問題なのは、どう誤魔化すかである。
自分たちの状況を素直に説明しても、いいことなんて一つもないだろう。
寧ろ犯罪者であるし賞金をかけられているかもしれないので、襲ってくるかもしれない。
相手は荒事の専門家、冒険者なのだ。
どうしたものかとフォルンベルドが悩んでいる間に、冒険者のリーダー格らしい人物が前に出てくる。
ゆっくりとした動きで腰に縛り付けていた紐を外すと、そこにくくり付けてあった袋ごと地面に置いた。
「このあたりを縄張りにしている、方々と見受ける! 通行料はここにおいていく! 手出し無用に願いたい!」
しっかりとした、大きな声に、フォルンベルドは思わず頭を抱えそうになった。
どうやら完全に盗賊団に間違えられてしまったらしいからだ。
さて。
盗賊団と言うのは、基本的に商人を殺したりはしない。
彼等にとって商人とは、羊飼いで言うところの羊であるからだ。
毛や乳を出す限り、羊飼いは羊を殺したりはしない。
それらをえられなくなったり、特別な事情がない限り、殺すほうがもったいないからだ。
それと同じように、盗賊団も滅多なことでは相手を殺したりはしないものなのである。
生かしておいて、通行料と称してカネなどをむしりとるほうが将来的に有益だからだ。
勿論、皆殺しにして一時的な利益に走るものも居るにはいるが、きちんとした盗賊団はそういう仕事を嫌うことが多い。
そんな急ぎ働きをしても、下手に討伐される理由を作るだけだからである。
金さえ払えば生かして通すというスタンスを守る限り、商人や通行人も、むやみやたらと攻撃してくることもない。
国の騎士団などに目を付けられる恐れも、当然減るのである。
そう。
どうやらフォルンベルドたちは、そういった「きちんとした盗賊団」だと思われたようなのである。
簀巻きにした人を放流しているのでそうは見えないのではないかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。
冒険者たちが小声で「金を出し渋ったんだな」「人数を考えなかったのかよ」などと言っているから、恐らく間違いないだろう。
たしかに、農民たちが居るので、人数的にはそこそこの規模になっている。
どうしようかと考えるフォルンベルドだったが、最初に言葉を発したのはカルイムだった。
「あ、いっすよ。気をつけていってらっしゃい」
冒険者たちと商人は、その声を聞いてほっとした様子を見せた。
そして、そそくさとその場を離れ始めた。
フォルンベルドも村長も、なんともいえない表情でその姿を見送る。
「おい。おいこの、何言ってんだ。マジで盗賊みてぇじゃねぇか」
「へ? あ、俺ら盗賊と間違えられたんすか?!」
どうやら気がついていなかったらしい。
カルイムのおつむがイマイチなのは今に始まったことではないので、フォルンベルドは眉間を押さえるだけで何とか乗り切った。
「私たちのようなものでも、盗賊に見えたのでしょうか」
なんともいえない表情で、村長はため息混じりにそういった。
どちらかというと村人というのは、そういった類のものに襲われる側である。
それが襲う側に間違えられたことに、なんともいえない感情を覚えたようだった。
「まあ、盗賊って決まった武装してるわけでもないしねぇ」
苦笑交じりにそういったフォルンベルドの表情が、すっと険しくなった。
何かを悩むように顎に手を当て、唸り始める。
「なあ、村長。騎士たちの武器って、どうした?」
「それでしたら、何かの役に立つかもしれないと思いまして、持ってきていますが」
「武器はオッケーか。なぁ、カルイム。この辺に山や森を通る街道ってあったよな? 細い奴」
「あるっすよ?」
「よしよし。なんだ。いけんじゃねぇーの? 仕事見つかったんじゃない?」
にやりとわらうフォルンベルドに、カルイムと村長は不思議そうに首を捻った。
「間違えられたのも何かの縁でしょう。やってみる? きちんと。盗賊」
「きちんと? っすか?」
「そうそう。縄張りを持って、そこで通行料を取るのよ。商人や旅人、冒険者からね。きちんと装備が整ってるし、辺境の村人は逞しいから。少し訓練すればすぐに物になるでしょう」
フォルンベルドの言葉に、村長は悩ましい表情を見せるが、すぐに頷いた。
辺境の村人というのは、実際に逞しいのだ。
ここに居る全員、弱い魔物程度であったら実際に戦った経験がある。
安全な都会や大きな村に住んでいるものには、当然そんな経験はないだろう。
「縄張り張れば追っ手の情報も掴みやすくなるし? きちんとやってる分には不文律でおってもかからないでしょうよ」
「まあ。魔物へるっすしね」
実はこのあたりの盗賊団というのには、もう一つ役割がある。
彼等は縄張りを作るため、その縄張りの中に居るモンスターを倒すのだ。
モンスターに商人などを殺されてしまっては、金にならないからである。
承認や通行人を確保する為にも、盗賊団は縄張り内の安全を確保する必要があるのだ。
矛盾しているようだが、その道を通るものにしても、これはけして悪い話ではない。
例えば、「きちんとした」盗賊であれば、金さえ払えば無事に道を通してくれるのである。
対して、モンスターはどうだろう。
倒すことが出来るかもしれないが、逆に殺される危険もある。
死ぬか生きるかの戦いをするより、金で解決できるのであればそうしたいものではないだろうか。
そして、実は統治側もこういった「きちんとした」盗賊団を利用していたりもした。
街道などの安全を守るのは、兵隊や騎士の仕事である。
だが、道全体を隈なく監視するというのは恐ろしく労力が掛かるのだ。
街からずっと離れた辺境の街道に、モンスターが現れたとしよう。
これを討伐する為に兵を出すには、恐ろしく金と労力が掛かるのである。
だが、それを勝手に退治してくれるものがいたらどうであろう。
それらの者が通行料と称して通行人から金を取っていたとしても、見逃したほうが利益になる場合もあるのだ。
現にフォルンベルドも、そういった「きちんとした」盗賊団をいくつか目こぼしし、場合によっては情報提供などもさせて手ごまとして使っていたりもしていた。
「盗賊団ってのは、やっぱり縄張り争いで出てきちゃ消えるもんだからな。突然代替わりして俺たちが参入しても、不自然じゃない。どうせ辺境だしね。寧ろ追われてる俺らがそんなことすると思わんでしょ。思ったとしても、きちんと縄張りを付くっときゃ偵察に来た奴ぐらい追い返せるし」
「えー。マジでいってんすかぁー?」
「まじまじ。これなら人数は寧ろ武器になるし、全員の食い扶持も確保できるかもだし。いいじゃん、盗賊。これでいこう」
顔をしかめるカルイムに対して、フォルンベルドは実に嬉しそうににやけ笑いを浮かべた。
こうして、元貴族であるフォルンベルドが率いる盗賊団が、辺境の地に生まれたのである。
丸一日やってる、夏の名物のあの番組を見つつ書きました。
勢いだけで書いてやったぜ!