~第8話 異変~
父上たちが出発してから、数刻は経ったと思う。
シャルも、起きてきて父上たちがいないことに、不安の色が見えたが、俺と両親を見送るために一緒に早起きしたアリエスさんが声をかけたお陰か、多少は落ち着いたともう。
母上が用意してくれていた朝食を三人で食べ終えた俺たちは、特にやることもなく午前中は気ままに過ごした。
午後はシャルが眠たそうにしていたので、一度シャルを自宅の方に戻して寝かしつけ俺はアリエスさんと話をすることにした。
俺自身先程から感じているこの胸騒ぎを誤魔化すためにも、誰かと話をしたかったのかも知れない。
「アリエスさん、お茶でも飲みませんか?」
「あら、じゃあいただこうかしら。 それにしても、レクサナールくんってしっかりしてるのね。今いくつなの?」
「8歳ですよ。まぁ妹もいますし、兄としてはしっかりしないといけないでしょう?」
「そ、そういうものかしらね?」
「えぇ。きっとそうですよ」
アリエスさんがなぜか動揺しているようだが、俺が気になっていたことを聞くのにはちょうどいいかも知れないと思い、彼女に質問をしてみた。
「アリエスさん。唐突ですが、質問をしてもいいでしょうか?」
「え、えぇ。いいわよ。でも、その前に……」
「なんでしょうか?」
「私のことはアリスでいいわよ。親しい人はみんなそう呼んでくれるから」
「そうですか。分かりました、アリスさん。では、ボクのことはレクサと呼んでください」
わかったわ、と嬉しそうにアリスさんは嬉しそうに頷く。
「それで、私に聞きたいことって何かな?」
「それは、父上たちのことなんですが、元A級冒険者というのはどれだけ凄いことなんでしょうか? 父上たちからそのことを聞いたアリスさんがとても驚かれていたようなので」
そもそも、ゲームだったころは、そんな階級なんてものはなかった。俺としてはどれだけのものか判断が出来ないのだ。
「あぁ! そっか。君にはわからないよね! A級の冒険者っていうのはとってもすごいのよ!」
あれ? なんだかテンションが違うような……。これって思いっきり押しちゃいけないスイッチ押しちゃった感じかな?
ま、まぁ聞きたかったことだし、がんばって聞こうかな。
「冒険者はね、冒険者ギルドに登録するだけで冒険者になれるから、誰でも冒険者になることが出来るの。冒険者にはそれぞれの能力のによってランクF級からS級が分けられているの。F級だと駆け出し冒険者扱いで、C級くらいになると一人前と言われるくらいになるわね。でもね、それ以上のランクには余程のことがない限りはランクアップすることはないのよ。ランクアップするとしたら、余程の偉業をなした人物がギルドに推薦されるとかなの」
そ、そうなのか。でも、なんだか凄いのかよくわからないな。
「では、父上たちも何か大きなことをしたのでしょうか?」
「そうなのよ! ジョセフ殿とエリオナール様はとってもすばらしい方なのよ! この国に疫病が十年くらい前にはやったことがあったのだだけど、その時に弱冠18歳という若さだったにもかかわらず、その特効薬の発見と栽培方法まで確立してしまったお方なの。その功績のおかげで冒険者としての高い地位を確立した方なんだから!」
「な、なるほど」
父上と母上って凄いんだね。それだけの事ができて、初めてA級の冒険者になれるのかな?
まぁとりあえず、冒険者について整理するとこんなところかな。
1.冒険者は誰でもなれる
2.冒険者にはランクがあってF級からS級まで7階級ある。
3.F級からC級までは、普通に頑張ればなれるが、それ以上だと大きな事を成さないとなれない
「それじゃあ、アリスさんのランクはいくつなんでしょうか?」
「え、私? 私は……、まだCランクなの」
「Cランクですか。では、アリスさんは一人前の冒険者なのですね(ニコッ)」
「あ、ありがとう」
あれ? Cランクってことは1人前で合ってるんだよね? なんだか、Cランクであることに不服そうな言い方だけど…?
「じゃあ、父上たちは冒険者としては凄かったんですね」
「そうなのよ! それにね。レクサくんのお父上たちがどれだけ凄いかって言うとね……」
こうして、アリスさんの止まらない講演会は夕方まで続いてしまった。
正直、ここまでとは思わなかったよ。
いわゆるアリスさんは俺の両親のファン?らしい。ファンの情熱の凄さを改めて思い知りましたよ、えぇ。
◇◇◇
―――……ぁ―――
ん? なんだか、外が騒がしいようだけども。
「何か、外が騒がしいわね」
「えぇ、何かあったのでしょうか?」
―――ドンドンドンドン!!―――
「レクサナール!! 居るのか!!」
この声は……、村長? こんなに慌てて……、何故だろう。嫌な予感しかしない。
俺は、急いで玄関へ行って、扉を開けた。
「村長。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「レクサナール! お前はこっちにいたんだな。じゃあ早速だが準備をしろ!」
「準備……ですか?」
「あ、あぁ。ジョゼフ殿とエリオナール殿に頼んでおいた調査の件だが、予想外な事が起きたんだよ。それで、念のため避難の準備をすることになったんだ」
え……。
「そ、それって……、避難をしなければいけないような事が起きた……と、いうことですか?」
村長が言おうか言わまいかと考えているようだったが、俺がおおよその事情を理解している事がわかったのだろう。
「……あぁ、そうだ」
そう静かに答えた。
「……辛いだろうが、そういうことだ。私は二人からお前たちを任されているんだ。周りの村人にも伝えてくるから、その間に準備をしておくんだぞ!」
村長は、そう行って他の村人へのところに駆けて行った。
予想外の事、避難……それってつまり、両親の手に負えない事が起こったということになる。
つまり、元とはいえ、A級冒険者二人の手に負えない事が起きたわけで……それってつまり……。
「レ、レクサくん……。大丈夫?」
「……ア、アリスさん。」
「さっきの話……聞こえてきたのだけど、…‥きっと大丈夫よ! ジョセフ殿とエリオナール様に限って、危険なことなんて無いわよ!」
「そ、そう……ですよね? そうですよね!」
そう、だよな。アリスさんが凄いって言うわけだし、滅多なことが無い限りきっと大丈夫だよな。
うん、きっと大丈夫だよ。
俺は自分に言い聞かせるように、自分を納得させた。
「え、えぇ! じゃあ、村長さんも急いでたみたいだし、私達も急いで避難しましょう」
「わ、分かりました。じゃあシャルを呼んでこないと行けないですね」
「えぇ、まだ自宅の部屋で寝てるのかしら?」
「どうでしょうか? 僕はシャルを起こしてきますので、アリスさんはアリスさんの荷物の準備をお願いします」
「わかったわ」
さて、シャルを起こしてこないとね。
俺は、努めて冷静を装った。
内心、俺は動揺しまくっているわけだが、それを表煮出してしまうと、周囲を不安にさせるだけだろう。
特に、シャルを不安にさせるわけには行かない。
一度診療所を出て、自宅へと戻った。シャルが昼寝をしている部屋の前まで来て。
――ドンドン――
「シャルー、起きてるかー? 入るぞー」
――ガチャ――
ドアをノックして、部屋へ入る。
「シャルー。……シャル?」
が、部屋にシャルはいなかった。
え? いない?
なんでだ? 黙って何処かに行ったのか?
いや、そもそもこんな時だ。シャルが黙って何処かに出かけてしまうことなんて考えられない。
……嫌な予感がする。それも物凄く嫌なものだ。
待てよ。村長がこっちに来たときになんて言っていた?
「『レクサナール! お前はこっちにいたんだな。じゃあ早速だが準備をしろ!』」
お前は……? と言うことは俺に合う前に誰かにあった? ってことは村長は先にシャル合ったのか?
……!! マズイ! もし村長が先ほどと同じようなことをシャルに言ってしまったら!?
「シャルー!! いないのかー!!」
俺は家の中を探す。だが、俺の呼び声は無常にも部屋の中に響いただけだった。
マズイマズイマズイ!!
頼む、近くに居てくれ!!
「シャルー!! いたら返事してくれ!!」
俺の掛け声に気がついたアリサさんが自宅へ入ってきた。
「レクサくん、どうしたの!?」
「シャルが……、シャルがいないんです!」
「え……!? それってもしかして……」
シャルがもし両親の場所へ向かったのだとしたら?
両親だけなら、危険なことがあったとしても乗り切れるかも知れない。
でも、そこへシャルがたどり着いてしまった場合、最悪な結果を生みかねない。
――トクン――
俺の心臓が大きく鼓動する。
――俺は、また失ってしまうのか?――
嫌だ……。
嫌だ嫌だ嫌だ。
「レクサ……くん?」
――この世界で再び得られた家族を失ってしまうのか?――
「レ、レクサくん?」
――家族――
――それを失ってもいいのか?――
今俺が隠している力を出してしまえば、家族を助ける事ができるかも知れない。だがそれは今までの日常はもろく崩れ去ってしまうことと同義だ。だけど、それを恐れた所で、失うものは変わらない。
周りの音が聞こえなくなる。それこそ、俺だけが世界から取り残されてしまったかのように。
――本当に俺は、それでいいのか?――
「レクサくん? 大丈夫!?」
――良い訳が……――
「あるか!」
「きゃあ!!」
俺の掛け声と共に、今まで抑えていた魔力が体中から溢れ出す。余りの魔力に風が逆巻き突風が生まれた。
その勢いはとても強く、アリスさんが吹き飛んでしまうくらいに。
「な……、なんなの? この魔力!?」
あの時は、俺に力がなかった。
それも当然だ。たかが一人の人間があの事故をどうにか出来るはずもない。
だけど、そのせいで俺は両親を失った。家族は俺とミコトだけになってしまった。
だが、今の俺にはあの頃にはなかった力を持ってる。
それも、異端を恐れて隠さなければ救えるかも知れない力が……。
「ならば……、俺が助けてみせる! たとえ俺の手から俺の幸せがこぼれて落ちてしまおうとも……、二度と俺の家族は失わせない!!」
口に出してしまえば、あっけなかった。何を俺は悩んでいたのだろう?
「『オーラ』!」
俺は『オーラ』を使って身体を強化すると同時に走りだした。
「レ、レクサくん!!」
後ろからの掛け声も聞こえないまま。
◇◇◇
駆ける。
家族の元へ。
たとえその結果が、決別になろうとも。
――無事でいてくれ! 俺がたどり着くまで何事もなく無事でいてくれ!!!――