~第5話 日常の終わり(1)~
「「「「ご馳走様でした」」」」
夕食を食べ終え、俺はいつものように片づけの手伝いをする。
「じゃあ僕は裏の井戸から食器を洗う用の水を汲んでくるよ」
そう言って、俺は席を立つ。
「シャルもおてつだい、します」
シャルもいつものように、俺に付いてくる。
「では、私はちょっと村長のところへ行って来るよ。仕事が終わったら来てくれないかと言われていたからね」
そう言い残して、父上は村長の家まで出かけていった。
「じゃあ僕達も行こうか」
「はい」
俺たちは母上が残りの食器たちを片付づけている横を通って、井戸へ水を汲みにゆく。
◇◇◇
「きょうは、シャルがお水くみたいです」
井戸へ着いたシャルが水を汲みたいと言ってきた。
ただ…、正直五歳児力じゃ井戸の水を汲み上げるのは厳しい気がする。
「んー、でもシャルじゃあちょっと厳しいんじゃないのかな? 水は僕が汲むから、家まで一緒に持っていくことにしないかい?」
俺はシャルが駄々をこねないように、やんわりと諭した。
「ダメ…ですか…?」
シャルは潤んだ目で俺を見つめている。
それはもう悲しそうな目付きで、俺に訴えかける。
ま、マズイ。これは泣き出してしまう。
……
「じゃ、じゃあシャルが頑張って水を汲んでみるか?」
「…はい!」
そんなシャルは俺に満面の笑みを俺に向けてくれる。
うわー。この嬉しそうな顔!
やばい! 俺の顔がニヤけちゃう!!
そして、俺の意思が弱すぎるだろ思ったそこの諸君!
君たちもいずれはわかる日が来るだろう。
「よ、よーし。じゃあ俺はシャルが水を汲むのを全力で応援してるよ!」
「シャル…がんばります…!」
シャルが井戸の水を汲むために桶をとって井戸に投げ入れた。
桶が井戸の下まで届いた音が響く。
「では、いきます…!」
シャルが頑張って縄を引っ張る!…が、当然の如く縄はビクともしない。
「うん……しょ……」
あぁ! やっぱりシャルには厳しかったのか…。でも、シャルが頑張るって言ってるんだし、ここはシャルの自主性を重んじるべきだろうか…。
「うん……。あ……」
バシャーン!
シャルの力では無理があったのだ。手から力が抜けてしまい、桶が無情にも井戸のそこまで落ちてしまった。
「あぅ……」
シャルがまた目に涙を貯めて、今にも泣き出しそうにしている。
……うん、駄目だ。
我慢出来ない!
でも、下手に手を出して、嫌われたくない!
じゃあこっそり手伝おう!
ってなわけで……
『(我求、寒き地に住まう森の小さな小人。我の隣人を助け給え。召喚・コロポックル!!)』
「ポー!」
「(しー! コロポックル、静かにして!)」
「(ポー!)」
目の前に蕗の茎を持った民族衣装のようなものを着た可愛らしい小人が現れた。
こいつは、コロポックルっていう精霊だ。
まぁ今回は能力よりも、その背丈が必要だったから呼んだんだけどね。
「(コロポックル。今回はお前にしか頼めないことなんだ)」
「(ポー?)」
コロポックルは不思議そうに顔を傾げた。
「(頼みと言うのは。シャルが井戸の水を汲むのをこっそり手伝って欲しいんだ。井戸の中から縄を引いて)」
「(ポー!)」
任せとけ! という具合にコロポックルが頷いた。
意気揚々としたコロポックルはシャルに気がつかないように、井戸の上によじ登った。
「シャル。頑張るんだ! お前ならきっと出来るはずだ!」
俺はシャルに声援をかける。
「にーにぃ……。うん、シャルがんばる!」
シャルがこちらを向いている隙に、コロポックルが井戸の中へ入っていく。
俺の声援で再びシャルは縄を持って井戸から水を汲み始めた。
「うん……しょ……」
シャルが頑張って縄を引いてる。すると、今度は次第に桶が上がってくる。
「あとちょっとだ! 頑張るんだ!」
シャルに声援を送って励ます。
「うん……しょ!!」
最後のひと踏ん張りで、なんとかシャルは桶の水を汲み上げる事ができた!
「やったー!! 凄いぞ、シャル!! やれば出来る子だ!」
俺は歓喜のあまり思わずシャルに抱きついてしまった。シャルも嬉しそうに俺を受け入れてくれる。
いやー。流石シャルだな! やれば出来る子、頑張る子だ。
うん、うん。
……って俺、なにしてるんだろう?
ふぅ。久々に熱くなってしまった。
まぁ仕方ないね。シャルが頑張ったんだからね。
ふと、急に冷静になって、自分の行動を思い返して見ると、なぜだかちょっと虚しくなってしまたった。
「さて、じゃあ一緒に家に水を持って行こうな」
「はい!」
俺たちは家に水を持って帰ろうとした、その時。
――ガサッ――
「ん?」
「た、助け…て……」
俺は声のする方に振り返った。
すると、井戸の後ろの茂みから見知らぬ人が出てきた。
その人は力尽きたかのように、俺たちの目の前に倒れこむ。どうやら怪我をしているようで、暗がりで見ただけでも大変な大怪我に見えた。
俺は少しの時間、目の前に起こっていることが理解できずに固まってしまっていた。
「っ!」
まずい! こんな事をしている場合ではない! 急いで治療をしないと、これは命に関わるかもしれない!
「シャル! お前は母上に急患だと伝えて、父上を呼んできてくれないか? 恐らく一刻を争う事になりそうだからね」
「……はい! 分かりました」
俺はシャルに手短に、父上を呼ぶように言うと、シャルはひとつ返事で父上を呼びに走りだした。
走りさってゆくシャルを見送ることも出来ず、俺はすぐさま怪我をした人の元へ駆け寄った。
しかし、どうするかなー。俺もここに転生してからは、まだ数回しか怪我をしたことがなくて、どのレベルの怪我が命に関わるかわからないしな。
とりあえず、ちょっと失礼して、怪我を見せてもらおう。
そう思い、俺は血の染みこんだローブを脱がす。ローブの下から現れたのは、どうやら女性のようだった。
傷口は背中を大きく引き裂いたかのように開いており、そこから流れでてしまっている血の量も恐らく半端ではない。
こ、これは、かなりマズイ気がする。
恐らく父上がここに来る前に力尽きてしまうかもしれない。
自分自身の力があれば、恐らく応急処置程度は出来るだろう。
しかし、それは引き換えに、俺の能力がバレてしまう危険性をはらんでいる。
そうなってしまっては、ここにはいられなくなってしまう。
あ゛ー。っていうか、目の前で人が死ぬかもしれないとか、寝覚め悪いじゃん!
…仕方ない。……仕方ないことなんだよ!!
俺は、未だに悩んでいる自分自身を無理やり言い聞かせて、彼女の治療を行う。
『光よ。彼の者に、安らぎと癒しの力を。 ヒールライト!』
俺が呪文を唱えると、彼女の傷跡を暖かな光が照らし始めた。
すると、見る見るうちに光があたった場所の傷が塞がってゆく。
これは、僧侶が覚える初級スキルで、ゲームでは小回復の効果があったスキルだ。
こちらの世界では、どうも小回復というか外傷のみに効果がある呪文として広まっているらしいのだが。
よし。これで、恐らくは大丈夫だろう。
ただし、血の付いたローブを見るかぎり、血が既に乾いている場所もある。
恐らく、怪我を負ってから相当な時間、彷徨っていたのだろう。
体力が落ちてしまっている、今は傷が塞がったとしても、安全とは言い切れないわけだが……。
「レクサ!!」
そんなことを考えていたら、父上が走ってこちらに向かってきているのが見えた。
「父上! こっちです!」
父上に居場所を伝えると、俺は肩の荷が降りた気持ちになった。
なにせ、父上はこの村屈指の薬師だ。
しかも、傷が既にふさがっているのであれば、後は薬などで体力を底上げするなどをしてくれるだろう。
「患者はこの人ね」
父上の後を追っていた母上も到着した。
「うむ。これはかなり衰弱してしまっているな。このままでは命に関わるかもしれない。エリナ。急いで私の診療所まで運ぶんだ」
「えぇ。そうね」
そう言うと、母上は一人で彼女を担いで診療所まで運んでいった。
母上すげー。なにげに一人で持ちあげるとかやってのけちゃってる。
「しかし……。服に付着している、血の具合から相当の怪我を負っていると思ったのだが、そこまで大きな傷がなかったのだが……」
ま、まずい! 父上が不審に思ってしまっている。これは話を逸らしてしまわないと、色々とマズイことになる…。
「ち、父上。そんなことよりも、患者の方を放っておいてはマズイのではないでしょうか!」
「ん? あ、あぁ。確かに、患者は大きな傷がないとしても、衰弱しているわけだったしな。すまないな、レクサ。すぐに診療所へ向かうか」
そう行って、父上は診療所の方へ走りだした。
ふぅ。なんとか話題を逸らすことができたな。危なかったぜ。
と、思ったのもつかの間。父上が緊急停止をして、こちらを振り返る。
「っと。そうだった。レクサ!」
「は、はい!!」
俺は思わず声が上ずってしまった。
「すまないが、水を汲んで診療所まで運んでくれないか? 恐らく、大量のお湯が必要になるとおもうのでな」
「わ、分かりました。父上!」
「うむ。頼んだぞ」
そう言って、父上は再び診療所に向かって走りだした。
◇◇◇
アレから、俺は井戸の水をシャルも一緒にやると言い出したので、一緒に研究室まで運ぶことにした。
まぁ流石に今回ばかりは、人命がかかっていることもあり、俺が井戸の水を汲んで一緒にシャルと運ぶことにしたよ。
それで、大量のお湯を沸かした所で、シャルが船を漕ぎ始めてしまったので、父上たちに言われて俺たちは就寝することにした。
父上たちは、明け方まで患者の容態を見ていたのだが、安定したということもあって、今は交代で看病をしている。
「母上。彼女はもう大丈夫なの?」
ちょうど交代して、朝食を作りに戻ってきた母上に、俺は問いかけてみた。
「うーん。まぁ怪我自体は大したことがないみたいだから大丈夫よ。今はジョゼの薬を処方して様子を見ているところなの」
母上の口から大丈夫そうという言葉が聞けて、俺もやっと一安心することができた。
「まぁジョゼが「なんで、この出血量で怪我が大したことがないんだ?」なんてボヤいてたのよね」
「ブッ!!」
思わず吹いてしまった。
「な、なんでなんだろうねー?」
動揺しすぎではないのか? 俺よ……。
俺があたふた動揺している、とその時。
バターン!!
家の扉が勢い良く開かれた。
「エリナ! 彼女の意識が戻ったぞ!」
父上が勢い良く家の中に入ってきた。慌てた父上が母上の手を握って家を飛び出してしまった。
「ちょ、ちょっと!」
っていうか、なんか慌て過ぎではないのだろうか?
まぁ俺も急いで向かってみるか!
最終更新から約1ヶ月も更新していませんでした。
大変申し訳ございません!!
正直半分が勢いで書いた小説でしたので、話の続きを書くことがとても大変でした……
頑張って更新をしていきたいと思いますので、最後まで見捨てずお付き合いいただければ嬉しいです。(ちゃんと最後まで更新が遅くなったとしても書き上げたいとは思います)
2011/12/15 主人公の一人称を修正
2011/12/25 誤字修正、主人公の口調を修正