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雑文  作者: やまね
7/7

めがね

 午前中の講義も終わっった正午。学食や購買に殺到する他の学生とは逆の方向に僕は足を向ける。

 運よく今日は2元の授業が休講だったので事前に昼食を確保することができたのだ。その確保した2人分の昼食を手にして僕はいつもの理学部棟の裏のベンチに足を進める。

 そこにはいつも通り、白衣を着て仁王立ちする彼女の姿。でもなぜか僕はその彼女からいつもとは少し違う印象を受ける。

 何が違うのか。一瞬考えた後にその解答にたどりつき、それが最初の言葉となる。


「あれ、眼鏡新調したの?」


「いや、その質問に対する答えは否だ。普段使っていた眼鏡を壊してしまってね、これは今ほど視力が下がる以前に使っていた眼鏡だ。そういえばこれを使っていたのは君と知り合う以前だったか」


 その言葉に対して返ってきたのはそんな答え。


「言われてみると確かにちょっとデザインが古い感じはするかな。これはこれで似合ってるとは思うけど」


 形は最近流行りのウェリントンのようなちょっと太めのフレームなのだけれど、鼈甲細工を模したような半透明な茶色に所々濃い模様があるデザイン。しかしそれはそれで悪くないと僕は思う。


「そう言えば聞いた事は無かったけれど、君の視力はどの程度なのだろうか」


 そう言うと、彼女は不意に触れてしまいそうなぐらいに顔を近づけて僕の顔を覗き込む。


「ふむ、コンタクトレンズをしている訳でもないようだ。という事は君は裸眼でも日常生活を送るのに不自由しない視力を維持しているのだろうか」


「うん、なぜか理由は判らないけれど、両目とも1.5くらいの視力は維持しているよ。でもちょっと眼鏡って憧れるよね。実際君はすごく眼鏡が似合ってると思うし」


 そんな触れてしまいそうな距離にどぎまぎしながら僕は一歩下がり、それを誤魔化すような気分で話の方向を故意にずらす。


「・・・眼鏡が似合うと言われるのは、正直少し複雑な心境だ」


「え、なんで?」


 しかし逸らしたその話題の方向は、どうも彼女にとってはあまりよろしくないものだったらしい。彼女は視線を少し下に向けながら独り言のように話しはじめる。


「自分でも認識はしているのだが、私はなんというか、いわゆる”日本人”の典型というか。最近流行っているという、君の部屋にお邪魔した際に目にした漫画の言葉を借りるならば、まさに”平たい顔族”という顔なのだ」


「うん、それで?」


「でだ、要するに顔が平たい。鼻も低いし、眼は一重だし、なんというか顔にディテールが足りないんだ。それは実際私が幼少の頃からのコンプレックスで、それを補ってくれたのがこの眼鏡だったというのは紛れもない事実なんだ。眼鏡をかければなにか足りないような私の顔に要素を付加することが出来るからね」


 そう言って彼女は寂しげに笑い、そして言葉を続ける。


「ちょっと変だとは自分でも思うのだけれど、中学生の時に視力の低下で黒板の文字が判別し難くなって、眼鏡を作るという話になった時には内心喜んだものだ。眼鏡屋に並ぶ色とりどりのフレームを眺めながら心ときめかせた事は、今でも昨日の事のように思い出せるくらいだ」


 普段あまり嬉しげな表情をみせることが少ない彼女が、その当時を思い出したのかあまり見た事のないような嬉しげな表情を浮かべる。


「うん、だから私のこの顔というのは眼鏡が付加されてはじめて人並みな容姿に追いつくのだろうという事は、重々承知はしているんだ。しているんだが・・・」


しかしそれは一瞬で、再び彼女の視線は下を向き、その表情も判り難くはあるものの、曇ったものに戻ってしまう。


「しかし何だろうかこの感情は。私はどうやら君に対しては眼鏡という外部補助装置に頼らない部分でも評価してもらいたいというような、非常に自分勝手な感情が働くらしい。その感情が”眼鏡が似合う”というその評価に対して、素直に喜びだけを感じさせてはくれないらしい」


 そこまで言い終わると、彼女は下げていた視線を上げて、僕の眼をまっすぐと見つめる。

 その表情があまりにも真剣だから、あまりにもまっすぐだから、僕はその彼女の顔から、すっとその眼鏡をはずす。


「確かに眼鏡をしていない君の顔ってあまりしっかり見た事がなかったよね。・・・うん、良いと思う、僕は好きだな」


「なっ!!」


 僕がそう言った途端、彼女は心底驚いたというように声を上げると、僕の手から眼鏡を奪い取って後ろに駆け出す。

 そして、駆け出した先にあったベンチに足を引っ掛けて豪快に転んだ。


 どうやら彼女の裸眼の視力は相当悪いらしい。


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