膝枕
「どうだい? 太陽が黄色いなんていう表現があるけれど、君には今、太陽はどんな色に見えているんだろうね」
午前中の大学内、理学部棟の影に忘れられたように置かれいる崩れかけたベンチに座り込む僕の目の前に立った彼女は、その太陽を遮るような場所に立って僕を見下ろしながらそんな事を言う。
事情を知らない人に聞かれたらちょっと意味深な表現だけれれど、残念ながらそんな色気のある話じゃあない。単に僕がここ数日、今日が期限のレポートの提出のために殆ど睡眠を取っていないというだけの話なのだ。
「うん、あえて何色かと決めるのなら黄色でも良いんじゃないかな。でも、徹夜明けだと自律神経が異常をきたして光に対して過敏になるなんて話は聞いたことはあるし、確かに普段より世の中が眩しい気はするけれど、普段より黄色いかと聞かれたら、それは何だか違うと思う」
だから僕は、ちょうどその黄色い太陽を隠すような形で逆光気味な彼女の顔を見上げながら淡々と答える。
「む、その反応はつまらない。いつもだったら少しは動揺してくれそうなものなのに、その無表情は君らしくないと思うのだが」
しかし彼女はどうもその答えでは納得がいかないらしい。影になってその表情ははっきりとは見えないものの、その声色は不満であるという彼女の感情を高々と宣言している。
「そんなこと言われても、いま、むり」
そうだ。こっちはレポートを提出し終わったという安心感と急にこみ上げてきた疲労感で殆ど頭も感情も働かないような状況なのだ。そんな状態でまで彼女のためのエンターティナーであれなんていう要求には応じられなくても仕方がないではないか。
「むむ、でも私だってここ数日は完全に放おっておかれていた訳で、いやでも・・・」
もちろん彼女もここ数日の僕の事情は知っているから頭では理解しているのだろう。ただ感情はそう簡単には納得できないらしい。眉間に皺を寄せながらぶつぶつと呟きつつ、僕が座っているベンチの左隣に座る。
彼女が遮っていた朝日が再び僕の視界の中に戻ってくる。その光量は徹夜明けの僕には少々強すぎたようで視界が一瞬、真っ白に染まる。
それが何かのスイッチになってしまったのだろう。体から急に力が抜けていくような感覚が僕を襲う。支えきれなくなってしまった自分の頭が横に傾いていき、隣に座った彼女の肩で止まる。
「なるほど、そこまでだったか。悪いことをしたね。だったら少し休むといい」
耳元で聞こえた彼女の声は、さっきまでとは違って穏やかで優しいもので。
だから僕は彼女の手に導かれるまま、そのまま下へと頭をおろしていく。
おろしていったのだけれど。
「あ、だめだ! ちょっとまってくれ!!」
「ぐぇ!」
僕の体が完全に横になる直前、彼女は急に大きな声を出して僕の頭をぐわしと両手で掴み、無理やり持ち上げる。
そして、僕の頭を掴んだままなぜか立ち上がり、カニ歩きのような変な動きで、僕を挟んで今まで座っていた場所とは反対側に座り直す。
「ちょっとまって、首いたい。というかなにがおきた」
「いや初膝枕が北枕になってしまうという事実に気づいたのだ。しかしこれでもう大丈夫。安心して頭を下ろすといい」
いやそんなことを言われても、今ので目が覚めてしまったのだけれど。




