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外話 君は僕の太陽

由良湊視点の番外編です。出会い前のモノローグ。


 彼女、に初めて会ったのは一年ほど前だった。


 気象予報士として入社して一年と少し。時間は短いけれど念願のお天気コーナーを担当できるようになって、評価もそれなりに頂いて打ち切られることなく二年目を請け負うことも決まった。

 その頃、番組で声を掛けてきた女の子と食事に入ったレストランでたまたますれ違って、肩が当たったのが彼女だった。

「ごめんなさい」

 にこり、と上品に笑って会釈する。綺麗にひかれた鮮やかな口紅の口元も、薄いのにしっかりと施された化粧も体の線に合ったシックなデザインの赤のワンピースも「彼女」らしかった。洗練された動作、きっとすごく仕事のできる女性なのだろうと思った。

「こちらこそ、失礼しました」

 恐縮する。けれど、由良湊〔ゆら みなと〕はこういう年上の卒のない 美人 がじつは一番好きなタイプだ。

 一目惚れ、というのだろうか。

 理想を形にしたら この女性 になるだろうと見た瞬間に奮えたくらいだ。

 でも。

(僕って、絶対こういう女性〔ひと〕から好かれたことないんだよね)

 大抵、可愛い系の女の子だ。年齢も近くて、年下とか同年が多い。年上も時々、声を掛けてはくるけれど……こういう美人は逆ナンパなんてしないし、相手に飢えてもいない。

 少し離れたところで、男性の声がしたかと思うと彼女はそちらに向かって颯爽と去っていく。

(ホラね)

 と、彼女に見合う落ち着いた相手がその華奢な肩を抱くのを見て湊は少しだけガッカリした。

「 由良さん? 」

 隣にいた今日の食事の相手を見て、悪いことをしたなと反省する。

「何でもない、ごめんね」

 首を振って、「いいですよ」とはにかむから、さらに罪悪感で無駄に優しくしてしまう。

(可愛い、は可愛いんだけどね。期待させるのもかわいそうかな……)

 なんて、自分でも最低だなと自嘲しながら。


 ――さっきの彼女が湊の高い 理想 だとすれば、この女の子はつきつけられた 現実 でしかない。




 次に会ったのは、夜の駅でだった。

 もうすでに終電に近い、閑散とした平日の構内は次にやってくる電車のアナウンスをする駅員の声だけが響いている。

『次にやってきます電車は○○行き、○○行きでございます。なお、△△と□□へはこの電車が最終でございます。お乗り過ごしのないよう……』

 プルルル、と高いサイレンが鳴って、ドアが閉まる。

 直前、

「させるかぁぁ! ハッ」

 ドン、ガン! と気合いの入った声とともに駆けこんできた逞しい女性の体に目を向けて、唖然となる。

(あの人は――)

 まさか、と目を疑った。

 その印象の違いも然ることながら、また会えたという 偶然 に。

 無事、最終電車(なのだろう、たぶん彼女にとっては)に乗れたことにご満悦の彼女は、スカスカの座席には座らずに扉のあたりに陣取ると空を眺めて目を細める。

 レストランで見かけた完璧な所作ではなく、砕けた大人の女性のプライベートな顔。

 見惚れてしまうのは、それでも湊の理想からかけ離れたわけではなく、むしろ近づいたからだろう。

 彼女は、美人で、強く逞しい。

 そして、たぶん、可愛い人。

 何度か、最終電車が一緒になって少しずつ見えてくる。

 ご機嫌な彼女の口から時々洩れて聞こえてくる歌が子供向けの番組の中で歌われる底抜けに明るい主題歌だったり、バッグに隠して付けているキーホルダーがその中の癒し系キャラクターだったりするのを見つけて、口元がゆるむ。

(それは、貴女の秘密? それとも、あの「彼」には見せているの?)

 スッと整った彼女の横顔に問いかけて、秘密ならいいのにと願った。




 そして、動いた あの 幸運の日。


『ああっ。もうっ! アイツのせいで由良くんの天気予報も無駄になっちゃったじゃない。バカァ!!』


 見るからに様子のおかしかった彼女を思わず追いかけて駅を降り、後をつける。ひとつ間違えればストーカー行為に近いそれをやって、湊は聞こえた彼女の叫びに最後のストッパーが外れたことを自覚した。

 声を掛ければ見開く瞳、けれど警戒はされなかった。

 もともとどちらかというと童顔で優しいといわれる外見だから、女性からの受けはいい。

 首を傾げれば、彼女は微笑んで訊いてくれた。

「……どこかで、お会いしたことありました? すみません、見覚えはあるんですけれど」

 嬉しくて仕方なかった。

 すぐそばで囁いて、もっとそばにいきたいと懇願する。

 戸惑う彼女は可愛くて、流される彼女は綺麗だ。


「 飯田〔いいだ〕、和美〔かずみ〕さん……って書くんだ 」


 彼女のマンションに強引に入りこんで、無理矢理の合意(って言葉があるのなら、そう)でベッドを共にしたあと寝入ってしまったその人の名刺を鍵を探った鞄で見つけて口ずさむ。

「和美さん」

「ん……」

 無防備に寝返りをうつ美しい横顔を見つめて、その頬に触れる。

 彼女は理想で、この人は現実に目の前で眠っていて、抱きしめられる生身の女性だ。

 理想、そして現実。

「手に入れるから、絶対に」

 眠る彼女、飯田和美の頬に身勝手な誓いのキスをして、湊は部屋をあとにした。


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