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動く屍になりたくないのでがんばります

作者: 衛朱
掲載日:2026/07/16

『君の心は死んでしまったけど、肉体がこうやって動いているなら子供も望めるかも知れないよね』

 そう言って、厳重に拘束されている婚約者であった者の肉体を愛おしそうに抱きしめた。



 そんな風に締め括られたホラー…ではなく恋愛モノの小説にドン引きした前世を思い出したのは、婚約予定の相手との初顔合わせの時だった。


(いくらなんでも、動く屍と子作り挑戦するような男と結婚はしたくないなあ…?!)


 内容に反して…いやあの内容だったからこそなのかも知れないけれど、美々しい表紙を飾っていた男女。(いや表紙詐欺では?)

 その男性の方を少し幼くしたらこうなるのだな、と思わせる麗しい(かんばせ)に、輝く様な笑みを浮かべている彼のせいできっと思い出したのだろうな、あの小説表紙買いだったし…などと、遠くに想いを馳せてしまう。

 少しくらいの現実逃避は許されたい。今はこちらが紛う事無き現実なのだから。


「どうした、エリジアナ?照れているのかい?」

「!っはい……すみません、ショルニア様の麗しさについ…見とれてしまいました」


 お父様に声をかけられて、ハッとする。現実逃避をしている場合ではない、今は顔合わせの最中なのだ。

 私の感情はともかく、この婚約は両家にとってのメリットが大きい契約なので、是非ともご縁をいただきたいのだ、悪印象を残すわけにいかない。

 まずは婚約までこぎつけた上で、ショルニア様に動く屍となった私に興味を持つような要素があるのかどうかを探れば良い。いや文脈的にはひたすら愛が重い設定なんじゃないかなと思うんだけど、万が一を懸念しての話ですよ。


「ありがとう、エリジアナ様もとてもおかわいらしいよ」


 頭の中で当座の動きを考えている所に、真正面から威力を増した笑顔の直撃を食らった。

 声も出せない美の暴力とはこういう事か……いやなんでこれがああなるんだ…さくしゃ…!みたいなきもちを必死で押し殺しつつ、その後は無難に顔合わせを終えた。

 子供達の相性も悪くないようだし、と、後日正式な婚約を結ぶことで合意したので、首尾は上々である。


***


 さて、情報を整理しよう。

 私はエリジアナ、シーマー子爵家の一人っ子、性別は女、年齢は12歳である。

 対する婚約者(予定)はショルニア、フロスティ家の三男、年齢は10歳。


 フロスティ家は、商家であるが、国を跨いだ商売で莫大な富を築いており、国内有数の富豪であると言われている。

 長男は貴族家の娘を妻に迎えた伝手を使って高級品の販路拡大を図り、なかなかの成果を収めている。

 次男は豊富な魔力を以て魔法騎士団に所属、そちらの販路を強化している。

 長女は芸術に造詣が深く、今まで商会では薄かったそちら方面の環境を整える為に国内外問わず飛び回っているらしい。

 割と好き放題に各分野で活躍している子供達の成果を良い感じに束ねて、商売を成長させているのがショルニアのお父上だ。


 そんな感じで今を時めくフロスティ家が、我が家との縁を繋いででも手に入れたいモノがある。

 外海に繋がる港…いや、港を建造可能な湾と土地である。

 我が家の領地に丁度いい土地があり、子供達は同年代、手っ取り早い契約が子供同士の婚約だった。

 とまあざっくり婚約関係の情報はこんな所か。




 後は私が思い出した前世…の、ようなものの記憶について。

 正直、落ち着いて考えると前世かどうかもわからない。思い出せるのは小説の物語についてと、若干の『私』の情報のようなものだけ。

 前世だか幻覚だかはわらかないが、とりあえず思い出した事をまとめていく。


 『私』はおそらく学生、ただ、小説を読んだ頃がそのくらいだったという話で、その後『私』がどうなったのかは判然としない。

 どうせここに私の意識があるという事は、実際にあちらの世界があるとしても、もう切り離されているだろうから深く考える必要はないだろう。

 ああ、世界が異なると考えている理由はただ一つ、この世界には魔法があるという事。

 小説を読みながら『やっぱり魔法があるっていいよね、私も使ってみたい』とか思っていたという感覚が僅かにあるからだ。


 『私』が読んでいた小説のタイトルは『死の乙女に抱擁を』と言う恋愛モノ…一応、カテゴリは、恋愛モノだった。

 主人公はショルニア様、ショルニア様が愛してやまない婚約者がおそらく私、エリジアナだ。

 顔で思い出さなかったのかって?挿絵は基本ショルニア様だけ、表紙で抱擁されていたのがエリジアナだとは思うが、後ろ姿のみだったので顔はまったくわからない。内容のせいもあると思うんだけど…いやほんと、あれ恋愛モノカテゴリで合ってるのか…と言う疑問はずっとある。

 内容をざっくりまとめると、婚約者のエリジアナが治療法もわからぬ奇病に冒され、衰弱していくのを献身的に支える主人公ショルニアの話である。

 商会の伝手を使って、病の治療法を探すショルニアの前に立ち塞がるのは、その病の末期症状に至ってしまった罹患者達。

 病の末期症状に至ると、人としての意識を喪失し、生きた人間の肉を喰らおうとするかのように襲い掛かってくる。

 そんな病とは判明していない頃は、衰弱した患者が動き始めた事を喜んだ親しい者達が、襲われて死ぬか同じ病に罹患するか…と言う形で罹患者は増えていき…気づいた時には末期症状の罹患者が街に溢れ、家族と連絡を取ったり必要な物を入手したりと動き回るショルニアの行く手を阻むのだ。

 おわかりだろうか。

 罹患者の末期症状はほぼ動く屍(リビング・デッド)である。ゾから始まる単語は使われていなかった。この世界にあの宗教はないので。

 一応設定上、罹患者の肉体的は『生きて』いる状態なので、腐敗したり体が損傷したまま動いたりなどのグロさはないようだったが、そんな事は画像にならなければ関係ない話でしかない。ねえほんとに恋愛モノカテゴリで合ってたの?


 終盤で判明した病の詳細はふんわりとしか覚えていないが、元凶となるのは魔力喰いの性質を持つ微小生物だった。

 人間の体内に侵入したその微小生物(何か名前があった気もするが忘れた)は、血管を伝って魔力と魔力経路を喰いながら脳へと向かう。喰われた場所は感覚がまともに働かず、麻痺していく。これが初期症状。

 脳に到達すると、脳でも同様に魔力と魔力経路を喰い、そこで繁殖する。(ウエー…)

 物理的に脳に変化があるわけではないらしいが、脳を巡る魔力がなくなると人としての意識がなくなってしまうらしい。喰われているのは魔力だけでなく魂もだ、みたいな話があった気もするが詳細は不明。

 初期症状で魔力を失った箇所の感覚が失われていく事からも、この世界の人間の体は魔力がないと十全に動かないのかも知れないけど、それはさておき。

 人としての意識がなくなった状態が中期症状で、この段階ではほぼ寝たきり、周囲の呼びかけ等にも反応を示さなくなる。

 その後、脳で増えた微小生物が体内の残っている魔力を食い荒らし始める。体内のめぼしい魔力を食い尽くしたら、近くにある他の魔力を喰おうと肉体を動かし始める。これが末期の動く屍状態。


 他の魔力を喰う為に、近くにいる人間や動物を捕まえ、かぶりつく。


 傷口から原因となる微小生物が体内に侵入すれば、新たな罹患者のできあがりである。

 こわいですね…おそろしいですね……。


 せめてもの救いは、一度肉体に入った後、その肉体から微小生物だけが飛び出して感染する事はできないようだ、と言う事だろうか。

 体液経由で感染するかはわからないが、少なくとも空気感染はしないので、罹患者を隔離できれば感染は防げる。


 さて、この動く屍、病自体も問題だが、一番の問題は発生場所だ。

 私が罹患した事からもわかるように、我がシーマー家の領地が感染源だったはずだ。

 具体的には、これから開発予定の港町で最初の罹患者が出たはず。

 主人公と婚約者は結婚間近で、新居を構える予定の港町で罹患したはずだから、時期的には6、7年後くらいだろうか。


 婚約者を助ける方法がないか奮闘し、結局それが叶わぬまま人としての意識をなくすまでを見届ける主人公の窶れゆく姿の挿絵が、実に狂気的かつ美麗だったなあ…などとちょっと遠い目をしてしまう。



 覚えている限りの情報をざっくりと数枚の紙にまとめた私は、内容を確認して一息つく。

 色々と漏れはあるだろうけど、本編と思しき頃までに時間があるのだから、リカバリはきくはずだ。

 とりあえず、領地でヤベー病が流行るかもという話が突然降りて来たとなったら、やる事は一つ。


 領主様(おとうさま)に相談だ!


***


「お父様、ご相談があります」


 お父様に、帰宅後お時間をいただきたい旨を連絡しておいたので、お返事で指定された時間に執務室へ向かった。

 数枚の紙を持参した私は、要素ごとに分けたメモを見せながら、前世だか幻覚だかの話をできるだけ簡潔に説明した。

 最初は『娘が構って欲しさから不思議な事を言い出したぞ』みたいに笑み崩れていたお父様も、病気の症状、発生場所の辺りで表情を引き締めた。


「飽くまでも、私の見た夢か幻覚かそのようなモノでしかないので、現時点での信憑性はありません」

「そうだな…しかし、土地の開発で未知の奇病が発生するというのは、いままでにも観測されている」


 それに、この症状が実際に起きるのだとしたら、折角開発した港町は放棄もしくは長期封鎖を余儀なくされるだろう。

 苦い声でそう続けるお父様に、私は頷いた。


「確か、物語の中では港町は周囲を急拵えの塀で囲まれた後、炎で清められていました」

「……妥当な判断だろうな、そして、その命を出したのは私なのだろう?」

「はい」


 もう救いようのない、奇病に冒された者達が徘徊する街。全てを炎で一度清める判断は、被害拡大を防ぐためにも必要だっただろう。

 ただ、街を焼いた後、我が家にはおそらくそれを立て直すだけの力がない。

 物語にはそこまで描かれていなかったが、フロスティ家が手を引けば、領地は立ち行かなくなり、シーマー家は爵位返上したかも知れない。

 ただ、これは私の記憶にある諸々が実際に起きた場合に『あるかも知れない』という話でしかない、まだ、今は。


「現実には起きないかも知れないが、実際に起きた場合の被害が大きすぎるな…しかし、まだ時間はある、か」

「おそらく、病が広まるのは早くて6年後と見てます」


 広まる時になって突然現れた病気とは考えにくい、人間ではない何かを媒介にしたか、原因生物が眠っていた環境に人が踏み込んだか…。

 いずれにせよ、相応の専門家チームを開発団に同行させられれば早期発見も望めるのではないかと考えている。

 必要なのは動植物と医療の専門家だろうか…?


「今度の正式契約の時に相談をする事にしよう、丁度契約の日時について連絡が来ていたから、返事に一筆添えておくか」


 本気にしてもらえなかった場合に備えて、こちらである程度専門家を見繕って声をかけておこう。

 そう言って、お父様は数通のお手紙を認めて家令に渡した。


「信じてくれてありがとう、お父様」

「かわいいエリーが、エリーでなくなるなんて聞いてしまったらねえ…信じ難くても対策を講じないわけにはいかないよ」


 優しく頭を撫でてくれるお父様に礼を言って、私は父の部屋を後にした。



===========


「ショルニア……もういいの、これ以上は無駄よ」

 寝台に横たわったまま、エリジアナが儚い笑みを浮かべる。

 寝台横の椅子に腰かけて、もうピクリとも動かないエリジアナの右手を握り魔力を流し続けるショルニアは、涙を浮かべたまま(かぶり)を振った。

 このままではエリジアナが死んでしまう。

 肉体的にはもう僅かの傷も残っていないのに、その体を蝕む奇病のせいで、エリジアナの心が死んでしまう。

 そんな事は耐えられない。

 こんなにも愛しているのに……とショルニアの瞳が雄弁に語りかけてくる。

 エリジアナはそれを嬉しく思うが、同時に哀れにも思った。自分が死んでしまったらこの子はどうなってしまうのだろう、と。

 二歳下のかわいい婚約者。頼りがいのある男性に育ってからも、どこかかわいい弟のように感じてもいた。

 そのショルニアが、エリジアナを助けるためにありとあらゆる伝手を辿って様々な薬を取り寄せ、国内外の名医を呼び寄せ、様々な研究機関にも助けを求め、そこまでしても、ダメだった。


 いや、成果は出始めている。

 罹患したばかりであれば、そこから悪化させずに病を克服する方法はもう確率している。

 しかし、肉体がほぼ動かない、中期手前まで進んでしまった患者(エリジアナ)にその方法が使えないのであれば、ショルニアにとっては無意味だった。

 どうしてもっと早くに気付かなかったのか、動かなかったのか、と言う後悔の声が聞こえてくるようだ。

 それでも。

「ショルニア」

 あぁ、そろそろ声を出すことすら難しくなってきた、そう思いながらエリジアナはショルニアに語り掛ける。

 これが最後になるのかも知れないのだから、悔いのないように伝えておかねばならない。

 艶を失い、血の気も失せた唇が必死に言葉を紡ごうとするのをショルニアは見守る。

「私は、貴方を誇りに思うわ…貴方の努力で、この病で死ぬ人を減らせたのだから」

「他の人を救えたって…エリジアナを救えないなら何の意味もないよっ…!」

「そんな事言わないで、愛しいショルニア……ああ、貴方を抱きしめる事もできないのがとても悔しい」

 泣き濡れた目でエリジアナを見つめていたショルニアが、その言葉に目を瞠る。

 刹那躊躇った後、覆い被さるようにしてエリジアナを抱きしめた腕に迷いはなかったが、肩口に伏せられた顔が歪んでいるであろう事は想像に難くなかった。くぐもった嗚咽が絶え間なく聞こえてくる。

 その頭を撫でる事も、背に手を回す事もできない。意識を保つのも難しくなってきた。泣き縋る子には酷であるが、自分の終わりまでの時間がもうない事がわかっている以上、この意識がある内に最後の頼みをしなくてはならない。

 エリジアナの想いを知ってか知らずか、ショルニアが顔を上げた。思い詰めた表情に、エリジアナは息を呑む。

「…そこに用意された口枷を、お願い」

「エリジアナ…」

 口づけの許しを請うつもりだったショルニアを目で制して、エリジアナは最期の願いを口にした。

 治療できるのだとしても、好んで病を感染させるような真似を許す事などできない。大切な相手ならば尚の事。

 エリジアナの意思が固いのを知っているショルニアは、のろのろと身を起こしてサイドチェストに用意されていた魔銀製の口枷を手に取った。

 病が治らない可能性を考え、最期まで看取る事を想定して作らせた口枷は、症状が末期に入っても噛みつく事ができないようにするための物だ。噛まれさえしなければ感染する事はないので、対処がしやすくなる、そういう物であるからちょっとやそっとでは壊れない頑丈な作りをしている。見た目は無骨な金属の塊だ。

 泣き腫らした目を向けられても、エリジアナが願いを撤回する事はない。

 わかっているからショルニアはゆっくりと、確実に口枷を取り付けた。寝乱れた髪を巻き込まないように、締め付けすぎないように。

 もうほとんど感覚の残っていないエリジアナの身を、それでも傷つけぬように。 

 口元をしっかりと覆われた事に安堵したエリジアナは、ショルニアから目線を外さぬまま目を細めた。

「ありがとう…ごめんね、愛してるわショルニア……」

 どんどんとか細くなる声に、もう時間がない事を悟る。

 エリジアナの魔力を食い尽くされないようにと注ぐ魔力が、もう足りていない。外部から注いだ魔力程度では抑えられない程に体内の微小生物が殖えきってしまったのだろう。

「ぼくも、あいしてるよ、エリジアナ…」

 それでも一縷の望みをかけて魔力を注ぐのをやめられないショルニアを嘲笑うかのように、エリジアナの表情が抜け落ち、ゆるやかにその瞳が濁って行った。

 エリジアナの美しい海の色の瞳が、白く濁った膜の向こうに覆われたのを確認して、ショルニアは瞑目した。

「ずっと、あいしてるよ、エリジアナ」


===========



 悪夢を見た気分で目を覚ました。


「ある意味、未来で自分が死ぬ夢と言えばそうなのかもしれないけど」


 それよりは、モブ視点でエピローグ手前の数ページを映像で見た、くらいの気分である。

 完全に第三者始点だったし。

 数少ないメインカップルがいちゃついているシーンではあったが、片方いなくなりましたねそういう話なの?解せぬ。となって一度本を閉じた気がする。他のシーンは大半が動く屍との楽しいおいかけっこだよ☆恋愛小説枠じゃないと思うんだよなあやっぱり!


「それはそれとして、魔力で誘き寄せる対処してたんだっけ」


 罹患初期の頃であれば、微小生物が侵入した傷口に魔石をあてる事で外部に誘き寄せる事ができる設定だった気がする。

 液体に魔石を浸して、魔力濃度を上げた液体に回収する、とかだったかな。現実で同じようにできるかはわからないけど、手段として考慮にいれておくのは悪くないだろう。

 あとは、体内の魔力濃度分布を見る魔道具を開発してた気がする…サーモグラフィみたいに魔力濃度分布を表示すると、微小生物の居るところだけ魔力濃度がほぼゼロになるから、そういう場所がなくなるまで回収作業を繰り返せばいい。

 中期に至ってしまうと、外からアクセスできる傷がない事と、頭部近くまで症状が進んでいるので傷を新しく作って回収作業をするのが困難である事が問題になるはずだけど、これは今急いで考えなくてもいいか。

 現時点で中期まで至ってる人はいないから、まずは魔力濃度分布を見る魔道具があったらいいんじゃないかな…これ作るのに成功したら他でも使えそうだし、フロスティ家に開発協力求められないかお父様に確認してもらおう。


 そこまで考えて、寝台から身を起こす。

 このままだと二度寝してしまう。シーマ家(ウチ)は財政そこそこ子爵家なので使用人は最低限の人数しかいない、なので自分で起きて身支度をして食事室にいかないと朝ごはんを食べ損ねてしまうのだ、ごはんだいじ。


 食事室に行くと、タイミングよくお父様が食事を始めるところだった。


「おはようございます、お父様」

「おはようエリー」

「お母様はまだお戻りではないのですか?」

「あぁ、昨日帰って来る予定だったのが遅れているから、先刻呼蝶(こちょう)を飛ばした所だよ」


 呼蝶はメッセージを飛ばす魔術だ。一つの魔石に一つ登録ができる魔術で、登録した魔石を必要数に砕く事で、魔石の欠片から欠片へとメッセージを送る事ができる。

 お母様はシーマ家筆頭魔法騎士で、領内で問題が起きるとその対応のために現地へ向かう場合が多い。そのため、移動中等でも連絡ができるように、と呼蝶が用意されたらしい。

 最悪の場合、連絡が取れなくても呼蝶が行く先に目指す相手がいるという目印になるわけで……。


「あれ…?」

「? どうかしたかい?」

「いえ、先日のお話した件で、お母様がどうしていたかしら…と」


 そもそも婚約者(エリジアナ)周辺の話はフレーバーテキスト程度だった。舞台背景のようなものだからしょうがないのだけど。

 その中で、お父様に言及はあったけど、お母様の話はなかった。

 領内の新規開発地で問題が起きている状況で、筆頭魔法騎士であるお母様の出番がないわけがないというのに。

 やわらかい丸パンをちぎってバターを塗りながらぼんやりと考えていた私の脳裡に、数行のフレーバーテキストが浮いて来た。



===========


 その港町は、悲しい災害で壊滅した漁村の上に作られた。

 人も家も多くのモノがその災害で奪われ、残る物もほとんどなく、残すには辛過ぎた。

 その辛さに蓋をするように、土地には一段高く土を盛り、そこに美しく煉瓦を敷き詰めて町の形を作り上げたのだ。


===========



 ジャムまでつけたパンを咀嚼しながら文章を反芻し、想定できる可能性について考える。

 何等かの災害で漁村が壊滅、海と山に面しているので、どちらかに関連する災害だろうが、津波のような物がこの世界で発生するのかはわからない。土砂崩れは聞いた事があるので、可能性としてはある。

 しかし、土地に一段高く土を盛るのが災害対策を含むのであれば、土砂崩れではなく津波のような災害なのではないだろうか。

 そしてその災害に巻き込まれてお母さまが亡くなった世界が、あの小説の舞台である可能性は高い。


 災害で壊滅し、奇病対策で燃やされる町……辛過ぎるので可能ならば両方防ぎたい所。


 現実で起きるとは限らないけれど、どちらか一つだけでも現実になればシーマ家(ウチ)の財政には大打撃なわけだし。


「…リー、聞いておくれでないかい、エリー?」

「………すみませんお父様、ちょっと情報の整理に時間がかかっておりました」

「それは仕方ないね、でも不穏な事を言ったまま黙りこくられると本当に不安になるから、考え込む前に一言教えて欲しい」


 ふっさりとした眉を下げたお父様が、苦笑しながら言う事はもっともなので、ごめんなさいと謝罪する。

 お父様からしたら伴侶の話だ、気にならないはずもないのだし。


「それで、詳しい話は教えてもらえるのかな?」

「はい、後でまた執務室に伺いたいのですが、よろしいですか?」

「構わないよ、今日は急ぎの仕事もないし、すぐに聞こう」

「では食事が終わり次第伺いますね」


 了承のお返事をいただいた後は、食事に戻る。

 どこを切っても食事の場に向く話ではないので。


***


「お父様は、大きな波が起こす災害と云う様なモノをご存知ですか?」

「いや、聞いた事がないな」


 食後、冷たい飲み物を運んで貰うよう頼んでお父様の元に向かった私が最初に確認したのはそれだった。

 津波のような災害を、私は産まれてこの方聞いた事がない。お父様も知らないのであれば、この国では縁遠い災害なのだろうと考えての確認だ。

 

「そのような災害が起きる可能性があるのかい?」

「明確にそう、とは言えないのですが…漁村がなんらかの災害で壊滅する、との文章が浮かんだのです」


 お父様に先ほど脳裡に浮かんだフレーバーテキストと、そこから想定される状況を説明する。

 悪くすればお母様がその災害に巻き込まれて消息不明になる可能性もある、との想定も含めて。


「ううむ……今回は山間の村の定期確認であるし、先程返って来た呼蝶によれば山中で行き会った商隊の手助けで時間がかかっているらしいが…この先、漁村の視察等が増える事を考えると悩ましいな…」

「お母様の魔法適正って風でしたよね?」

「ああ、山中でのデメリットの少ない属性だが、海との相性は良くない」

「しばらくの間、漁村に行く際には水と土の適正のある方を連れていただくのが無難かも知れませんね…」


 水はわかるが、土?とお父様が首を傾げるので、土壁で波を弱めたり、避難場所を用意したりと対応できそうな話をする。

 いつ来る災害かわからないので、準備だけでもしておくのはアリかも知れないし。

 もういっそ今からちょっとずつ土の魔法適正を持ってる魔術師とかを送り込んで、漁村の居住エリアを高くしておくとかもありかも知れない…と話をしながらも、大きな波が来るとしたら原因は何なのだろうなと考える。

 地震なるモノはこの国にはない……と思われている。長らくなかった地震が起きる可能性もなくはないけど…その場合は山も無事ではない気がするんだよね。


「海の災害か……巨大な海魔(かいま)が、波を操ると何かで読んだ記憶があるから、少し調べてみるとするか」

「海魔って、外海の深い所に居る魔物でしたよね?」

「よく勉強しているね、その通りだ、基本的には外海を通る船を襲う事が多いが、ごく稀に陸地に寄って害をもたらすんだよ」


 普段、人間の寄らない所で棲息している魔物が、陸地に近づいて…水の害をもたらす他に害ある微小生物を撒いて行く……。

 色々引き起こすには都合の良い舞台装置な気がしてきたなあ。


「海魔って、倒せる魔物ですか?」

「居場所さえわかってしまえば、そこまで手強くはないと聞くよ」


 居場所がわからないのがネックなのは、海の中にいるせいかと思えば、それもあるけど『魔力を察知しにくい』特性があるんだよとお父様が教えてくれる。

 これは、舞台装置確定なのでは……?

 そうすると、起き抜けに考えていた魔力濃度分布を確認できる魔道具を作ってもらうのが一番早い気がしてきたなあ。


「お父様、フロスティ家との婚約締結は何日にするか決まりました?」

「四日後になったよ」


 土地開発に際して懸念点があるので、対処を相談させて欲しいと添えた件についても了承を貰っているとの事。


「ではそれに絡めて魔道具の開発協力をお願いしても良いですか?」

「魔道具?」


 細かい技術などはわからないけど、と前置きをして魔力濃度分布を見る魔道具の話をした所、お父様の目の色が変わった。

 それは共同開発にさせてもらって、シーマ家からも人と金を出そう、と大変乗り気のご様子。

 防犯にも使えるかな~くらいの認識だったが、金の卵になる可能性が高そうだ。

 これはフロスティ家のご当主様の喰い付きにも期待できそうですね。


 なんて呑気に考えていた事もありました。



***


 結論から言うと、フロスティ家ご当主の喰い付き良すぎて大変な事になった。


 どのくらい大変かと言うと、婚約の話そっちのけで半日その話で持っていかれた。

 軽く午前のお茶をご一緒にしつつ、婚約関連の話と、おまけ程度に土地開発のお話を…くらいだったものが、初手でうっかり魔道具の開発についての軽い構想を話したところ、そのまま共同開発と将来的な利益配分までが決まり、急遽呼び寄せられた研究者達による「どういう事ができる道具であるべきか」という議論が始まり、昼食を食べつつメインで検討する技術の方針を決め、午後のお茶に合わせて呼ばれた販売部門の方々を含めてどういう層に販売をするのが最も利益率が上がるかみたいな話がようやく終わって、夕食手前の時間でようやく大枠の話が一段落した所である。

 婚約の締結はもう確定で、お互いの家がもう手を離す気がないのであとはほんとサインだけなので、長時間拘束された子供達は夕食前に少しゆっくりしてきなさいとショルニア様と二人で最初に通された応接室に戻された所に放り出されたのがついさっき。


 技術者達が呼ばれたあたりからずっと詰めていた会議室から解放された事にはほっとしたが。

 大変な事になりましたね…大丈夫ですか?と問いかけようとしたショルニア様が、見てわかる程にぶんむくれており、大変な事になったぞこれは…!となっている現在である。


 造作の整ったお顔は、ほっぺたぷくぷくにしていてもまあ見栄えがするモノだなあと大変失礼な事を考えつつ、用意されたお茶をいただく。


「……父上とのお話、たのしかったですか」


 私が一息ついたのを見てか、向かいに座ったショルニア様が小さな声で問いかけてくる。

 けれど目線が合わない。応接室に入ってからずっとショルニア様は自分のつま先辺りに目線を落とされているので。


「楽しい…というよりは、勢いがすごくて聞かれた事にこたえるので精一杯でしたね…」


 初夏の新緑のような緑の目が見えないのが少し残念だが、優しく淡い茶色の髪がふわふわしているのを見ながら、素直な感想を伝える。

 いやほんと怒涛の質問攻めすごかったなあ、と思いつつ、大事な事を伝えていなかったので改めて口を開く。


「それより、すみませんでした、婚約の話をする前にあんな事を言ったせいで…ショルニア様を巻き込んでしまって…」


 婚約の話が終わってからであれば、ショルニア様はもっと早く解放されていただろうに。

 10歳の遊びたい盛り(かどうかは知らないけど)の子供をこんな長時間拘束してしまった事には申し訳なさしかない。

 その言葉に、ショルニア様が顔を上げる。むくれていた頬っぺたからは空気が抜けていたが、何やら悲壮な表情をしているのはなんで⁇


「ぼ…ぼくは…おじゃまでしたか…⁈」

「えっそんなわけないじゃないですか」


 聞こえた言葉に、考えるより早く否定の言葉が出た。邪魔なわけがない。

 私の否定を聞いて、ショルニア様が笑顔になる。眩しい。サングラスをくれ。


「よかった…エリジアナ様のおじゃまをしてきらわれたらどうしようっておもってたんです……きらわれて、父上とこんやくするって言われたらないちゃうところでした」

「そんな…ショルニア様に嫌な事をされたわけでもないのに、嫌ったりなんかしませんよ?」

「でも父上みたいにエリジアナ様の言ってることをりかいできなかったです」


 悔しそうにそう言うショルニア様に、先程の魔道具開発については将来的なショルニア様の功績を奪った事になるのでは…と今更ながら思い至ってしまった私。罪悪感がすごいけど、私も動く屍にはなりたくないので許されたい。

 ともかく、ショルニア様が将来的に作ったかも知れない魔道具なのだから、理解できないのもきっと今だけだろうし、10歳で理解できてたらすごすぎるので、ゆっくり成長していきましょうと伝える事にした。

 あとうっかり聞き流しそうになったけどフロスティ家ご当主が私の相手になる事はないですよ、婿入りしてもらわないと困るんですから、と伝えるのも忘れない。年齢差とか倫理観を横に置いたとしても、婿にはもらえないでしょうご当主様を。一応現在独身のご様子ではあるけども。ない。


 そんなこんなで会話をして少し気を持ち直したらしいショルニア様が、こちらを真っ直ぐ見てくる。

 何か言いたい事でもあるのかな?と目線を合わせたまま待つが、特に何もないまま時間が過ぎる。


「あの…どうかしましたか?」


 私の顔に何かついてます?とまでは聞けないなあと思いつつ、尋ねると、笑顔を返された。

 まぶしい…この笑顔、絶対光属性だと思うんですよそんな属性あるのか知らんけど。


「エリジアナ様がぼくを見てくれるのがうれしくて…つい」


 照れ笑いを浮かべて言うショルニア様のかわいさがスゴイ。この可愛さがスゴイランキングあったら上位間違いなし。

 いやそうじゃなくて。


「私そんなに見てましたか?」

「えっと…見てくれるというか…あのう……目をそらさないでくれるのが、うれしい、です」


 不躾な見方をしてしまっていただろうか?という私の不安を汲んでくれたらしい返事に納得する。

 どうやら同年代の少年少女は、ショルニア様の目というかおそらく顔とか表情の輝きを直視できないようで、目をそらし顔をそらし、なんだったらもう体全体をそらし遠くへ行ってしまう事が多いらしい。

 いやーわかる、わかるよ、サングラス欲しい眩しさだもの、と思いつつ、さりとて目線をそんなあからさまに外すのは失礼なので、目を細めてやり過ごしていた私です。

 でもそれだけでこんなに嬉しそうにされてしまうとこう…造作が整っているのも善し悪し…みたいな気持ちになりますね。


「ぼくをまっすぐ見てくれたエリジアナ様の目はとてもきれいな海色をしてて、ぼく、エリジアナ様が大好きになってしまったんです」


 さすがにそれはチョロすぎないか……。

 え、そんなに同年代の子達は逃げまくったんです?

 そんな困惑でぐるぐるしている間に、ショルニア様が私の横まで移動してきていた。

 その場に跪いて恭しい仕種で私の左手を取ったショルニア様は、こちらの目がつぶれそうな輝かしい笑顔で言った。


「あなたと婚約できてとても嬉しいですエリジアナ様、一生をかけてあなたの事を大切にします」


 なるほど愛が重いタイプではありそうだ。

 人間の感情の強さが時間経過で変化するのは重々承知しているけど、数年でこの重さがゼロにはならんだろうなと思うと、先日の夢で見たシーンやあのラストシーンの再現ありそうで精神上よろしくない。とてもよろしくない。


「わかりましたショルニア様、私も頑張りますね」


 まずは動く屍回避、全力で頑張ります。



動く屍になった友人を飼うラストの映画が好きだったなあと…思って…


きっとこの後色々頑張って動く屍は回避するはずです。


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