表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

『西門大官人昇天艶遊記』ヒットの裏側

時は宋。


清河県、西門邸の奥。


本来なら静かであるはずの写字部屋は――


地獄だった。


完全な地獄だった。



机。


紙。


筆。


墨。


灯火。


そして。


死にそうな顔をした使用人たち。



「第七巻の上巻が終わりません……」


写字係が震えていた。


目の下には巨大なクマ。


腕は痙攣。


指は墨で真っ黒。


隣では別の写字係が半泣きで筆を動かしている。


さらさら


さらさら


さらさら


止まらない。


止まれない。



理由は単純である。


『西門大官人昇天艶遊記』


が。


売れすぎた。



書肆の主人が毎日飛び込んでくる。


「大官人!!」


「第五巻が完売しました!!」


「第三巻を二千部追加です!!」


「第四巻を南方でも売りたいです!!」


「海賊版対策で正規版をさらに刷ってください!!」


完全に狂っていた。



その結果。


西門家の使用人たちは、


昼も。


夜も。


深夜も。


早朝も。


ひたすら。


レイの妄想を書き写していた。



「天女の胸がどうとか……」


さらさら


「物流で地獄改革がどうとか……」


さらさら


「吾輩は人格者なのだぁ……」


さらさら



帳場係が机に突っ伏した。


「もう人格者って文字見たくない……」


隣の写字係が死んだ目で言う。


「昨日だけで百二十回書いた……」


さらに隣が言う。


「“おっぱいのでっかい美女”は二百回超えた……」


完全に壊れていた。



だが。


障子が開く。


全員が凍る。


現れたのは――


西門慶レイ(193cm)


であった。


しかもご機嫌だった。



「のだぁ〜〜♩」


尻をふりふりしている。


危険信号だった。


非常に危険だった。



レイは紙束を抱えていた。


分厚かった。


嫌な予感しかしなかった。



「うむ!」


満面の笑み。


「新作なのだぁ!」


地獄だった。


完全地獄だった。



番頭が震える。


「旦那様……」


レイが振り向く。


「のだ?」


「まだ第七巻の増刷が……」


レイが手を振る。


「売れてるなら問題ないのだぁ!」


最低である。



さらに紙束を置く。


どさっ


重かった。


物理的にも精神的にも。



「今回は龍宮編なのだぁ!」


写字係が天を仰いだ。


帳場係が机に頭を打ちつけた。


印字係が静かに涙を流した。



レイは止まらない。


「爆乳龍女がいっぱい出るのだぁ!」


写字係が言った。


「もう“爆乳”って文字を書きたくありません……」


レイが即答する。


「書けぇ!」



「海運改革もするのだぁ!」


帳場係が言った。


「また物流ですか……」


レイが頷く。


「当然なのだぁ!」


完全に本気だった。



そのとき。


別の使用人が走り込んできた。


「旦那様!!」


レイが振り向く。


「のだ?」


「北方で海賊版が出回っています!!」


空気が止まる。


レイの眉が動く。



「……のだぁ?」


静かな声だった。


危険だった。


非常に危険だった。



「吾輩の文学を勝手にぃ?」


使用人全員が姿勢を正した。


番頭が震える。


料理人が包丁を置く。


写字係が筆を止める。



次の瞬間。


レイが叫んだ。


「増刷なのだぁあああ!!」


使用人たちが崩れ落ちた。



「正規版で市場を潰すのだぁ!」


番頭が半泣きで頷く。


「承知しました……」



「もっと刷るのだぁ!」


「はい……」



「もっと売るのだぁ!」


「はい……」



「文学を広めるのだぁ!」


誰も文学だとは思っていなかった。



その夜。


写字部屋の灯は消えなかった。


さらさら


さらさら


さらさら


筆が鳴る。


紙が積まれる。


墨が減る。


人間が減る。


理性も減る。



写字係の一人が呟いた。


「俺たち……何を書いてるんだ……」


隣の男が死んだ目で答えた。


「人格者の日常……」



さらに奥。


帳場係が低い声で言った。


「……第二十三巻だそうだ」


全員が静止した。


完全停止だった。



そのとき。


障子の向こうから声がした。


「のだぁ〜♡」


全員が震えた。



「次は宇宙編なのだぁ!」


写字係が一人倒れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ