ランタンに託して飛ばした志望校合格の願い
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
私達一家の住む台南市から台湾高速鉄道で凡そ二時間の距離に位置する新北市の十分は、一年を通じて天燈を上げられる事で有名なんだ。
特に春節の時期ともなると数千個の天燈を飛ばす平渓天燈節が開催されるから、中華民国の台湾島だけじゃなくて日本や香港といった外国人旅行者もやってきて凄い人だかりなの。
とは言え私達一家が十分を訪れたのは春節とも平渓天燈節とも何の関係もない、至って普通な秋の休日なのだけど。
それというのも、長女である私こと王美竜が現在抱えている一身上の都合によるんだよね。
「ほらほら、お姉ちゃん!そのランタンの紫色に学業成就の願いを遠慮なく書いちゃいなよ。堺県立大学の正門が、お姉ちゃんを待ってるよ。」
「そうよ、美竜。珠竜も言ってたけど、貴女も第一志望にストレート合格して日本でキャンパスライフを送りたいでしょ?」
筆を握った私の事を、国民中学に上がったばかりの妹とお母さんが二人して面白そうに囃し立ててくる。
そんなに囃し立てられたら気が散っちゃうのにな。
「ごめん、ごめん!だけどね、お姉ちゃん。受験までに集中力は鍛えておいた方が良いと思うよ。何しろお姉ちゃんは、日本という慣れない環境で受験するんだからね。」
それを言われちゃうと、私としては返す言葉が見つからないよ。
そもそも今回こうして新北市へ日帰り旅行に訪れたのも、「受験勉強の息抜きも兼ねて、合格祈願に天燈でも上げてみない?」という両親と妹のお誘いがキッカケだからね。
そうして私が大書した「学業進歩」と「金榜題名」の墨が乾いたのを確認すると、両親は天燈を裏返して自分達の願いを書き始めたんだ。
「あっ、やっぱりお父さんとお母さんも書くんだね。」
私としてはランタンの色を学業成就の紫と運気上昇の赤の二色使いにしたかったのだけれど、「その二色も入れて良いけど、オレンジと黄色も入っているランタンにしなさい。」って言われて選び直す羽目になっちゃって。
だけどお父さんの仕事運を祈願する「財源廣進」と私達家族の幸せを祈願する「闔家平安」とが書き加えられたのを見たら、それ以上は何も言えなくなっちゃったね。
要するに今回のランタンの打ち上げは、私の合格祈願も含めた家族の思い出作りでもあったんだ。
「第一志望に合格したら、お姉ちゃんは日本に留学でしょ。大学の長期休暇でもないと会えなくなっちゃうからね。」
照れ臭そうな妹の微笑を見ていると、そんな家族の気遣いが否応なしに伝わってくるよ。
「そっか…ありがとね、珠竜。ところでさ、貴女は何をお願いしたの?ちっとも書いてる様子がなかったけど…」
この私の問い掛けに、妹の笑顔の意味合いが少しだけ変わったんだ。
照れ臭さから、悪戯心へと。
「ああ…私の願いならお姉ちゃんが書いてくれたからね。『学業進歩』と『金榜題名』、何しろ私も日本語検定を控えた身の上だし。」
「えっ?それって!?」
見れば私の書いた紫色の面に、妹の名前が書き加えられていたんだよね。
全く、その手際の良さには驚いちゃうよ。
それに学業成就を連名で祈願するだなんて、本当ちゃっかりしているんだから。
そうして私達一家の願いを乗せて打ち上げられた四色のランタンは、この時期特有の北東季節風に流される形で山間の渓谷の方へ消えていったんだ。
十分の名物であるランタンは紙や竹といった天然由来の素材だから自然を汚さなくてサステナブルだし、落ちたランタンを回収したら地域住民のお小遣いになるからね。
だからランタンを見送った私達一家は、後片付けを気にせず引き上げる事が出来るんだ。
「ランタンも無事に飛んでいった事だし、そろそろ小腹が空いてきた頃じゃないかな。どうだい、白姫さん?この近くの食堂なら、美味い肉燥飯や炒麺を出してくれるよ。」
「それはよい考えね、小竜君!どっちもビールのお供に最高なのよ!」
会話の内容と声のトーンだけを聞いていたら、どうやっても学生カップルにしか聞こえない。
大学のキャンパス内で知り合ったのが両親の馴れ初めだから、それも無理はないけど。
「どうやらお父さんとお母さんは、昼間から一杯引っ掛ける心積もりみたいだね。お姉ちゃんも、羨ましく思ったでしょ?」
「変な事言わないでよ、珠竜も!私はちゃんと十八歳の誕生日まで我慢出来るから。そもそも今年は受験があるんだから、そんな事言ってる場合じゃないの!」
妹にはこう言ったけど、両親の美味しそうな飲みっ振りに羨ましさを感じていないかと言うと嘘になるね。
十八歳の誕生日と合格通知が、今から待ち遠しい限りだよ。
「あーあ、これなら合格の日までの断酒祈願も書いておけば良かったかな…」
そうぼやきながら、私はついついランタンが飛んでいった方角の空に視線を走らせてしまったんだ。




