婚約破棄されても芋を食べていた私、いつの間にか元婚約者を返り討ちにしていました
芋の話をしていた時に思いついた作品です。
「シンシア! お前と婚約破棄をする!」
招待していないはずの婚約者ベニーの声が聞こえる。
声の方に顔を向けると、やはり婚約者だ。シンシアは目を擦るが、やはり婚約者がいた……何故?
ここはシンシアの生家、メイクイン伯爵家。今日はシンシア主催のパーティーである。周囲を見渡せばベニーの大声で、招待客が何事かと振り返っていた。
久しぶりに顔を合わせたと思えば、ベニーは何故かシンシアを目の敵にしている。しかも彼の隣の女性に至っては、怯えた目でこちらを見ているではないか。
そのことに唖然としていると、彼はまるで自分が主役の演劇を演じているかのように、唾を飛ばしながら言い放った。
「お前はアーヤに嫌がらせをしていると聞いたぞ! 俺の寵愛がないからと、アーヤに嫉妬するのはみっともない!」
「……はっ?」
シンシアは目を丸くした。
そもそも彼の隣にいるアーヤと言う娘の存在を知らないし、ベニーの寵愛なんていらないのだが、と心の中で思った。
言わないだけまだ、理性が働いている。
「とぼける気か? 噴水へ突き飛ばしたり、教科書を隠したり破ったり――」
どうやらシンシアの罪状を読み上げてくれるらしい。けれども身に覚えのない彼女は、ベニーの話を聞き流す。目の前の料理に釘付けだったからだ。
シンシアは気が気ではない。料理が冷めてしまうからだ。
(あー、やっぱり美味しそう! 一口食べちゃお! 熱いのも美味しいのよねぇ、これ)
目の前に運ばれてきた料理を手で取り、口に入れる。そして食べる時には「パリッ」と美味しそうな音が周囲に響き渡った。
それに気がついたベニーは、今まで以上に声を張り上げて叫ぶ。
「お前! 何してるんだ?!」
「え、何をしているかでしょうか? 食べてますけど」
「た、食べ……?!」
婚約破棄を告げたにもかかわらず、相手はのほほんと料理を食べている。しかも、ベニーが見たことのない、手で食べる料理だ。彼が正気に戻る前に、シンシアが話し始めた。
「今回ご紹介する料理の味を確認しておりますが? あー、美味しくて敵いませんわぁ。我が家の特産品であるポテートを使用した新作ですの! 塩味が効いていて、幾らでも食べられてしまいますわ!」
シンシアは丸く薄く切られた料理を、招待客の皆に見えるようかざした。
「こちらはスノーデル、という品種を使用したポテート料理ですの! スノーデルは加工がしやすいポテートでして、皮が剥きやすく、焦げにくい性質があるので油で揚げても綺麗な黄金色に仕上がるのです。見てくださる? この薄さを!! 我が家の料理長の力作ですわよ! 名前はチプスですわ」
いきなり始まったシンシアの弾丸トークに、周囲はベニーたちに背を向け、シンシアの手に持っている料理に注目し始める。
その様子を見て、ベニーとアーヤは狼狽えて視線を戻そうと声を上げるも……料理に目のない招待客は、彼らを無視してシンシアの話に耳を傾けた。
「そしてこちらは我が家のメイクインという品種を利用したポテート料理ですわ! 細長い形がチプスと一緒で食べやすそうでしょう? チプスは、軽い食感を楽しんでもらうために作りましたが……こちらは外はカリッと、中はホクホクの食感のふたつを味わえるように試行錯誤して作られましたの。あ、ちなみに名前はフライポテートですの」
後ろで怒声を放つベニーたちの声は、招待客の耳には聞こえない。それよりも目の前に出された新しい料理の方が、大事である。美味しそうなので。
「このチプスはアフタヌーンティーの甘味の口直しとしてご利用いただけると良いと思いますわ。フライポテートよりもお腹に溜まりにくいのも利点ですね。口の中の甘さを、軽く振りかけた塩が中和してくれますの。フライポテートは、このような社交パーティー用でお出しするのが良いかもしれませんわ。量を食べるとお腹に溜まりますし、一度食べると止められませんから」
引き続き、パリッ、サクッと美味しそうな音を立てながら食べ始めるシンシア。その音を聞いた瞬間、誰かのお腹が盛大に鳴った。
それは大分後ろから聞こえてきたような気がしたけれど……まさか招待されていない者たちの音だとは誰も気が付かない。
シンシアはにっこりと笑って、料理の左側へと避ける。
「ぜひ皆様味見をしてくださいね!」
それが合図となって、招待客は我先にと新しいポテート料理に群がった。
シンシアは招待客の様子に満足していた。何故なら、本来はベニーたちの婚約破棄のためのパーティーではなく、新商品の売り込みのための会場である。いわゆる公開試食会、というところか。
招待客から歓喜の言葉が漏れ始めていたからだ。
「いやー、今回のシンシア嬢の発明した料理は素晴らしい!」
「ポテートの切り方ひとつで、相応しい場を使い分けるなど……そんな発想を思いつきもしなかったな」
「彼女を婚約者に持つとは羨ましい限りだ」
客の中でもこの場で一、二を争う権力者である有力貴族の二人が、シンシアを口々に賞賛する。そして、このポテート料理も、今までと同様に流行るだろうと満面の笑みで言い合う。
今まで彼女が生み出した料理は全て貴族内で流行しているからだ。
一方でシンシアは空気を元に戻せたことに満足していた。そして彼女自身も美味しい料理を食べて満面の笑みを浮かべていたところに、彼女の兄であるキタリーがやってきた。
「待たせてすまない……お前、顔がニヤけているがどうしたんだ? 気持ち悪いな」
「お兄様? 乙女に気持ち悪いは禁句ですよ! 反応が上々なので、嬉しいだけですぅ〜!」
眉間に深い皺を刻むシンシアに、キタリーは鼻で笑う。
「お前だから仕方ないだろ」
そう笑いながら言ってのけるキタリーの後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「キタリーはいつもシンシアちゃんに厳しいな」
「俺の妹だからな。こんなもんだろ」
呆れたように告げるノーザンに、キタリーは肩をすくめる。シンシアは救世主を得た! と言わんばかりに、声を張り上げた。
「ノーザン様! ありがとうございます! 本当ですよね! 兄に言ってやってください! お兄様が話を聞くのは、幼馴染のノーザン様だけなので!」
「え、そんなことないと思うけどなぁ?」
ノーザンの眉尻が下がる。彼は侯爵家の令息であり、メイクイン伯爵家の取引先のひとつだ。
自分を邪険に扱う兄と優しく導いてくれるお兄さん。穏やかでいつも微笑みを絶やさず、兄とは違い話を聞いてくれるノーザンによく懐いていたものだ。
シンシアは昔のような人懐っこい笑みを浮かべた。
「今日は新作もありますので、是非試食してみてください!」
「シンシアちゃんの考案する料理はいつも美味しいからね。期待しているよ」
「ありがとうございます! ノーザン様」
二人のやりとりをまるで揶揄うかのように笑いながら見ているキタリー。そんな兄に気づいていないシンシアは、まるで天気の話をするかのような気軽さで、キタリーに向けて話しかけた。
「そういえばお兄様! 先ほど、ベニー様から婚約破棄のお言葉を――」
「あ゛? あの野郎がか?」
シンシアの言葉が終わる前に苛立ちの声を上げるキタリー。そんな彼を見て、ノーザンは慌てて彼を落ち着かせることに尽力した。
キタリーのことだ。このままでは原型を留めないほど、相手の顔を殴るだろうと予想できた。
「待て待て、キタリー。一旦深呼吸して……よし、シンシアちゃんの話を聞くんだ」
「ですから、先ほどベニー様から『お前と婚約破棄をする!』と言い渡されたのです」
「殴ってきていいか……?」
そう告げたキタリーの額には青筋が浮かんでいる。だが、どうやら意外と頭は冷静だったらしい。
「ちょっと待て、今回あの男はこのお披露目会に呼んでいないだろう? 何故この会場にいる?」
「それは分かりませんが、先ほどまで婚約破棄を告げられていたのです。お兄様、あちらからのお話ですから、婚約破棄をお受けしても問題ありませんよね?」
笑みを見せながら話すシンシアの表情に、憂いや後悔などは微塵もない。命の次に大切な公開試食会を台無しにする可能性のあった男に、興味を持てという方が無理なのだから。
「もちろんだ。この後、父に連絡をして、婚約を破棄してもらうぞ。その際、今後ハールカ侯爵家には一切協力をしない、という文言を付けておこう」
キタリーは周囲に聞こえるくらいの大きな声で話し始めると、周囲はシンと静まり返る。しいて聞こえるといえば、わずかな咀嚼音くらいだろう。
だからだろうか。キタリーの声は少し離れた場所にいるベニーにも聞こえた。
言葉を聞いて、ベニーの顔から血の気が引いていく。
今更思い出したのである。
メイクイン伯爵家とハールカ侯爵家での事業提携の話を。本人はそれがどれだけ重要なことかは理解していないが、シンシアとの婚約が結ばれた際、両親が非常に喜んでいたことを。
「伯爵家との婚約があれば、将来は安泰だ!」と叫んでいたことを。
気持ちが高揚していたこともあり、そのままここに乗り込んだが……今更ながらに問題があるのではないか、と彼は戦々恐々とし始める。
すぐにベニーはシンシアの元へと歩みを進めた。しかしそれよりも前に、ノーザンとシンシアが話す声が聞こえる。
「なら婚約が解消されたら僕と一緒に今度、美味しい料理巡りをしない?」
「え、いいんですか? 嬉しいです!」
二人は食事の話題で盛り上がっている。その姿はベニーから見たら、非常にお似合いな男女に見えた。
――だが、ここで怯んでいられない。
「待て、やはりそれは――」
まるで相思相愛の男女であるかのように見えるシンシアたちの元へ向かい、撤回の言葉を告げようとした。後ろではアーヤがベニーを引き止めようと声を荒げている。
「ベニー様!? 待ってください! それはーー」
けれど、彼はそんな彼女の声など全く耳に入っていない。
彼は「やはり婚約破棄を撤回してやろう」と声を上げようとしたのだが、ベニーよりも先に……まるで彼に言葉を言わせまいと言わんばかりに、料理を食べていた招待客の一人が声を上げた。
「おやぁ、ハールカ侯爵家は……一度宣言したことを撤回しても良い、と教育されているのですか? それは貴族として如何なものかと思いますがねぇ……」
国一番の美食家で有名な伯爵が、ニンマリと口角を上げてベニーをおちょくり始める。
ベニーはまるで金魚が餌を欲しがるかのように口を開閉していたが、最終的に口を一文字に結ぶ。伯爵の言葉が正論である、ということももちろんだが……。
「それよりも素晴らしいではありませんか! シンシア嬢の力がなくても、侯爵家の建て直しができる、と次期侯爵であるベニー殿は考えているのでしょう!」
「おお、それは楽しみですな! お若いのにしっかりしておられる!」
口々に招待客が話し始めたことで、場はすっかり婚約破棄の空気になっていた。ベニーが婚約破棄を撤回したい、という空気を纏っても、参加者たちに潰されていき……彼の声が届く余地など、もうどこにも残されていない。
それを証明するかのように、招待客の一人である侯爵家の当主も微笑みながら告げた。
「ベニー殿、心配なさらずとも……我々が『真実の愛による婚約破棄』を証明しようではありませんか!」
「それがいい! 私も協力しよう!」
「こちらも協力できますわ」
あちらこちらから上がる声。ベニーは顔を真っ青にしながら、口をまごつかせていた。
「あー、もう心配なさそうだな」
物理攻撃を仕掛けようとしていた兄キタリーは、苦笑いを浮かべながら様子を見ていた。シンシアとノーザンに届くことなく、ベニーの婚約破棄撤回が潰されていく。
側から見ていて、ベニーの転落が手に取るようにわかる。
ここに参加している者たちは、食にこだわる有力貴族出身の者が多い。そんな彼らにそっぽを向かれたら……どうなるか、予想くらいは付くはずだ。
ありがたいと思うと同時に、これだけの者たちを味方につけるシンシアの実力に頭が上がらない。いつもシンシアを茶化したり、戯れたりするキタリーであるが、心の底から彼女のことを尊敬しているのだ。
キタリーはシンシアと別れて、こちらへと戻ってきたノーザンへと顔を向ける。いつも穏やかな笑みを浮かべている彼だったが、今日は特に頬が緩んでいた。
そんな親友を見て、彼は笑う。
「ノーザン」
「ん、なんだい?」
「頑張れよ」
その言葉の意味を理解したノーザンの耳は、朱に染まっている。
「次はないからな?」
そうキタリーが釘を刺すと、ノーザンは真剣な表情で頷いた。
親友の背中を見送ったキタリーは、ある方向へと歩いていく。
右手には料理の詳細な説明をしているシンシアと招待客の集団が。そして左手にはベニーが。アーヤは完全なる部外者とのことで早いうちから手荒に追い出されていた。彼女が子爵令嬢ということもあるだろう。
一方で婚約者であるが呼ばれていないベニーは、ただ一人呆然と佇んでいた。まるで腫れ物を触るかのように、誰も関わろうとはしない。それはそうだ。もうハールカ侯爵家の運命は決まったのだから。
そんな彼の元に近づいたのは、キタリー。彼はベニーの横を通り過ぎようとして、そっと囁いた。
「婚約破棄してくれて助かった。俺はお前を認めていなかったからな。手間が省けたよ」
そう言って、キタリーはベニーの肩に手を置いた。
「大変だろうけど、頑張れよ」
ベニーは慌てて振り向いたが……見えたのはキタリーの背中のみ。
一歩一歩遠ざかっていくキタリーとの距離は、まるで自分の未来のよう。しばらくしてキタリーは足を止める。そして、彼に悪魔のような笑みを見せながら、まるで天気の話をするような気軽さで告げた。
「シンシアの婚約者でいれば、お前の家も一目置かれていただろうに……そしてこの縁も。惜しいことをしたな」
その瞬間、ベニーは地面に膝をついて、力無く項垂れた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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ちなみにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、登場人物は全員ジャガイモ(主人公側)とサツマイモ(ベニー側)の品種を利用して名付けております( ´ ▽ ` )♪
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スクロールしていただくと、連載or完結作品も載せておりますので、是非そちらも読んでみてください!




