第三部 第三十三章 消えた繋がり?(一)
空間の歪みを抜けた瞬間。
目の前に立っていたのは――ユイだった。
だが、その顔は心底驚いている。
「悠斗!?なんでいるんだ?」
「え?ユイが呼んだんだろ?」
「呼んでねーけど……まぁ、悠斗が会いに来たってのはうれしーけどな!!」
勢いよく腕に絡みついてくる。
柔らかい感触と体温に、悠斗の思考が一瞬止まる。
「呼んで……ない?」
(目的が俺の“コインの回収”だから、か?俺が望んだから、飛ばされた……?)
胸の奥がざわつく。
「今回は何する?」
無邪気な笑顔。
その純粋さが、かえって胸に刺さる。
悠斗は一瞬、言葉を飲み込んだ。
だが――脳裏に浮かぶのは、結月の悲しそうな顔。
守れなかった未来。
迷っている時間はない。
「ユイ。このコイン、持っていないか?」
ポケットから取り出し、掌に乗せる。
鈍い光を放つ、不思議な紋様の刻まれたコイン。
ユイはそれを見るなり、即答した。
「あるぞ。ほら」
同じようにポケットから取り出す。
二枚のコイン。
並べると、刻印も同じ、寸分違わぬ形。
「同じ、だな」
「なんだよ。悠斗も持ってたのか」
お揃いだと分かった瞬間、ユイはくるくるとその場で回り出す。
子どものような笑顔。
「そのコイン、どこで見つけた?」
「え?えーと……あ、思い出した。ニャルが咥えてたんだよ。私にやるって」
「ニャルが?」
「私に必要な物、らしい。大切な事に使え、って言ってたな」
「大切な……事」
重い言葉だ。
「使うも何も、このコインで何も買えねーからな。使い道なんかねーよ」
ユイは無邪気に笑う。
悠斗の胸が締めつけられる。
(真実を言わずに、譲ってもらう……?)
一瞬、卑怯な考えがよぎる。
適当な理由をつけて。
危険だから、とか。
研究に必要だ、とか。
だが――。
(そんなこと、出来るかよ)
ユイの笑顔を裏切る?
そんな選択肢はない。
悠斗は深く息を吸う。
「ユイ。聞いてくれ」
真剣な声音に、ユイの表情が少しだけ引き締まる。
このコインが何を意味するのか。
それを無くなると、何が起きるのか。
全部、話す。
それでも――。
最後に選ぶのは、ユイ自身だ。
悠斗は覚悟を決め、口を開いた。
「このコインはな、ユイと俺を繋ぐキーになっているんだ」
「マジ?」
ユイは目を丸くし、すぐに笑った。
「あ、確かに。このコインもらってからすぐ、悠斗が来たよな」
初めて出会った日のことを、楽しそうに語る。
あの無茶苦茶な転移。
ぎこちない会話。
それでも、確かに始まった繋がり。
悠斗の胸が、きしむ。
「今、俺はそのコインを集めている」
「え?」
ユイの視線が、自分の手の中へ落ちる。
たった今、“二人を繋ぐキー”だと聞かされたばかりのコイン。
「そのコインの本来の持ち主に会うには……全部、必要なんだ」
「悠斗……」
「俺は……その人に……会わなきゃならない。大切な人の、ために」
俯いたまま、拳を震わせる。
声が、掠れる。
沈黙が落ちた。
「……このコインを、悠斗に渡したら、どうなる?」
静かな問い。
「うっ……」
喉が詰まる。
ユイはコインを強く握りしめた。
渡したくない――
その想いが、指先に滲んでいる。
「恐らく……俺たちは、もう……会えなくなる」
「なっ!?」
空気が凍る。
悠斗は顔を上げ、まっすぐユイを見る。
逃げない。
誤魔化さない。
そして――深く、頭を下げた。
「お願いだ。そのコインを、俺に譲ってくれ。頼む」
地面に落ちる視線。
沈黙。
ユイはじっと悠斗を見つめたまま、動かない。
ただならぬ覚悟。
震える声。
そのすべてが、本気だと告げている。
(大切な事に使え)
ニャルの声が、何度も脳裏をよぎる。
“必要な物”だと言った。
“大切な事に使え”と言った。
それは――。
自分の願いのためか?
それとも。
悠斗の願いのためか?
ぎゅっと、握る。
胸が痛い。
離したくない。
けれど――。
「……悠斗」
震える声で、名を呼ぶ。
「その“大切な人”ってさ」
視線が揺れる。
「私より、大事か?」
まっすぐな問い。
逃げ場は、どこにもない。
悠斗の心臓が、強く打った。
「今の俺がいるのは……その人がいたから。一番……大切だ」
白い光が揺らぎ、悠斗は次の空間へと足を踏み入れていた。
「……ここは?」
森の匂い。湿った土の感触。
聞き慣れた声がする。
「ユゥ?」
振り向けば、弓を構えたカナエが立っていた。
どうやら捧げの舞ではなく、狩りの最中らしい。
「狩りはいつも一人なのか?」
「カナエはまだ中型や大型は連れてってもらえないからな。小型は一人だ」
「あれ?でも初めて会った時、大型狩ってなかったか?」
「あれは村の移動中に遭遇したからだ!ああいう時は全員で狩るんだぞ!楽しかったなぁ〜」
くるりとその場で喜びの舞を踊る。
無邪気な姿。
悠斗は胸の奥が重くなるのを感じながら、本題を切り出した。
「……カナエ。このコイン、持ってないか?」
ポケットから一枚の金属片を取り出す。
見慣れた、あの紋様。
カナエは首を傾げ、腰の袋を探る。
木の実の中から、土で少し汚れた一枚を取り出した。
「これか?」
悠斗の持つものと、寸分違わぬデザイン。
「……同じだな」
「なんで?ユゥも拾ったのか?」
「“も”?カナエは拾ったのか?」
「うん。いつも捧げの舞をしてる場所に落ちてた。こんな丸い金属、初めて見たから持ち歩いてるんだ」
悠斗の鼓動が早まる。
「ユゥに会えたの、このコインを拾ってからなんだ。だから大事にしてた。ユゥも同じの持ってるなんて、嬉しい〜!」
満面の笑み。
そのまっすぐな瞳を、悠斗は直視できない。
――そのコインは、偶然ではない。
召喚の鍵。
悠斗とカナエを繋ぐアイテム。
未来がタイムトラベルした時に使用した小型座標消去機。
「カナエ……そのコインなんだけど」
「ユゥ?」
胸が締めつけられる。
それは、二人を繋いだ奇跡の証。
悠斗は、意を決して口を開いた。
森のざわめきが、やけに遠く聞こえた。
「カナエ。このコインはな……タイムトラベルをしていた“ある人物”が使っていた物なんだ」
「そうなのか?じゃあ返してほしい、ってことか?」
掌の上で、陽光を反射する小さな金属片。
「俺は今、その“ある人物”に会いに行きたい。そのために……このコインを集めてる」
「ん?ユゥが欲しいならあげるぞ?」
無邪気に差し出される手。
その優しさが、胸を締めつける。
「そのコインは、俺の持ってるコインと引きつけ合っている……だから俺たちは会えてたんだ。だけど、それを俺に渡したら――」
「?」
きょとんと首を傾げる。
悠斗は唇を噛みしめ、言葉を絞り出す。
「……俺たちはもう、会えなくなる」
握った拳が震える。声も、震える。
「ユゥとカナエは……会えなくなるのか?」
伸ばしかけた腕が、ゆっくりと戻る。
掌のコインを、じっと見つめる。
「俺には、大切な人がいる。その人のために、“ある人物”に会わなきゃならない。そのためには……カナエのコインが必要なんだ」
「ユゥの……大切な、人?」
悠斗の顔とコインを交互に見る。
「ああ。大切な人だ」
まっすぐ目を見て、答える。
カナエは小さく息を吸った。
「カナエは、ユゥが好きだ。会えなくなるのは……寂しい」
胸が痛む。
「俺もだ。カナエと会えなくなるのは、嫌だ。だけど、それでも……俺は進まなきゃいけない」
ゆっくりと、頭を下げる。
「お願いだ。そのコインを、俺に譲ってくれ。頼む」
沈黙。
風が木々を揺らす音だけが響く。
カナエは掌のコインを、じっと見つめ続けている。
やがて、小さく笑った。
「ユゥは、強いな」
悠斗は顔を上げる。
カナエはまだコインを握ったまま、目を閉じた。
森の中で、二人の時間だけが、静かに止まっていた。




