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第三部 第三十二章 消えない過去?

 結月の父誠司は、ゆっくりとソファに腰を下ろした。

「未来はな……現代の雰囲気から、かなりかけ離れた姿で私の前に現れた」

 遠くを見るような目。

「そして、こう言ったんだ。“タイムトラベルしてたら帰れなくなっちゃった”って」

 結月が息を呑む。

 誠司は、どこか懐かしそうに笑った。

「不思議な子だと思ったよ。当時は十八歳。あどけない笑顔でな」

「お母さんの若い頃……」

「今と変わらないですね」

 悠斗がぽつりと漏らすと、誠司はくくっと笑う。

「身分証明も戸籍もない。当然だ」

 そして、表情が少しだけ曇る。

「私は考えた。直前に起きた、あの大災害のことを」

 悠斗と結月が生まれる前。

 一つの街を半壊させ、多くの行方不明者を出した出来事。

 教科書にも載る、近代の悲劇。

「役所も機能停止状態だった。行方不明者も多い。だから私は……未来をその街の住人として扱った」

 結月が、震える声で言う。

「そんな……」

「知り合いだった私が引き取った、という形で戸籍を作った」

 重い沈黙。

「不謹慎だと分かっている」

 誠司はまっすぐに言う。

「災害を利用した。だが、他に方法が思いつかなかった」

「……でも」

 悠斗は結月を見る。

「そのおかげで、結月が生まれた」

「あぁ」

 誠司は頷く。

「この話は墓場まで持っていくつもりだった。だが……まさか未来が連れて行かれるとはな」

「連れて……」

 結月の声が震える。

「いや、本当はこんな日が来るかもしれないとは思っていたよ」

 誠司は静かに続ける。

「未来が言っていた。“タイムトラベルは違反なの”と」

「……」

 悠斗は拳を握る。

「誠司さんは、その話……信じたんですか?」

「信じるしかないだろう?」

 そして、豪快に笑った。

「一目惚れだったからな! ワハハハ!」

 だが、次の瞬間。

 笑みが消える。

「で、悠斗くん」

 鋭い視線が向けられる。

「君も今の話を信じる、ということだね?」

 その目は問い詰めていた。

 ――どうにか出来るのか?

 ――未来を、取り戻せるのか?


 悠斗は、これまでのことを全て話した。

 七歳の頃に死んだこと。

 体内に埋め込まれたポータル。

 時代を越えて出会った人々。

 そして、サイトとレナから聞いた真実。

 結月だけに打ち明けていた話を、初めて誠司にも明かす。

「……というわけで」

 深呼吸をひとつ。

「俺が、未来さんの連れて行かれた時代に飛びます。未来さんの部屋にポータルがあった。なら、戻って来られるはずです」

「ゆーくん……」

 結月の目が潤む。

「そうか」

 誠司は、ゆっくりと頷いた。

「悠斗くんは、そんな重い宿命を背負ってきたんだな。そんな君に、さらに辛い選択をさせてしまった」

「何言ってるんですか」

 悠斗は、きっぱりと言う。

「俺は正真正銘、この時代の人間です。この時代のためなら、やれることはやります」

 父親は目を細めた。

「……お願い、できるかい?」

「ゆーくん、お願い……」

 二人の視線を受け止め、悠斗は力強く頷く。

「任せろ!!」

 誠司は小さく息を吐いた。

「未来は、数日間旅行に行っている……そう言っておこうか」

「……そう、だね」

 結月も頷く。

「あ、陸に連絡しないと」

 悠斗は苦笑した。

「サッカー部全員で探してるからな。俺の早とちりってことにしとく」

「ゆーくん、ゴメンね」

「いいってことよ」

 スマホを取り出し、陸へ電話をかける。

「陸、すまん。俺が早とちりしてた。未来さん、数日間旅行に行くってさ。結月もそれ忘れてて。あはは……うん。みんなにも謝っとく。ありがとな」

 通話を切ると、一気に力が抜けた。

「はぁ……」

 そのままソファに横になる。

 天井がぼやける。

「何かあったら、いつでも来なさい」

 誠司の声が優しい。

「私たちに出来ることは、悠斗くんを信じることだけだ」

「……はい」

「ゆーくん」

 結月は何か言いたげだったが、唇を噛んで飲み込んだ。

 今日は帰る時間だ。

 玄関まで送りながら、悠斗は思う。

(誠司さんも、ずっと隠してきて辛かったのかもな)

 夜風が冷たい。

「未来さん……無事でいてくれよ」

 そして、小さく。

「結月……待ってろ」

 覚悟は、もう決まっていた。


 翌日。

 校舎の裏手で、悠斗と結月は陸に頭を下げていた。

「陸、昨日は悪かったな」

「りっくん、ごめんね。私がお母さんの予定、忘れちゃってて……」

 陸は大きく笑う。

「あはははは!いいっていいって。街中走り回るのもトレーニングだと思えば、いつもと変わらねーし」

 明るい声。

 けれど、その目は少しだけ鋭かった。

 二人が嘘をついていることに、気づいている。

 ――何か事情がある嘘。

 だからこそ、何も聞かない。

「じゃ、サッカー部のみんなにも謝ってくる」

「りっくん、またね」

 二人はグラウンドへ向かった。

 部員たちは口々に言う。

「悠斗の頼みなら断れねーよ!」

「未来さんのためなら何でもするよ!」

「また何かあったら言えよな!」

「みんな……」

 悠斗は胸が熱くなる。

「ごめんね。ありがとう」

 結月も深く頭を下げた。

 放課後。

 二人は並んで帰路につく。

 悠斗は、いつ時代を飛ぶか分からない。

 だから寄り道はせず、まっすぐ帰るつもりだった。

「私、今日ゆーくんの部屋行くね」

「別に、飛んでも一瞬だぞ? 大変でも何でもねーよ?」

「それでも」

 結月は小さく笑う。

「隣にいたいの」

「……そっか」

「うん」

「分かったよ」

 部屋に二人。

 いつも通り、他愛ない会話。

 けれど、どこか落ち着かない。

 スマホの通知音にビクッとし、時計を何度も見る。

 ――いつ呼ばれる?

 ――今か?

 言葉の合間に、沈黙が増えていく。

 隣にいるのに、少しだけ遠い。

 それでも。

 結月は、そっと悠斗の手を握った。

 離れないように。


 沈黙の中。

 結月が、そっとポケットに手を入れた。

「ゆーくん。忘れないうちに渡しておくね」

 差し出されたのは、一枚のコイン。

「コインって、これだよね?」

「あ、そうそう。それ」

 悠斗は受け取る。

 指先が触れる。

 ――だが、何も起きない。

 光も、衝撃も、浮遊感もない。

「……反応、しないな」

「壊れちゃってる?」

「いや、たぶん大丈夫だ」

 悠斗はコインを見つめる。

「コインがきっかけで始まった時間旅行も……コインで終わるのか」

「ゆーくん……」

 結月は、申し訳なさそうな顔をした。

 ずっと見てきた。

 悠斗がどれだけ人間関係に気を遣い、誰かを失うことを怖がっていたか。

 それなのに。

 自分のために、全てを手放そうとしている。

「そんな顔、するなよ」

 悠斗は苦笑する。

「でも……」

「結月は、いてくれるんだろ?」

「え?」

 突然の問いに、目を瞬かせる。

「それは……いるよ」

「なら、それで十分だ」

 迷いのない声。

「……うん。ありがとう」

 結月は、ぎゅっと手を握り返した。

 部屋の中に、穏やかな時間が流れる。

 他愛ない話。

 テレビの音。

 窓の外の夕焼け。

 (今日は呼ばれないかもな)

 そんな考えが、ふと頭をよぎった瞬間。

 ――ふわり。

 悠斗の身体が、淡く光り始めた。

「あっ……」

 結月の声が震える。

「……呼ばれたな」

 悠斗は、どこか覚悟を決めた顔で笑った。

「ゆーくん……」

「ちょっと、行ってくるよ」

 光が、徐々に強くなる。

 輪郭が、白く滲む。

 結月は、とっさに手を強く握った。

「必ず、戻ってきて」

「あぁ」

 視界が白に塗りつぶされていく。

「約束だ」

 最後に見えたのは、涙を堪えて笑う結月の顔。

 次の瞬間。

 光が、弾けた。


 視界は、真っ白。

 そこまでは、これまでと同じだった。

 だが――。

 光の中に、四つの空間が浮かび上がる。

 歪んだ扉のように、ゆらゆらと揺れている。

「……同時に呼ばれた、ってことか?」

 行き先は分からない。

 けれど、その先にいるのは分かる。

 セレフィナ。

 カナエ。

 ノア。

 ユイ。

 四人の気配が、確かに感じられた。

「迷ってても仕方ない、な」

 深く息を吸う。

 そして、一番手前にある空間へ――。

 悠斗は、迷いなく歩き出した。

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