第三部 第二十八章 調査の日々?
瓦礫に覆われた世界にも、確かに命は息づいている。
特にノアが名付けたノヴァリス山の周囲は、別世界のように緑が濃かった。かつて幾度も噴火したというその山は、今は静かに空へと聳えている。
「もう数百年は噴火していないらしいわ。でもね、火山灰は栄養が豊富だから、植物がどんどん広がったの」
「こっちに来てから、瓦礫の山でパーツ探しばかりだったからな。こういう景色は新鮮だ」
「ふふ。悠斗は仕事の時しか来なかったものね」
「俺は来るタイミング選べないからな〜」
ノアはパーツ回収だけでなく、自然の調査や食材の確保も続けている。
サイトの話では、この山はカナエの時代に“霊峰”と呼ばれている山と同一らしい。
(同じ場所に召喚されてるなら……セレフィナの城の裏山も、ここか?時代だけが違う、同じ山――)
「この山はね、この世界を諦めていないのよ」
「ああ。きっと立派な霊峰になる」
「そうだといいわね」
ノアは木の幹に印を付け、成長を記録する。土を指で掬い、湿り気や粒子の細かさを確かめている。
「何を調べてるんだ?」
「木の成長速度よ。場所や種類で全然違うの。適した土壌もあるみたい」
悠斗は近くで実を摘み、根菜を掘り起こす。
「これは良さそうだ」
(カナエに山の恵みを教わったからな。見分けくらいはつく)
「あら?流石は鑑定眼の持ち主、ってところかしら?」
「最近仕込まれただけだよ」
山を見上げる。
カナエと霊峰を登った記憶。澄んだ空気。山頂からの景色。
その時――
頂上付近に、わずかな違和感。
「……」
黒い影が、山肌をなぞるように蠢いていた。
「ここにも……来たんだな」
「悠斗?」
影は、煙のようでありながら輪郭を持ち、ゆっくりと形を変えている。
それは過去でも、未来でも見た存在。
時代を越えて現れる、不穏な兆し。
(そのうち、現代にも来る……?)
胸の奥がざわつく。
何も起きなければいい。
だが、嫌な予感は消えない。
静かな霊峰の上で、黒い影は確かにこちらを見下ろしていた。
瓦礫の山では見かけなかった小動物たちが、森のあちこちを駆けている。
木々の間を縫う影。草を食む獣。
「……クロに似てるな。犬か?」
「そういえば、この辺りから来たって言ってたわね」
「なるほどな。依り代はここの犬か」
少し離れた場所では、角を持つ獣が水辺で跳ねている。
「お?あっちにもいる」
「あれは山鹿よ。警戒心が強いの」
ひと通り生物調査を終え、二人は森の奥へ移動する。
とはいえ、ノアは一人乗りのバイクで来ている。現地で悠斗を召喚したため、広範囲は回れない。
「悪いな。予定、狂わせたよな」
「私が呼んだのよ。仕方ないわ」
「影に入って移動するか?」
「おすすめしないわ。今、中はごちゃごちゃしてるし……生き物を入れたこともないの」
「入れたらどうなる?」
「動くでしょう? 取り出せなくなる可能性があるわ」
「ああ……確かに」
人を入れるなど論外だ。試すには危険すぎる。
その時――
「あら? あれは……」
「馬?」
森の奥から、一頭の黒馬が姿を現す。だが、その瞳はただの獣ではなかった。
「お前は、別の時代の人間か?」
「しゃべった!?」
「しゃべった!?」
「我は魔獣。人間どもがそう呼ぶ存在だ」
低く響く声。
馬の瞳が、悠斗を射抜く。
「お前の身体は、他と違う」
「……ちょっとな」
馬はゆっくりと歩み寄る。
「面白い。本体は古いのに、未来の技術の匂いがする」
「未来の……技術?」
ノアの視線が悠斗へ向く。
「まぁ、色々あるんだよ」
歴史を歪めるわけにはいかない。悠斗は言葉を濁す。ノアもそれ以上は問わなかった。
「時を渡る者か。」
黒馬もそれ以上は問うことはしなかった。
悠斗は黒馬の背に跨っていた。
並走するノアのバイクが砂煙を上げる。山の麓をなぞるように走ると、やがて視界が開けた。
「……湖?」
陽光を反射する水面が、森の奥に広がっている。
「今日の本当の目的地よ」
「この娘は定期的に来ているな」
「調査よ。自然の恵みも、生きるために必要だもの」
「我らもまた、生きるために守らねばならぬ」
一瞬、空気が張り詰める。
「……私のこと、目障りだったかしら?」
悠斗が割って入ろうとした、その時。
「否。娘の行動は昔から見ている。乱獲はせぬし、自然の成長を促しておるな?」
「育ちの良い環境を調べて、悪い場所を改善しているだけよ」
「助かっている」
緊張が解ける。
「ノアは、調べるだけじゃないんだ」
彼女の積み重ねが、未来へ繋がっている。悠斗は確信していた。
湖畔に降り立つ。
「ここ、何がいる?」
「魚は何種類もいるわ。鳥も多い。私の知る限り、一番生き物が多い場所よ」
「我らにとっても重要な水源だ」
調査の合間、悠斗は釣り糸を垂らす。
「……釣れないな」
「下手だな」
「うるさい」
静かな時間が流れる。
だが。
「……やっぱ釣れな――」
「仕方ないな」
その瞬間、かすかな魔力が湖面に溶けた。悠斗は気づかない。
次の瞬間。
ぐいっ。
「来た!!来た来た来たぁーっ!!」
暴れる魚を必死に引き上げる。
見事な一尾だった。
湖畔で火を起こし、悠斗は手際よく捌く。
「上手いわね」
「最近、習ったからな」
祭りの準備で、何度も魚を扱った記憶が蘇る。
焼き上がる香ばしい匂い。
湖の風。
黒馬は静かに二人を見守っていた。
当初の予定では、湖で引き返すはずだった。
だが悠斗の協力もあり、調査は予想以上に早く終わった。
「それなら、山の麓を一周して帰りましょう」
バイクと黒馬で進路を変える。
やがて、瓦礫とまばらな草地が広がる一角へ辿り着いた。
「ここは、まだ自然が少ないの。でもね――」
彼女が指差す先。
荒れた大地に、不自然なほど真っ直ぐ一本の木が立っていた。
「どうして一本だけ?」
「分からないわ。他の場所の木と変わらないはずなのに……植えても育つのは、この木だけなの」
「この大地は魔力が濃い」
黒馬がゆっくりと伏せる。
「余程の生命力がなければ、逆に枯れる」
「濃すぎる、ってことか」
荒廃した世界で偏った魔力。
「でも……枯渇してた魔力も、少しずつ戻ってきてるのかもな」
「なら、この木は大切にしないと」
悠斗はその大木を見上げる。
(そうか……ここがカナエが“捧げの舞”をしていた大木になるか)
未来で見た光景が脳裏に重なる。
ノアの地道な調査と保全。
それがやがて、カナエの時代へと繋がる。
この木は、大地の魔力を吸い上げ、やがて周囲に緑を広げていくのだろう。
その最初の一歩に、今、立ち会っている。
「ここは魔獣も集まる。ほら」
「ノア!……って、悠斗か?」
「クロ?」
茂みから姿を現したのは、犬の魔獣。
「こんな所まで来てたのか」
「私が連れてきたの」
「クロも魔力を蓄えに?」
「まぁな。俺たち魔獣は自然の魔力からしか回復できねぇからな。この辺じゃ、ここが一番濃い」
そう言って、黒馬の隣に伏せる。
二体の魔獣が、静かに呼吸を合わせるように目を閉じる。
空気がわずかに震え、目には見えない魔力が流れていく。
悠斗とノアも地面に腰を下ろした。
風が木の葉を揺らす。
まだ一本しかない木。
だが、その影は確かに広がり始めていた。
未来へと続く、大地の鼓動のように。
バイクに跨るノア。
黒馬に乗る悠斗。
その横をクロが軽やかに駆ける。
やがて瓦礫の山が見えてきた。崩れた建造物の隙間で、ひときわ大きな音が響く。
「おーい!ノアねーちゃん!……あ、悠斗もいるのか?」
「バル、お疲れさま」
「頑張ってるな」
瓦礫を器用にどかしながら、バルが目を輝かせる。
「っていうか何だよその馬!!かっけーな!!」
「馴れ馴れしいガキだな」
「しゃべった!? こいつも魔獣かよ!!」
「その馬は俺より強い。口には気を付けろ」
「俺……そんな凄い魔獣に乗ってたのかよ」
恐る恐る地面に降り、黒馬の首を撫でる。
黒馬は静かに目を閉じた。
――気にするな、と言うように。
そして役目を終えたかのように、山の方角へと去っていく。
「なぁなぁ見てくれよ! これ、ボタンがいっぱいだぜ!!」
誇らしげに掲げる発掘品。
「あら、すごいじゃない」
「バルにしては上出来だな」
(……テレビのリモコン、だよな)
思わず苦笑する。
それでも、こうして一つずつ拾い上げる営みが、彼らの生活を支えている。
ノアは今日の調査の成果を胸に、安堵の笑みを浮かべた。
日常へ戻る帰路。
だが悠斗の胸には、山頂で見た黒い影が残っている。
それでも――
確実に未来は、前へ進んでいる。
その実感だけが、今は支えだった。




