第二部 第二十二章 朝日の未来?
霊峰。
そう呼ばれる、推定標高五〇〇〇メートル級の巨大な山。
その山肌を、三つの影が登っていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「あはは〜♪」
「ギャギャ!」
明らかに温度差がある。
しばらくして——。
「ハァハァハァハァハァ……!」
「あははははは〜!」
「ギャギャ!! ギャギャ!!」
(……何で、こんなことになってるんだっけ?)
意識は、少し前へと遡る。
◇ ◇ ◇
大木の前。
カナエの捧げの舞。
——カラン。
軽い音と共に、神楽鈴が砕けた。
「あー!!壊れちゃった!」
「カナエ?」
「あー!!ユゥ!」
「よぉ、久しぶり」
「会いたかったぞ、ユゥ!」
勢いよく抱きつかれ、再会の余韻に浸る間もなく。
カナエは壊れた神楽鈴を見つめ、真顔になった。
「壊れたなら仕方ないだろ。新しいのは?」
「ないよー。じーちゃんに怒られちゃうよー」
肩を落とすカナエ。
「……正直に言うしかないだろ」
「あ、霊峰に行けば、折れた棒の代わりがあるかも!」
「そんなのでいいの? この辺の木とかじゃ——」
「ダメ。霊峰の木じゃないと」
「限定条件多いな!?」
「しかも、霊気を宿した木、ね」
「そんなの分かるのか?」
「カナエ、何回か行ってるから分かる〜」
「その霊峰って……ここから見える、あのデカい山?」
「そだね〜」
「……マジか」
「ギャギャ」
気付けばポコも合流し——
現在に至る。
◇ ◇ ◇
「ハァ……なぁ……」
「ん〜?なに〜?」
「探してる木って……ハァ……頂上にしか……ないのか……?」
「ん〜〜……そんなことないよ?」
「なにぃ!?」
だったら、なぜこの標高まで登っているのか。
悠斗の絶叫が、霊峰に虚しくこだました。
一行は岩陰で一息ついていた。
昼時。カナエの背嚢から出てきた大きな弁当箱は、すでに空だ。
「ユゥ〜、足りないぞ〜。お腹空いたぞ〜」
「……ごめんって」
「ギャー」
(いや、どう考えても二人分以上はあったよな? あれを一人で平らげる気だったのか……?)
転がる弁当箱を見つめながら、悠斗はため息をつく。
「なぁ。なんで山頂を目指してるんだ?」
「ん〜? 山頂のほうが、霊気をたっぷり含んだ木があるから、かな?」
「“かな?”って疑問形やめろ」
「だってカナエ、行ったことないもん。じーちゃんが言ってたの。それに……」
「お前、何回もあるって言ってたじゃないか」
「山頂は……ない」
急に、カナエが指先をもじもじと絡めた。
「壊れちゃった神楽鈴……山頂の木で作ったって、かーちゃんが言ってたから……」
「バレる、ってか?」
「……うん」
(いつも元気なカナエがここまで怯えるって……オウゲンさん、どれだけ怖いんだよ)
悠斗は立ち上がり、空を見上げた。頂はまだ遥か上だ。
「よし。頑張るぞ。少しくらいの空腹、我慢しろ」
「うぅ〜」
「ギャ〜」
空腹か、村長のカミナリの恐怖か。さっきまでの勢いはない。
「山頂、まだまだだな……何日かかるんだよ」
「とーちゃんは二日って言ってた」
「二日!?オウゲンさん心配するだろ」
「大丈夫。捧げの舞のときは、いつも寄り道して帰るから。二日くらい普通だよ」
「マジかよ……」
霊峰は、何も言わずにそびえ立っていた。
元気のないまま、それでも山頂を目指して歩き続ける。
――はずだった。
気づけば、ポコの姿がない。
「……」
「……」
沈黙が重い。
「…………」
「……カナエ。ついにポコに見捨てられたな」
「すぐ帰ってくるよ〜……うん」
小声。まるで自分に言い聞かせるようだった。
いつも一緒だった“親友”でさえ、霊峰の厳しさには耐えられなかったのかもしれない。
「もうさ、オウゲンさんに謝ろう。わざと壊したわけじゃないんだろ?」
「イヤッ!! ユゥはじーちゃんに怒られたことないから……!」
「ないな」
「それに……」
「ん?」
「神楽鈴で遊んでた」
「それは怒られろ」
「うぅ〜……」
そのとき。
――ガサガサ。
茂みが揺れた。
「え?」
「なんだ?」
――ガサ、ガサガサ、ガサガサガサ。
「お、おい……なんか多くないか?」
「う、うん……」
「恐竜……か?」
「かも……ね?」
次の瞬間。
「ギャー!!」
「ギャー!!」
「ぎゃー!!」
「ぎゃー!!」
「……へ?」
「……へ?」
茂みから飛び出してきたのは――
ポコと、ポコとそっくりな中型恐竜の数匹だった。
ポコが連れてきた中型恐竜の背に揺られながら、一行は一気に高度を稼いでいた。
「おぉ……これ、めちゃくちゃ快適だな」
「さすがはポコ。我が心の友よ」
「いやさっき、帰ってこないかもって顔してただろ」
「細かいことは気にしない〜!!」
「ギャー♪」
そのまま駆け上がり、気づけば――山頂。
「おぉ……ぉ?」
「わぁ……ぁ?」
だが、眼下に広がるはずの絶景は、夕暮れの闇に飲まれていた。
「何も見えないぞ。どうするんだ?」
「ここで寝る」
「は? こんな山頂、絶対寒いだろ」
「大丈夫、大丈夫〜」
信用ならない。そう思いつつ、悠斗は食料を探す。すると中型恐竜が、兎のような獣を咥えて戻ってきた。
「山頂でこんな贅沢ができるなんて〜幸せだぁ」
焚き火を囲み、カナエが手際よく捌いた肉を焼く。
(……今燃やしてる木、霊気宿してたりしないよな?)
一瞬よぎったが、満足げなカナエの顔を見て飲み込んだ。
腹を満たし、夜気が深まる。
「で、どうやって寝るんだ?」
「こうする」
ポコと中型恐竜たちを一箇所に集め、その中心に二人が入る。
即席・恐竜ドーム。
「来い、ユゥ。くっついて寝れば寒くない」
両手を広げる。
「マジ?」
「死ぬぞ。ユゥ」
「……ですよね」
悠斗は恐竜の輪の中、カナエの隣に横になった。体温が、思った以上にあたたかい。
「な? あったかいだろ?」
「ああ……」
女子と並んで眠るなんて、幼少期の結月や悠宇以来だ。だが不思議と緊張はなく、どこか懐かしい安心感が胸に広がる。
焚き火の残り火が揺れる中、悠斗は静かに目を閉じた。
「ギャギャー!!」
鋭い鳴き声で、悠斗とカナエは同時に目を覚ました。
まだ薄暗い。
「朝……? いや、暗くないか?」
「ポコ?」
「ギャ!!」
ポコはカナエの服の裾を噛み、ぐいぐいと引っ張る。
「こっち来い、ってこと?」
「何があるんだよ……」
重いまぶたをこすりながら、二人はポコの後を追った。
辿り着いた先には――
「……何もないな?」
「うん……」
その瞬間。
地平線が、わずかに白んだ。朝日が顔を出す。次の瞬間、世界が変わった。
「……おぉ」
「わぁ……」
眼下いっぱいに広がる、果てしない雲海。山々は島のように浮かび、金色の光が波打つ雲を染めていく。
言葉を失い、二人はただ並んで立ち尽くした。
「……」
「……」
本来の目的さえ忘れかけるほどの絶景。
やがて。
「そろそろ、帰るか? ユゥ」
「……そうだな」
そのとき。
ポコが一本の木の棒を咥えているのが目に入った。
「あっ!! 忘れるところだった!」
「本当だ!!」
慌てて作業開始。
「これを、こうして……あれを、そうして……」
「大丈夫か?」
「これは、か……完成〜!」
多少いびつだが、神楽鈴“っぽい”ものが出来上がる。目的達成。
その後は恐竜たちの背に揺られ、一気に下山。
村に着いた瞬間――
「こらー!!カナエ!!」
どうやら全部バレていたらしい。怒号を背に、悠斗は苦笑する。
そして、光に包まれ――
次の瞬間、彼は現代へと帰っていた。
現代へ戻った悠斗は、しばらく窓の外を眺めていた。
(山頂からの景色……綺麗だったな)
霊峰で見た雲海。
朝日に染まる世界。
現代も、未来も――美しいものは変わらないのかもしれない。
視線の先にあるのは、家から見える標高千メートル級の山。
霊峰と比べれば、ずいぶんと小さい。
「……余裕だな」
その独り言に反応するように、スマホが光った。
『駅前集合』
「結月か。駅前……?」
急いで向かうと、いつもの場所で手を振る幼なじみがいた。
「ゆーくん、こっちこっち〜」
「今日は何の用だ?」
「登山」
「……え?」
「山に登ろう」
「何で?」
「そこに山があるから?」
「雑すぎるだろ、その理由」
とはいえ、今回の山は整備された登山道付き。ロープウェイ手前までなら往復三時間ほどの軽いコースだ。
「……でも、今は登りたい気分だ」
「よし、行こう!」
――数時間後。
「……キツ」
「だらしがないなぁ、ゆーくん」
膝に手をつき、荒い息を吐く。
そういえば。霊峰では、ほとんど恐竜の背に乗っていた。
(自力で登るの、こんなにしんどかったか……?)




