第二部 第二十章 これからの未来?
「なんにしてもだ」
サイトは腕を組み、淡々と語る。
「歴史の改竄なんてものは、どれだけ準備をしても本当に出来るかどうか分からない。これは、この世界の共通認識だ」
「……?」
「ただし」
一拍置き、声の調子がわずかに重くなる。
「今の現実に絶望した人間が、歴史を変えるために過去へ飛び、凶悪犯罪によって未来を書き換えようとする――」
その視線が、悠斗を捉えた。
「その思想と行動を取り締まっているのが、現在のタイムパトロールの実態だ」
「それって……」
「俺たちが『改竄は出来ない』と考えていてもだ」
サイトは続ける。
「『変えられる』と信じている人間は、確実に存在する、ということだ」
悠斗の脳裏に、ニャルの言葉がよぎった。
――意外といるニャ。みんな、気付いてないだけで。
それはつまり、過去へ行ったまま戻らない未来人が存在する可能性を示している。
「なぁ……」
悠斗は静かに問いかけた。
「例えばさ、過去に行って、そのままその時代で生き続けるのは……歴史の改竄になるのか?」
「過去に留まること自体は、改竄にはならない。この世界から1人減り、過去の世界に1人増える。その変化はこの長い歴史において、些細な出来事だからな」
サイトは即答する。
「しかし……」
「でも」
レナが言葉を継いだ。
「タイムトラベルそのものは、犯罪――ってことよね?」
どこか探るような声音だった。
姉のことを悟られないようにしながら、それでも確認したい、そんな微妙な揺れがあった。
「そうだな」
サイトは短く頷く。
「…………」
レナはその言葉を黙って聞いている。
「だったら……」
悠斗は眉をひそめる。
「本来行けない未来とはいえ、俺もタイムトラベルしてることになるんじゃ……」
「悠斗は、この世界の人間じゃない」
サイトは静かに言った。
「だから、裁くこと自体が出来ないだろう」
「でもさ」
悠斗は食い下がる。
「調べられたら、サイトの時間軸までバレるんじゃないか?」
「ナノマシンが、お前を守る」
迷いのない答えだった。
「……都合よく考えすぎじゃないか?」
悠斗は苦笑する。
「それでも元・時空警官かよ」
「世の中、そんなものよ」
レナが肩をすくめた。
「悠斗にとっては未来人の私たちも、全部を知ってるわけじゃない。裁けない事象なんて、いくらでもあるの」
その言葉を聞いて、悠斗はようやく息を吐いた。
張り詰めていた胸の奥が、少しだけ軽くなる。
――少なくとも、今すぐ追われることはない。
そう思えただけで、十分だった。
悠斗の中で、ばらばらだった世界の時の流れが、一本の線として繋がった。
時代が変わり、文明が移り変わっても、その中で生きる人々がいる。
――その人たちを、守りたい。
同時に思う。
自分自身の未来。
これから決まっていく未来。
これから自分の手で繋いでいく未来のことを。
そうした想いを胸に抱きながら、悠斗はサイトとレナの元を後にした。
――――
目を開けると、そこは自分の部屋だった。
椅子に座ったままの姿勢。
窓から差し込む朝の光が、やけに現実的に感じられる。
「……戻ってきたんだな」
この現代の未来は、まだ何も決まっていない。
そう思い、立ち上がろうとした瞬間。
ピコン、とスマホが光った。
『駅前集合』
たった一行の短いメッセージ。
それなのに、やけに大切なものに思えた。
「結月も、相変わらずだな」
悠斗は苦笑しながら身支度を整え、家を飛び出した。
駅前まで走ったはずなのに、息はほとんど乱れていない。
「……あれ?」
胸に手を当て、首をかしげる。
(ナノマシンの影響か? それとも……満タンまで充電したから?)
そんなことを考えていると、改札の向こうで結月が手を振っていた。
「ゆーくん、おはよ」
「あぁ、おはよう。結月」
結月の手には、少し大きめの荷物が抱えられている。
「それ、何?」
「おばあちゃんの家に届けるの」
「……なるほど。その手伝いってわけか」
「分かってるね〜」
屈託なく笑う結月に、悠斗は肩をすくめる。
(俺の時間軸の未来……今まさに刻まれてるんだな)
「結月のばあちゃん家ってことは、電車か?」
「大丈夫だよ。ゆーくんの電車賃も、お母さんからもらってるから」
「未来さん公認かよ……」
ため息をつく悠斗の腕を、結月がぐいっと掴んで改札へ引っ張る。
悠斗は何も言わず、結月の荷物を受け取った。
結月も、当たり前のようにそれを預ける。
言葉はいらなかった。
――こうして刻まれる一瞬一瞬が、
きっと、悠斗の「これから」を形作っていくのだから。
車窓から流れる景色を、悠斗はぼんやりと眺めていた。
決して高くはない山並み。
陽光にきらめく海岸線。
どれも見慣れていたはずなのに、いつの間にか遠ざかっていた風景だ。
「電車に乗るの、久しぶりかも」
「私もだよ。最近は車ばっかりだからね〜」
向かいに座る結月が、楽しそうに揺れる景色を見ている。
「今日は未来さん、来れなかったのか?」
「ううん。私が急におばあちゃんに会いたくなってさ」
いたずらっぽく笑う。
「きっと、ゆーくんも同じだと思って誘ったの」
「勝手なこと言うなよ」
悠斗は苦笑する。
「でもさ……結月のバァちゃん、怖いんだよな」
「あはは。もう子供じゃないし、大丈夫だよ」
その言葉で、昔の記憶が蘇る。
(思ったことをそのまま口にして、怒られたっけ……)
――サイトと出会う前の、ただの子供だった頃の話だ。
電車を降り、最寄り駅から山へ向かって歩き出す。
「この川、懐かしいな。よく遊んだよな」
「私はイヤだったけどね」
「え、そうなの?」
「子供にしたら結構深いし、流れも速かったよ」
「あー……一回、怒られたの思い出した」
二人で笑いながら、田舎道を進む。
やがて見えてきた古い家。
「ゆづ、よく来たねぇ。ゆー坊、元気にしとったか?」
縁側から、結月の祖母が顔を出した。
「おばあちゃん、来たよ」
「久しぶり、バァちゃん」
結月が荷物を差し出す。
「はい、これ」
「助かるねぇ。こうも田舎だと、なかなか観れんからのぉ。これが楽しみなんじゃ」
「そういえば……何持ってきたんだ?」
「アイドル番組を録画したビデオテープ」
「バァちゃん、アイドル観てるの!?」
「悪いか!!」
思わずのけぞる悠斗。
「それに、ビデオテープ?」(ここ、過去の世界か?)
「最近はテレビの調子も悪くてねぇ。叩いてもダメになってきたよ」
しょんぼりと肩を落とす祖母。
「そろそろ買い替え時だって、お父さんも言ってたよ」
「いや、サブスクの時代に何でビデオテープ届けてるんだよ……」
呆れる悠斗に、結月はさらりと言った。
「顔を見に来る口実だよ」
「……」
「まったく、ゆー坊は相変わらず分かってないねぇ」
祖母にまで言われ、悠斗は苦笑するしかなかった。
――けれど。
こうして笑い合える時間もまた、
確かに“今”という未来の一部なのだと、悠斗は静かに思った。
久しぶりの田舎をのんびりと堪能した二人は、帰り際にたくさんのお土産を持たされた。
「これ、りっくんにも渡すんだよ」
「分かったよ。ありがとな、バァちゃん」
きちんと陸への“おつかい”も託される。
「おばあちゃん、ありがとう。また来るからね〜」
「いつでもおいでな、ゆづ」
手を振る祖母に見送られ、二人は来た道を戻り始めた。
子供の頃の思い出話もひと段落した頃、結月がぽつりと口を開く。
「お父さんがね、おばあちゃんをこっちに連れて来たいんだって」
「へぇ」
「いろいろ不便だろうから、って」
「頻繁に会えるようになるなら、良かったじゃん」
悠斗がそう言うと、結月は少しだけ困ったように笑った。
「でもね、おばあちゃんは――おじいちゃんの側がいいんだって」
「……じぃちゃんか」
その言葉に、さっき立ち寄った墓地の景色がよみがえる。
小さな丘の上。
風に揺れる草と、静かに並ぶ墓石。
「たくさん思い出があるから、って」
「……そうか。バァちゃんらしいな」
結月は、少しだけ空を見上げる。
「私ね。お母さん方のおじいちゃんおばあちゃんはいなかったから……」
「うん」
「おばあちゃん一人なんだよね」
その声は、どこか寂しげだった。
悠斗は少し考え、それから穏やかに言う。
「また来ような」
結月は一瞬驚いた顔をして、それから柔らかく笑った。
「うん」
山から吹き下ろす風が、二人の間をすり抜けていく。
変わらない景色と、変わっていく時間。
それでも――こうして並んで歩ける“今”が、何よりも大切なのだと。
悠斗は静かに、そう思っていた。




