第一部 第十五章 アイツと邂逅?(三)
「俺はな」
サイトは一度、息を整えた。
「対象の捕縛失敗、過去の一般人への攻撃、ポータルの喪失……その他諸々の責任を取って、時空警官を辞職した」
「……そうなのか」
悠斗は、思ったよりもあっさりと受け止めた。
「ああ」
サイトは頷く。
「その後、お前に埋め込んだポータルの座標と時間軸を解析してな。気付いたんだ」
「気付いた、って?」
「そのポータルを基点にすれば――お前の周辺を“観測”できる」
「……え?」
一瞬、意味が理解できなかった。
「俺は、お前を見守る責任がある」
「は?」
悠斗は目を見開く。
「なに言ってんだ? 見る? 誰が?」
「?」
サイトは首を傾げた。
「俺が、だが」
「誰を?」
「?」
再び首を傾げる。
「お前を、だが」
「覗いてたってことかぁぁ!!」
悠斗が叫ぶ。
「誤解するな」
サイトは即座に否定した。
「部屋の中まで観測する趣味はない」
「当たり前だよ!!」
悠斗は机を叩いた。
「なんだよ、その“観測”ってのは!」
「お前が色んな時代にタイムトラベルしているのも、全部見ていたぞ」
「なにぃ!?」
今度は驚きの声だった。
「座標が一気に跳ぶからな。合わせるのが大変だった」
サイトは懐かしそうに言う。
「お前の世界で言う……ラジオのチューニング、というやつか?」
「知らねーよ!」
「ノイズが凄かった」
サイトは真面目な顔で続けた。
「お前にも影響が出ていただろう?」
「……は?」
悠斗の脳裏に、嫌というほど覚えのある症状が浮かぶ。
「ノイズって……まさか」
そして、気付いてしまった。
「あの頭痛とか、目眩とか、耳鳴り……チューニングの影響かよ!!」
「そうだな」
サイトはあっさり肯定した。
「途中から、だいぶ慣れてきていただろう?」
「お前のせいだったのかー!!」
悠斗の怒号が、部屋に響いた。
その一方で――
悠斗は理解し始めていた。
自分の身に起きてきた不可解な現象は、偶然でも、病気でもなかった。
誰かが、ずっと“見ていた”結果だったのだ、と。
「……なんだよ」
悠斗は天井を見上げ、小さく息を吐いた。
「結局、俺が思ってた通りじゃねーか。あの“異世界”だと思ってた世界はさ、俺の時代と繋がってたってことなんだな」
「話を最初に戻すぞ」
サイトが静かに切り出す。
「最初の……話?」
「悠斗が元の世界に戻るのは、問題ないという話だ」
「あ、そうだったな」
サイトが来る前まで、胸を締め付けていたはずの恐怖――
元の世界に戻れないかもしれないという絶望は、今は不思議なほど薄れていた。
「お前の身体の中のナノマシンは、今も起動し続けている」
サイトは悠斗の胸の辺りを指す。
「それが、ポータルの役目も担っている」
「ポータルの……役目?」
「お前の身体そのものが、“お前がいるべき座標と時間軸”を記憶しているんだ」
悠斗は息を呑む。
「だから、お前は“召喚された瞬間に戻る”ことができている」
「……でもよ」
悠斗は首を傾げた。
「召喚された先の世界で、丸一日活動してた時もあったぞ? それなのに、元に戻ると――その時間がなかったことになるのは、どういう理屈だ?」
「時間軸が違うからだ」
即答だった。
「お前の元の世界の時間軸と、召喚された先の時間軸。同じ“悠斗”が存在している、という一点だけで、時間軸は完全に別物になる」
「……分かんねーよ」
「無理もない」
サイトは肩をすくめる。
「あの召喚された世界が、どれほど未来なのか。正確な年代は、俺にも分からない」
「……」
「ただし、それぞれ特徴を持った文化や文明の時代が存在していた、という程度なら、歴史の授業で習うくらいの知識はある」
そこで、悠斗はふと気付いた。
「……あぁ、なるほど」
自分なりに言葉を探す。
「俺が“縄文時代”って言葉は知ってるけど、縄文時代に生きてた特定の誰かが、何年に生きてたかまでは分からない……そんな感じか?」
「その通りだ」
サイトは頷いた。
「つまり、お前のいる世界の時間軸が、この先、数千万年進んだ先に――あの娘たちは確かに存在する」
「……」
「だが、それは“お前と出会ったあの娘たちの時間軸”とは別物だ」
悠斗は黙り込む。
「だからな」
サイトは、淡々と続けた。
「召喚された先で、何日過ごそうが――元に戻る時間軸は、一秒も進んでいない」
「……じゃあ」
悠斗の声が、わずかに震えた。
「俺の身体だけが……老いていく、ってことか?」
その問いに、サイトは目を細める。
「それがな」
低く、重い声。
「今、お前の身体に起きていることに繋がる話だ」
部屋の空気が、静かに張り詰めた。
「そもそもだ」
サイトは、ぽつりと言った。
「ポータルというものに、本来そんな機能はない」
「……え?」
悠斗は思わず聞き返す。
「ポータルはな、“物”が存在する場所の座標と時間軸を特定するための装置だ」
サイトは、レナの姉が残した杭状の機械――ポータルに視線を向ける。
「我々、時空警官はそれを基準にタイムパトロールを行う。巡回中であれば、ポータルすら使わない場合もある」
「特定の誰かを追いかける場合にだけ、必要になる……というわけね」
レナが理解したように頷く。
「その通りだ」
サイトは肯定した。
「さらに言えば、帰還用のポータルも常に“自分の時間軸のもの”を用意しておかなければならない。それがなければ、元の世界には戻れない」
室内の視線が、一斉にポータルへと集まった。
「このポータルは、今も“時を刻んでいる”」
サイトの言葉は重い。
「だから本来は――時空を超えた先の世界で過ごした時間は、元の世界でも同じように進む」
「そうね」
レナは静かに口を開く。
「今、私の姉ミラが戻ったとしたら……いなくなった十八歳の姿ではない。二十六歳、ってところかしらね」
その数字が、悠斗の胸に刺さった。
「……じゃあ、俺は?」
問いは自然と口をついて出た。
サイトは少し考えるように間を置いてから、答える。
「これは憶測に過ぎないが――」
一拍。
「お前の身体の中にあるナノマシンが、お前が召喚されて“消えている時間”を、無かったことにしているんだと思う」
「……俺が、“消える時間”?」
「そうだ」
サイトは淡々と続ける。
「お前のナノマシンは、俺の命令――『お前の命を助ける』という目的をな」
悠斗を見る。
「“本来お前が過ごすはずだった時間”ごと、守っているのかもしれない」
「……」
言葉が出なかった。
「そしてな」
サイトは畳み掛けるように言った。
「身体の老いも、ナノマシンが調整している」
「……じゃあ」
悠斗は、恐る恐る確認する。
「俺は……老いて、ない?」
「おそらくな」
即答だった。
「……羨ましい機能ね」
レナが、皮肉とも本音ともつかない声で言う。
「死ぬ覚悟がなければ、試すことも出来ないがな」
サイトは苦く笑う。
そして、空気を切り裂くように続けた。
「だが――」
低い声。
「ナノマシンも、万能ではない」
その一言に、部屋の温度が、わずかに下がった気がした。
「……ナノマシンの持つエネルギーを消耗するのだろう」
サイトは静かに告げた。
「それが、そろそろ尽きる」
「!?」
悠斗の喉が鳴る。
「俺もお前を観測していたが、最近はどの世界にも行っていないだろう」
「……確かに」
思い返せば、あの不意に引きずられる感覚は、ここしばらく起きていなかった。
「でも、それはたまたま召喚されないだけじゃないのか?セレフィナたちの都合じゃ……」
「そうかもしれん」
だが、とサイトは言葉を継ぐ。
「もう次の一回分しかエネルギーがない、とナノマシンが判断した――俺はそう見ている」
「……あと、一回?」
嫌な予感が背筋を這い上がる。
「その一回って、まさか……」
「ここに来たのが、最後の一回だ」
「……え?」
言葉が理解に追いつかなかった。
「じゃあ、帰りは?」
「今のままでは、戻れない」
即答だった。
悠斗は唇を噛む。
「……戻れる方法は、あるんだな?」
「ある」
サイトは頷いた。
「ナノマシンがそう判断して、最後の一回を“ここ”に決めた。俺はそう考えている」
「……どうすればいい?」
「落ち着け」
サイトの声は、妙に落ち着いていた。
「こんなこともあろうかと、準備はしてある」
「……は?」
「お前が七歳の時に、既にな」
「なんだよ、その言い方……」
悠斗は一歩下がる。
「怖すぎるだろ。なぁ、まだ俺に何かしてたのかよ!!」
「鼻の穴を見せろ」
「……は?」
「鼻の穴を、よく見せろ」
「やめろ!!」
悠斗は思わず顔を覆う。
「見るなよ! 恥ずかしいだろ!」
「そうか?」
サイトは首を傾げる。
「仕方ないな」
そう言うと、カバンから細長いコード状の装置を取り出した。
「レナ、ちょっと借りるぞ」
「え?」
サイトは答えを待たず、壁に備え付けられた電力供給用端子に、それを差し込む。
「……え?」
「悠斗、じっとしてろ」
「おい……まさか……」
「痛くはしない。俺に任せろ」
「ちょ、ちょっと待て!!心の準備が、まだ……」
悠斗が叫んだ瞬間――
「カチッ」
鼻の奥で、確かな接続音がした。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
だが、予想した痛みは来なかった。
代わりに、身体の内側から温かさが広がっていく。
悠斗の身体が、ふわりと光り始めた。
それは、召喚や帰還の時の鋭い光とは違う。
淡く、柔らかい――暖色系の、どこか懐かしい光。
まるで、「守るための光」だった。




