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第一部 第十二章 変わる日常?

 悠斗は、考えていた。

 各世界で出会った出来事――それらの奇妙な繋がりについて。

(ノアのいる世界で見た、あの魔法石と機械……)

 脳裏に浮かぶのは、滅びの世界で目にした光景だった。

 瓦礫の中に転がる魔法石。

(あれは、セレフィナの世界にあった魔法石……)

 記憶が次の世界へと跳ぶ。

 原始世界。

 村長オウゲンの家にあった、場違いなほど精巧な機械。

(……カナエの世界で見た、オウゲンさんの家の機械だ)

 指先が、無意識に机の上をなぞる。

 三つの世界。

 ファンタジー、原始、滅び。

 本来なら交わるはずのないはずの世界が、同じ要素を共有している。

 ――偶然にしては、出来すぎている。

「調べたいけど……」

 ぽつりと漏れた独り言は、誰に届くこともなく消えた。

 悠斗は、自分の意思で世界を渡れない。

 召喚されなければ、どこにも行けない。

「こればっかりは、召喚されないとなぁ」

 苦笑しながら肩をすくめる。

 だが、そんな都合のいい展開が続くほど、現実は甘くなかった。

「それに、問題なのは……」

 悠斗は、手に持っていた本へと視線を落とす。

 ――『三國志』。

 きっかけは、ユイの何気ない一言だった。

 名軍師「コーメー」。

 それが、三國志に登場する諸葛孔明と同じ名だと聞き、最初は偶然だと思った。

 ただの同名。

 よくある話だ。

 偶然の一致である可能性にかけて、諸葛孔明のことを調べた。次にユイとあった時、確かめるために。

 しかし……

「ニャルが……断定したんだよな」

 ニャルは、はっきりと言った。

 コーメーと諸葛孔明は同一存在だ、と。

「嘘をつく理由がないんだよな……」

 というより、嘘をつける性格ですらない。

 思いつきもしないだろう。

「この世界と、ユイの世界が繋がってるとしたら……」

 言葉が、そこで途切れる。

「何がどうなるんだよ……」

 分からない。

 分からなすぎた。

 もし、世界同士が繋がっているのだとしたら。

 ――この世界に、何か良くないことが起きるのではないか。

 悠斗は、確信が欲しかった。

 理由のない不安ほど、厄介なものはない。

「……」

 椅子から立ち上がり、窓辺へと歩く。

 夜空には、星が静かに瞬いている。

 何もない。

 何も、見えるはずがない。

 それなのに。

(……今、誰かと……)

 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ。

 空の向こうから、視線を向けられた気がした。


 少し前までは、頻繁だった。

 セレフィナに呼ばれ、カナエに呼ばれ――まるで当たり前のように、世界を渡っていた。

 だが。

(ノアの世界から戻ってきてから……)

 あれ以来、セレフィナからも、カナエからも召喚はない。

 その代わりに呼ばれたのは、ユイの世界だけ。

(……明らかに、変だ)

「そういえば……」

 ぽつりと呟き、スマホを手に取る。

 画面を確認して、眉をひそめた。

「結月からのメッセージも、来てないな……」

 既読も、未読もない。

 ただ、静まり返った画面。

 胸の奥が、ひやりと冷える。

(……まさか)

 考えたくもない想像が、勝手に膨らんでいく。

 ――もう、必要とされていないんじゃないか。

 世界から。

 人から。

 誰からも。

「……っ」

 喉が詰まる。

 昔の記憶が、嫌でも蘇った。

 妄想癖。

 虚言癖。

 そう言われ、距離を置かれ、いつの間にか周囲から人がいなくなっていた、あの感覚。

(……二度と、味わいたくない)

 指先が、震える。

「誰か……」

 声が、かすれた。

「誰か……いないのか……?」

 返事は、ない。

 静まり返った自室が、やけに広く感じられた、その時――。

 コンコン。

 控えめなノック音が、耳に届いた。

「にぃ?」

 聞き慣れた声。

「ご飯だよ。珍しく部屋から出てこないから、私が作ったよ。早く食べて」

 悠斗は、はっとして顔を上げた。

「悠宇……?」

 時計を見る。二十時……。

 いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。

「もう、そんな時間だったのか……」

 小さく息を吐き、ドアの方へ向かう。

「ありがとう。今、行くよ」

「はーい。早く来てね」

 足音が、遠ざかる。

 それだけのことなのに、胸の奥に溜まっていたものが、すっと和らいでいくのを感じた。

(……いる)

 ここに。

 この世界に。

(誰もいない、なんてことはない)

 自分に言い聞かせるように、悠斗は深く息を吸った。

(……怖がるな)

 悠宇の存在が、現実が、確かにここにある日常が――

 悠斗を、今の世界に繋ぎ止めていた。

 それでも。

 心のどこかで、小さな違和感が消えない。


 食卓には、ラップのかけられた料理がいくつも並んでいた。

 湯気は立っていないが、温め直せばすぐ食べられる状態だ。

「今日は、豪勢だな」

 悠斗が率直にそう言うと、悠宇は首を傾げた。

「そう?」

「ああ。普段は一、二品だろ」

「たまたま。時間あったし」

 そっけない言い方だが、どこか照れが混じっている。

「美味しそうだ。いただきます」

「……ん」

 短く返事をして、悠宇も箸を取った。

 味付けは少し濃いめで、盛り付けも大雑把。

 だけど、間違いなく“家の味”だった。

(……悠宇、努力してたもんな)

 悠斗は、箸を動かしながら思う。

(誰にも、何も言わせないように)

 胸の奥に、いつもの申し訳なさが湧いてくる。

 昔は、悠宇とうまく話せなかった。

 あの頃の悠宇は、俺のせいでよく泣いて帰ってきていた。

 両親は仕事で家を空けがちで――

 きっと、心細い思いをしていたはずだ。

「……」

 悠斗は、ふとテレビに視線を向けた。

「悠宇。この時間にテレビ観てるの、珍しいな」

「明日の部活、急に休みになったから」

「そうか。いつも忙しいもんな。たまには、ゆっくりするのもいいだろ?」

「にぃは、いつもゆっくりじゃん」

 少しだけ刺のある言い方。

 それでも、どこか柔らかい。

 その口調が、悠斗には妙に優しく感じられた。

 ――その時。

 ガチャリ、と玄関の扉が開く音がした。

「……?」

「ただいま〜。ふぅ、疲れた〜」

 聞き覚えのある声に、二人は顔を上げる。

「母さん?」

 仕事中のはずの母親が、そこに立っていた。

 看護師として働く、佐藤早希。

 今日は日勤だったらしい。

 いつもなら日勤でも残業で夜まで働いているはずなのに。

「おかえり。お疲れだね」

「おかえり〜。ご飯、ラップしてるから食べてね〜」

「あら? ありがとう」

 早希は靴を脱ぎ、驚いたように食卓を見る。

「珍しいわね。三人揃うなんて」

 笑いながら、椅子に腰を下ろした。

 その日は、特別なことは何も話さなかった。

 学校のこと。

 部活のこと。

 仕事の愚痴。

 ありふれた会話が、遅くまで続いた。

(……一人じゃない)

 悠斗は、はっきりとそう感じていた。

 この家に。

 この世界に。

 それでも。

 胸の奥のどこかで、

 この穏やかさが、嵐の前の静けさのように思えてならなかった。

 理由は、分からない。

 ただ――。

 今夜だけは、この時間を大切にしよう。

 悠斗は、湯呑みを手に取り、そっと息をついた。


 部屋に戻ると、スマホが静かに光っていた。

 メッセージの通知だ。

「……結月っ!?」

 一瞬、心臓が跳ねる。

 だが、画面に表示された名前を見て、肩の力が抜けた。

「……陸、か」

 表示されていたのは、丁寧すぎるほど丁寧な文章。

『明日、部活が休みになったから、久しぶりに遊ばないか?』

「なんだ、あいつも休みか」

 悠斗は小さく笑い、返信を打つ。

『オッケー。じゃあ、昼に駅前集合な』

 送信。

(……一人じゃない)

 何度も、同じ言葉が頭に浮かぶ。

 それが、少しずつ現実として染み込んできていた。

 ――翌日。

 昼の駅前で、陸と合流した。

「よう、悠斗」

「久しぶりだな」

 この日は、陸の「体を動かしたい」という一言で、屋内型アクティビティ施設へ向かうことになった。

 道中、何人かのクラスメイトとすれ違う。

 目が合って、軽く手を振られる。

 ――だが。

(……あれ?)

 誰からも、何も頼まれない。

(陸と一緒だから、か?)

 そう思って、隣を歩く陸を見る。

 すると、なぜか目が合った。

「なんだよ」

 陸が、ニヤリと笑う。

「そんな見つめられると、惚れちまうだろ?」

「バカなこと言ってんなよ」

「ははは!」

 根拠のない自信と、底抜けの明るさ。

 疑うことを知らない性格。

 悠斗にとって、結月と同じくらい――

 いや、違う形で大切な存在だった。

 施設に着くなり、陸はさっさと着替え、本気モードに入る。

「ガチじゃん。部活、何のために休みになったか分かってるのか?」

 悠斗が呆れると、陸は当然のように言った。

「だから遊んでるんじゃん。いくぞ、悠斗」

「待てって!」

 悠宇の部活と陸の部活は、強豪校として全国でも有名だ。

 練習がハードなのは、よく分かっていた。

 ――だからこそ。

 思いきり体を動かすのは、今の悠斗にちょうど良かった。

「ゼェ……ゼェ……おい……これで……全部……回ったか……?」

 息が切れ、膝に手をつく。

 対して、陸は涼しい顔のままだ。

「二周目、行くか?」

「化け物め……」

 夕方まで遊び倒し、家に帰る頃には、体はクタクタだった。

 だが、頭の中は驚くほど晴れていた。

 玄関を開けると――

 見慣れない、大きめの靴が置いてあった。

「あ……」

 思い出す。

「今日は、父さんが帰ってくる日だったな」

「ただいま〜。父さん、おかえり」

 リビングから、低く落ち着いた声が返ってくる。

「ただいま、悠斗。……大きくなったな」

 父、佐藤悠一。

 海外を飛び回るサラリーマン。自称そこそこエリート。

 言葉数は少ないが、それは威厳というより――

 家にいないことへの、負い目から来るものだった。

「三ヶ月前にも会ってるだろ。変わんないよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 短い会話。

 それでも、不思議と心は落ち着いていた。

(……ちゃんと、ここにいる)

 家族がいて。

 友達がいて。

 この世界に、居場所がある。

 ――その夜。

 布団に横になった悠斗は、天井を見つめながら思った。

(なのに、なんでだ)

 胸の奥に、消えない違和感がある。

 まるで、

 静かに照準を合わせられているような感覚。

 理由は分からない。

 だが――。

 どこかで、誰かが。

 悠斗を、見ている気がしてならなかった。

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