第六話 地獄の沙汰の執行人②
ただ金をばら撒くだけでは、すぐに飽きがきた。
画面の向こうでひれ伏す亡者たちの言葉は、どれも似通っている。借金、病気、不運、困窮。最初はそれらを「選別」することに快感を覚えていたが、次第にそれすらも単調なルーチンワークに思えてきた。
もっと、僕を愉しませてくれ。
もっと、君たちの「価値」を証明してくれ。
私は次に、新たなルールを提示した。
『100万円の価値を、言葉ではなく行動で示せ。君たちがいかに惨めで、いかに金を欲しているか。そのプライドを捨て去る姿を動画で送れ。
最も私を愉しませた者に、即座に送金する』
残酷な実験だという自覚はあった。
だが、指先一つで誰かの人生を弄ぶ万能感が、私の倫理観を麻痺させていた。
数時間後、私のDMには地獄のような映像が溢れかえった。
ある男は、泥水を啜りながら「私は豚です、金をください」と泣き叫んでいた。
ある女は、自分の髪をバリカンで無残に刈り上げ、虚ろな目で画面を見つめていた。
中には、自分の親を土下座させ、それを撮影して送りつけてくる若者さえいた。
「ははっ……ひどいな、これは」
私は冷暖房の効きすぎたタワマンの一室で、シャンパングラスを片手にそれらを「鑑賞」した。
彼らが守りたかったはずの尊厳、育ててくれた親への愛、積み上げてきた人生の誇り。それらすべてが、たった100万円という記号のために、容易く、無残に、液状化して崩れていく。
かつて美咲に裏切られた時、僕は絶望した。
かつて上司に罵倒された時、僕は自尊心を削られた。
だが今、私はそれらを「買う」側にいる。他人のプライドを金で買い取り、それを粉々に砕いてゴミ箱に捨てる。
その背徳的な悦楽が、空っぽだった僕の心を黒い濁流のように満たしていく。
私は、泥を啜った男の動画をリポストし、全世界に晒しあげた。
『素晴らしい。君の尊厳は、見事に100万円で買い取らせてもらったよ』
その瞬間、ネット上には賞賛と嫉妬、そしてさらなる卑屈な懇願が渦巻いた。
動画の中の男は、晒された恥辱よりも、振り込まれた金額に狂喜乱舞している。
確信した。人間とは、その程度のものだ。
どんなに崇高な理想を語ろうと、どんなに清らかな愛を誓おうと、生存本能と強欲というスイッチを押せば、誰だって化け物になる。
私はそれを証明し続けているだけだ。
暗いリビングで、スマートフォンの青白い光が僕の顔を不気味に照らし出す。
画面をスクロールするたび、誰かの人生が解体されていく音が聞こえる。
私は神であり、執行人だ。
十億という凶器を手にした僕は、今やこの世界の醜悪な本質を暴き出す、残酷な観測者へと成り果てていた。




