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朝霧すみれの洋裁探偵譚 ―横浜ハイカラ事件帖

犯人は雪女ですわ~横浜大正ハイカラ娘の探偵事件簿

大正時代の横浜~女学校を卒業したばかりの私が事件に遭遇し探偵になる

始まります!


1話と2話に分けて投稿しようとしましたが、短編設定にしており2話が載せられませんでした。

急遽1話の後半に2話をくっつけましたので、ご覧ください。

失敗は成功のもとってことでお許しを。


 ――雪なんて、横浜には似合わない。

 でも今夜ばかりは、街じゅうが白いレースに覆われている。

 街灯も、人力車も、ぜんぶ埋もれてしまいそう。

 馬車道だけは、雪が積もる中、熱心に雪かきされていると聞いたわ。


私は大正ハイカラ娘、朝霧すみれ。

女学校を卒業して、格式高い洋裁店で、洋裁師見習いをしている。

ランチには、ばあやが作ってくれたお弁当をいただいて、午後からはお得意様のお屋敷へ訪問する予定。ドレスの仮縫いの約束があるの。


ところがこの吹雪である。

仕立てた布地が湿気しめるし、黒い革のショートブーツが滑るし、思い通りにはいかないわ。

海老茶色えびちゃいろはかまに雪がかからないように、ロングコートを着てきてよかった。

でも――

「雪女が出る夜は、嘘が溶けるのよ」

そんな母の言葉を、なぜか思い出していた。


 山手の丘に建つ、異人館風のお屋敷。

 煉瓦れんがの壁に、ガス灯の光がちらちら揺れる。

 門をくぐると、雪の積もった庭に一本の梅の木。

 その木の下に、真っ白な着物を着た髪の長い女が立っていた。


 私は思わず声を上げた。

「――あのっ、洋裁店の朝霧です。仮縫いのお約束できました。あの、あの……」

 女は振り向かない。

 ただ雪の中に消えていった。

 ――気のせい?

 そう思うことにして、玄関のノッカーをコンコンと鳴らした。


 「ようこそ、朝霧さん」

 扉を開けたのは、屋敷の若旦那・西園寺涼馬25歳。

 青い絹のスカーフを巻いており、まるで雑誌の挿絵から抜け出たみたいだ。

 しばらくすると、上品な和服姿の桐子夫人がやってきた。

――彼の義母であり、わたしのお客様だ。

 白い顔で私を見て、ゆっくりと口を開いた。

 「雪の日に、ようお越しくださいましたね……あいにく夫は銀座の店舗に出張で、今夜は品川の別邸におりますの。……この雪ではあなたも危ないわ。仮縫いが終わったら泊っていってくださいな」

その声は、なぜだか少し震えていた。


 応接室に通されると、暖炉の火がぱちぱちと爆ぜた。

 壁には異国の絵画、棚には香水瓶や時計が並ぶ。

 すみれ色のドレスの仮縫いを広げると、夫人が微笑む。

 「この布……どこで?」

 「元町の輸入店でございます。フランス製のシルクですわ」

 そう答えると、夫人はうっとりと目を細めた。


 そのとき、背後でガラス窓がコツンと鳴った。

 ふとを見ると、吹雪の中――雪が吹き付けた窓ガラスに指で書かれたらしき文字。

 《ヨウコヲカエセ》


 ……なに、これ。

 風のせいではない。

 まるで誰かが外から書き残したようにみえる。

 夫人が青ざめ、唇を押さえた。

 「また……出たのね……」


 また?

 私が尋ねようとした瞬間、玄関の扉がバタンと鳴った。

 入ってきたのは一人の男。帽子も外套も雪だらけ。


 「すみません、吹雪で宿に帰れなくて。今夜はここに泊めてください。申し遅れました。わたしは新聞記者の小田切と申します」

 涼馬さんは苦笑しつつ、「仕方ありませんね。まあ、部屋ならありますから」と彼を迎え入れた。


外の風は強くなった。

桐子夫人は不安そうだ。

旦那様のいない夜、心細いに違いない。

年のころはまだ30歳過ぎ。

前の奥様が亡くなって、後妻に入られたのが10年前だという。


「横浜で吹雪だなんて何年ぶりかしら」

奥様が不安そうにつぶやく。わたしは応えた。

「仮縫いが終わったら、暖炉の前でお話ししましょう」


涼馬さまが、お酒のグラスを片手に蓄音機をかけてくださった。

異国の音楽が流れだす。

小田切がレコードを選んでいる。

「いやあ、さすが西園寺家、色々取り揃えてありますな」

わたしと夫人は、暖炉の前に座って温かい紅茶をいただいた。


ヒューヒューと風の音がする。

電灯がチカチカと明滅する。

「停電だ!」

部屋が闇に沈み、暖炉では燃え残った薪が赤く浮かび上がる。

新聞記者の小田切の声がした。

 「ランプはないのかね」


 ――その瞬間だった。


 「うっ……!」

 ――バタン


 悲鳴と同時に、何かが床に崩れ落ちる音。

 私は思わず立ち上がり、暗闇に目を凝らす。


「どうした? だいじょうぶか?」

「ランプを持ってこさせますわ。ねえ、ランプに火をつけて持ってきてちょうだい」

冷たい風を感じた。寒いわ……。


 ランプの明かりが届いたとき、そこには――

 西園寺涼馬が、胸から血を流して倒れていた。


 白い絹のカーテンが激しく風に揺れている。

 テラスの扉が開いていた。

 そこには、裸足の足跡が雪の上にまっすぐ続いていた。

 

 「――雪女、だわ……! キャー」

 桐子夫人が悲鳴を上げた。

 吹雪の音が、まるで笑うように窓を叩く。

西園寺が扉を閉めた。


  

桐子夫人が倒れた涼馬に駆け寄った。

「涼馬さん、しっかりして。ねえ、しっかりなさって」

揺り動かすたび、胸から血があふれた


ランプの灯がゆらめき、血で赤く濡れた床を照らしている。

西園寺涼馬――さっきまで笑っていた彼が、もう動かない。

胸には銀色のナイフ。取っ手には、繊細な花模様の細工。


新聞記者の小田切が体に触れた。

頸動脈に触れ、目を閉じた。

「間違いない。亡くなっています」


 「な、なんてこと……!」

 桐子夫人が口元を押さえ、後ずさる。

 小田切記者が震える手で懐中時計を見た。

 「停電していたのは、わずか二分……その間に殺されたってわけか」



小田切が唸る。

「停電の間に、雪女がこの部屋に入り、この若い御曹司を殺して出て行った。うーーーん。間違いない。しかし、雪女が現実にいるのか? 

うーんうーん」

小田切がしきりに唸っている。

「いや、まてよ。雪女? そういえば庭の木の下に白い着物を着た女を見たぞ。あれは雪女だったんだ!」


そういえば……わたしも見ている。白い女を。伝えなくてはならないわ。

「わたくしも見ましたわ。雪女のような白い着物の女でしたわ」


「まあ、朝霧さんもみたのですね! やっぱり雪女はいるのですわ」

桐子夫人は震えあがった。大きな宝石のついた指輪が光る。

桐子夫人――モダンガールとしておしゃれなドレスで社交界に出ている。美貌と奥ゆかしさを兼ね備えた社長夫人だ。



テラスの外には、白い足跡が続いていた。

けれど、その先は十歩ほどで、ふっと消えている。

まるで空へと溶けていったかのようだった。


その時、下働き風の男が慌てて部屋へ駆け込んできた。

「雪女だ……雪女が、旦那様を連れて行ったんだ!」


桐子夫人は蒼ざめ、祈るように胸の前で手を組む。

やがて息を整え、皆に男を紹介した。

 「弥助、落ち着いて。皆さま、こちらは西園寺家で長く奉公している弥助です」


部屋は完全な密室だった。

外は吹雪。扉の鍵は壊れておらず、窓も内側から閉ざされていた。

そのガラスには、指で書かれたような跡があった。


《ヨウコヲカエセ》


「……ヨウコ?」

小田切記者が低くつぶやく。「まさか、亡くなった令嬢の名前では……」


その言葉で、私はあるものに気づいた。

暖炉の上の写真立て。そこに写る幼い少女の笑顔。

雪原で遊ぶその子の写真には、こう書かれていた。

 ――西園寺洋子さいおんじようこ、四歳。


胸の奥を冷たいものが走った。

私は桐子夫人の顔を見た。白粉の下の肌が青ざめている。


「……三年前の冬でした」

夫人の声が震えた。

「あの子は、雪の夜に……吹雪の中で姿を消したのです。誰も助けに行けませんでした」


「なぜ?」と、私は問う。


夫人は視線を落とし、細い声で答えた。

「涼馬さんが、初めての商談をしており、『書類が舞い上がるからドアを開けてはならぬ』と命じられていました」


弥助が続ける。

「お嬢様が雪を見たくて扉を開けたんです。その日も旦那様は不在で、涼馬さまが当主としてお客様をお迎えしておられました。

外に出たお嬢様を叱りつけ、入ってくるなとおっしゃった。使用人は誰も逆らえず……商談が終わるのをただ待つしかありませんでした。

やっと扉が開かれたときには、お嬢様の姿は、もうどこにも……」


小田切が言う。

「つまり、今日の雪女はその娘の霊というわけだ」

皆が静かにうなずいた。


 ――違う。

私は首を振った。

「雪女など、信じてはいません。けれど、誰かが信じさせようとしている……それこそが恐ろしいのです」


私は床にしゃがみ、足跡を調べた。

「この足跡、深さがすべて同じなのです。変だと思いませんか?」

「え?」

「歩けば重さで違いが出るはず。つまり、これは押し型で作られたものです」


小田切が息をのむ。

「では、犯人は――」


わたしは息を吸い込んだ。

そして、自分の考えを述べた。

 「桐子夫人です」


夫人は目を閉じ、椅子に崩れるように腰を下ろした。

「違います……私は、ただ……あの子を探したかったのです」


彼女の震える声が、暖炉の火に吸い込まれていった。

「三年前、吹雪の夜、涼馬さんが扉を閉めた。

私は見ていることしかできませんでした。

だからせめて、今夜だけでも……あの子を家に帰してやりたかったのです」


沈黙が落ちる。

誰も言葉を発せなかった。


そのとき、外の風がぴたりと止んだ。

空気が澄み、窓の外――梅の枝に、白い布がひとひら結ばれているのが見えた。


「誰が……」

夫人がつぶやく。



その夜、私たちはご遺体のある部屋で夜を明かした。

桐子夫人のすすり泣きと、弥助の「奥さま、どうかお力を落とされませぬように」という声を聞きながら。


翌朝、警察が到着した。

私は事件の経緯を語り、夫人は静かに連れられていった。

小田切が肩をすくめる。

「探偵のつもりですか、朝霧さん」


私はトンボ眼鏡を押し上げて微笑んだ。

「いいえ。ただの洋裁師ですの。糸口を見つけるのが、少し得意なだけです」

これがわたし・大正ハイカラ娘と新聞記者小田切が関わった初めての事件だった。



エピローグ 雪のあと


春の横浜。

港の風が柔らかく、潮の香りが街を包む。

汽笛がボーッと響く。

あの夜の雪はとうに溶け、坂道には白い花が咲いていた。


私は洋品店の帰り道、ふと足を止めた。

丘の上に見える洋館――今は空き家となっている。

その窓の奥に、ほんの一瞬、灯りが揺れたように思えた。


まさか、ね。


微笑んで歩き出す。

けれど、雪解け水の残る石畳に、小さな足跡が一つ。

生きていれば七歳。

洋子ちゃんは、もしかしたらあの夜、どこかに連れ去られたのかもしれない。もしそうなら、今はどこかで幸せに暮らしているといい。


この広い横浜のどこかに――

自分の名を忘れた少女が、春の光の中で笑っているのかもしれない。


終わり

私は朝霧すみれ。大正時代のハイカラ娘。女学校を卒業し、憧れのファッションの世界に入りました。今は格式高い洋裁店でおしゃれなドレスなどを作っています。洋裁をするからか、糸口を見つけるのが得意。なぜだか事件に遭遇し、事件を解決してしまうのです。新聞記者の小田切と一緒に、横浜で起こる怪事件を全て解決してしまいますわ。


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