第3話 その頃『ファーム内』では
目の前で、何が起きているのか。
引きずるようにして最後に埋めた『宝物』の周りから……魔法の効果があふれるかのように、土地が好き勝手育成されていくのを目にした。
クルスは、王国にとっては歩兵のひとりでしかなかった。
王国の最期だと、入れ替わりに死に逝く騎士や兵士らに『宝物を埋めろ』との任務を任され。
得意の逃げ足で行き着いた場所で、もうここでいいだろうと埋めたのだが。
埋めた瞬間から、宝物の中にある魔法か何かが発動して『家』や『庭』『畑』などが勝手に生み出されたのだ。歩兵でもさらに下っ端だったクルスには、式典などで目にするような魔法を見るのはこれが初めてだった。
「……えぇえ? 俺、どないすりゃええん?」
つい、鍛えた共通語ではなくて地元の村言葉が出てしまったが。これまで指摘してきた同僚や先輩らは、もう生きているのかさっぱりわからない。
であれば、どんどん出来上がっていく『魔法の家』を眺めていくのも惜しい。任されたのだから、ここでクルスが好き勝手してもいいかもしれない解釈で、重い防具を適当に外してから扉に向かった。
「おおお!? 家ん中もどんどん綺麗なっとる!?」
村育ちだったクルスは、出世してやると勝手に出て行ったが。城では結局、崩壊まで似たような詰め所以外の設備を知らずに過ごした。だからこそ、魔法で勝手に整えられていく目の前が新鮮で堪らない。
触っていいものか、と思いかけたが。任せたと言われたのをまた思い出し、ふかふかそうなベッドへと飛び乗るところからスタートしてみた。
「ふぉ!? 贅沢なふわふわ……貴族はんらの、羽毛布団ってやつか!?」
人生で初の羽毛の感触にうっとりしていると、腹の虫が限界だったのか大きな音を部屋中に響かせた。休みなく走り続けてきたし、携帯食もないから無理もない。
「……畑、なんか出来そうやったな?」
クルスは外も色々変わっているのを思い出し、もう少し浸っていたい布団から離れて外を見てみれば。瑞々しい新鮮な野菜はともかく、何故か果物の木以外に不思議なものを見つけてしまった。
「……燻製肉って、木に生えるんか??」
しかしながら、何度目を擦っても……目の前には腸詰肉の蔓や燻製肉の葉があるだけ。火を通す必要はあるらしいが、食べられるのかと幾つか収穫して嗅いでみた。
「上等なもんやで。……焼いたり茹でたり出来るんかな?」
野営の訓練は多少の経験があるクルスでも、調理できそうな段階。まだ魔法の光が落ち着いていないから、もしかしたら調理場とかも整っているのではと戻ろうとした。
家の中に入れば、たしかにひとりでも生活し易いように調度品が揃えられていた。ただし、壁の一角におかしな連絡板のような物が浮き出ていたが。
【管理者へ、食事のお届け。
リスト通りに作って、家主の称号をもらおう】
他にも細かいことが書かれていたが、一番に気になったのはその箇所。他のところにも、『管理者』の文字が多かったので……あの宝物の主人は、クルスではないのは明白。
しかし、ここを維持するにはクルスが必要なのがよくわかった。
雇われは、もともと嫌いじゃない性格なので。自分勝手にこの素晴らしい家などで豪遊する気にも、実のところあまりなれなかったのだ。
「んじゃ、他の材料もあるんかな? 俺が一回食べ……いやいや、同時に作れるようにした方がええか? ん? 俺こんな要領良かったん??」
それを、『ファーム』と言う固定させた異世界だと知らないクルス。
遠隔操作している『神』の位置が藍葉ではあっても、彼女もそれを知らない。
ひとつの世界ともうひとつは隣接しているようで、違うを学ぶのに……別の管理者が用意したことを、藍葉はいずれ知るだろうが。
クルスそのものも、実は拠点となるファームでの生活のために用意された存在だとはまだ知らないのだった。藍葉にとっての、育成ゲームのチュートリアルなのだから。




