かなこちゃん と つぐみちゃん
私は、かなこちゃんがよく分からない。
今日も中学校の帰り道でかなこちゃんを見かける。
住宅街の細い路地、夕暮れ。風が吹き、電線がわずかに揺れてカラカラと音を立てている。
かなこちゃんは古い一軒家の玄関先に立ち、誰かと話していた。
玄関の扉が半分閉じられているせいで、相手の姿は見えない。
けれど、くすりと笑うような彼女の仕草から、親しい相手なのだろうと思った。
「…………」
「……大丈夫、もうすぐ見つかるから──。じゃ、そろそろ行くね」
彼女の声が、夕闇の中に吸い込まれる。
待っていようか、それとも先に帰ろうか迷っていると、かなこちゃんがこちらに歩いてくるのが見えた。
腰まで届く艶やかな黒髪。
吸い込まれるような深い黒の瞳。
朱をひいたような唇が、ひときわ白い肌を際立たせる。
日本人形を思わせる静謐な美貌の少女――
夕風にスカートの裾が揺れ、胸元で黒髪がさらりと踊った。
「……かなこちゃん。何かあったの?」
彼女は私に気づくと、わずかに目を丸くした。
すぐに、私が待っていたことを理解したようで、「あぁ」と小さく呟いて、さっきまで見ていた古い家を振り返る。
つられて私も目を向けた。
コンクリート住宅が建ち並ぶ中、その家だけがぽつんと取り残されたように立っている。
瓦屋根は黒ずみ、窓ガラスにはヒビが入り、壁の一部は剥げて下地がむき出しになっている。
風が吹くたび、家のどこかで木が軋む音がした。
「……なんでもない。……気にしちゃダメだよ。」
私が不思議そうに首をかしげると、かなこちゃんはそれ以上言わなかった。
無理に聞くのも悪い気がして、私は話題を変える。
「かなこちゃん、今度の土曜日って空いてる?」
「……土曜日? ……空いてる」
「じゃあウチに遊びに来ない?」
「……うん。」
二日後、かなこちゃんは私の家にやって来た。
午後の光がカーテン越しに淡く差し込む居間で、私たちは向かい合って絵を描いている。
宿題の題材は【自分の心を描く】こと。
私は先週の家族のお花見の様子を描いていた。桜並木、笑う両親、ちらちらと舞う花びら。
机の上には消しゴムの粉が散らばり、鉛筆を走らせる音だけが響いている。
「そろそろ休憩しようか?」
「……うん。」
かなこちゃんは、何を描いているのだろう。
ふと視線をやると、彼女は長い髪を耳にかけ、真剣な目で紙を見つめていた。
私は立ち上がって、母が用意してくれたおやつを取りに台所へ向かう。
ケーキを二つと、冷たいジュースをコップに注ぎ、お盆にのせて居間へ戻った。
──カランッ。
手を滑らせて、コップを落としてしまった。
幸い割れはしなかったが、胸がざわついてそんなことはどうでもよかった。
『今日未明、○○にある住宅で女性の遺体が発見され──』
テレビから流れてくるニュースの音声が耳に入る。
視線を向けた瞬間、心臓が大きく脈打った。
画面に映っているのは、あの家だ。
二日前、かなこちゃんが立っていた、あの古い一軒家。
『一人暮らしをしていたとみられ、死亡から少なくとも一か月が経過しており──』
手のひらが冷たくなっていく。
――そんな、ありえない。
だって、ついこの間、あの家の玄関で誰かと話していたのを私は確かに見た。
震える手でお盆を置き、ゆっくりとかなこちゃんの方を向く。
彼女は私をじっと見ていた。
黒い瞳の奥が、どこまでも深くて、底が見えない。
「……気にしちゃダメだよ。」
無表情でそう言った。
だから、私にはかなこちゃんがよく分からない。
でも──。
机の上のスケッチブックに目をやると、かなこちゃんの絵が見えた。
そこには、あの家が精緻に描かれていた。
そしてその前に、優しく微笑む女性が立っていて、まるで別れを告げるように手を振っている。
――でも私は、きっと優しい子だと思うんだ。