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09.

「こちらが礼拝堂です」


 ジーナが扉を開いてくれ、足を踏み入れてから目を見開く。


「ここが……」


 城の裏側、真っ白な雪の上を少し歩いた場所に佇む礼拝堂に足を踏み入れれば、ひんやりとした厳かな空気に身を包まれ、自然と背筋が伸びる。

 大きな窓全てにステンドグラスが施され、太陽の光が明るく室内を照らし出すその光景を見て、小さく呟く。


「……懐かしい」

「え?」


 首を傾げたジーナに対し、「何でもないわ」と口にし、一歩足を踏み出そうとすれば、ジーナは持っていた靴を床に置いてくれながら言う。


「そのままですと滑りますので、こちらの靴にお履き替えください」

「まあ、ありがとう」

「いえ」


 ジーナの心違いに感謝しながら靴を履き替えると、奥に備えられている祭壇へと足を進める。


 百人ほどが入れるという礼拝堂は、決して大きくはない。

 ファータ王国では、“妖精の愛し子”が祈る礼拝堂は大きく煌びやかだったけれど、この礼拝堂はどちらかというと小さな部類に入るだろう。

 けれど。


(礼拝堂の空気は、どちらも好きだわ。

 ファータ王国ではあまり入らせてはもらえなかったけれど……、こっそり入っては落ち着いていたこともあったくらいだから)


 今思えば、天界にも礼拝堂があったから、その空気に似ていたのだと思う。

 立ち入ることを禁じられていた礼拝堂に何度も足を運んだことも、何の力がないと分かっていても無意識に祈りを捧げていたことも、記憶が戻った今は、それらが妖精女王だった私には当たり前の行動だったのだ頷ける。


(なんて、お役目を放棄した私がいくら祈りを捧げても許されないし、私自身も自分が許せないけれど)


「礼拝堂は普段は立ち入り禁止となっておりますが、エレオノーラ様はお好きに使っていただいて構わない、と陛下からご伝言を賜りました」


 私の数歩後ろをついてきていたジーナの言葉に振り返り、小さく笑みを溢して言う。


「分かったわ。ありがとう」

「いえ」


(……そう。シエルはお見通しだったというわけね)


 朝の祈り以外にも訪れたいと思う心の内が。

 私のことを一番知っているのは私だと思っていたけれど、もしかしたらシエルの方が私のことをよく知っているのかもしれない、などと考え、この場所を好きに使わせてくれると言う彼の気遣いをありがたく思いながら。


 祭壇までたどり着いた私は、天窓から差し込む陽の光を見上げ、目を細めた。





「……余程、この場所がお気に召したようですね」

「!」


 耳に届いた言葉に後ろを振り返れば、シエルがいつの間にか私の後ろの席に座っていた。


「シエル」

「お部屋に戻られていないと聞いてすぐに駆けつけたんですよ」

「え……?」


 言われてみると確かに、ステンドグラスから差し込む陽の光が、いつの間にか橙色に変わっていることに気が付き謝罪する。


「ご、ごめんなさい、こんなに時間が経っているとは思わなくて」

「ははは、あなたらしいです。……悪戯好きな妖精達が、あなたにいつまでもここにいて欲しくて引き止めていたのかもしれませんね」

「ふふ、まさか」


 シエルの冗談にクスクスと笑ってしまったけれど、彼は予想に反して困ったように笑って。

 でもそれはほんの一瞬のことで、柔らかな笑みを湛えると、「そうだ」と口を開いた。


「せっかくですから、お祈りして行かれてはいかがですか? 私も久しぶりにエレオノーラ様がお祈りされているお姿を拝見したいです」

「!?」


 今度も冗談かと思ったけれど、期待の眼差しをこちらに向けてくるということはどうやら本気らしい。


「何も起きないし、何も面白くないと思うけれど……」

「駄目ですか?」

「っ……」


(この顔は、絶対策士だわ……)


 そう分かっていても、シエルの所謂“おねだり”に私は弱い。

 妖精女王と騎士だった頃も、たまにねだられては助けてもらっている身の上だからと、結局最後には私が必ず折れていたように思う。

 そして情けないことに、今世でも……。


「……分かったわ。少しだけよ?」

「ありがとうございます!」

「……っ」


(そこで無邪気に笑うのは、反則だと思うわ)


 その笑顔も、大人になるにつれ見る回数は減ってしまったけれど、幼い頃からずっと変わっていないわ、なんて思いながら手を組み祈りを捧げる。



「……やはり、そうか」


 目を瞑り、集中していた私は気が付かなかった。

 この時彼が小さく呟いていたのも、彼の瞳に映る私の身に何が起きていたのかも……。

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