08.
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「私を、貴方の一番にしていただけますか」
潤んだ金色の瞳で、懇願するように口にされた言葉。
騎士の役目を引き継いでからはあまり感情を表に出さなかった彼の、僅かに上気した頬や久しぶりに見る必死すぎるほど真っ直ぐな表情と言葉に、胸を打たれ歓喜し、浮かれてしまうのも無理はなかった。
だって私も、彼と同じことを約百年という長い付き合いの中で願い続けていたのだから。
妖精女王と騎士という立場上、暗黙の了解として一線置かれている身の上で、それを取り払うように唐突に口にされた言葉に、私は二つ返事で……、今となってはおかしいと気が付くべきなのに、嬉しさのあまり前のめりで彼の告白を受け入れてしまった。
そうして晴れて両想いになった私達は、他の神々からは気が付かれないよう、表向きは妖精女王と騎士を、裏では恋人として時間を積み重ねていった。
これ以上ない、願ってもみない幸せ。
だけど、その幸せは長く続くことはなかった。
「エレオノーラ」
私の名前を呼び、近付いたシエルの顔。
甘い予感がして、目を閉じた私の唇に訪れた、柔らかな感触とその温度。
記憶を思い出した今となっては忘れられない、もう忘れることなどできない、長いようで短い、初めて彼と交わした口付けの後。
それまでは間違いなく、神々の中で最も幸福なのは私だと思っていた。
だけど、天罰が下ったのだろう。
至近距離で見つめ合った彼の金色の瞳には、恋愛の妖精に魔法をかけられている証……、妖精に操られているからこそ、私に好意を向けているのだという何よりの証拠が、残酷なまでにはっきりと刻まれていた。
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「お口に合いますでしょうか?」
尋ねられ、意識を引き戻された私は、いけないと自分叱咤し応える。
「えぇ、とても。美味しいわ」
「それは良かった。料理人達が喜びます」
シエルの笑顔に、危なかったと気を引き締める。
(シエルは勘が鋭いから、私が物思いに耽ることもすぐに見抜いてしまう。気を付けないと)
特に今は、私が緊張しないようにというシエルの計らいで、人払いを済ませ、広い食堂の中で二人きりで対面で食事をとっている。
二人きり、という方が少し緊張してしまうような、でも安心するような……不思議な感覚だわ、と思いながら、目の前の料理に集中する。
「でも、本当に美味しいわ。うっかり食べ過ぎてしまいそう」
「おかわりならいくらでもありますよ」
「シエルは甘やかすのが上手よね」
「エレオノーラ様だからですよ」
その言葉に、一瞬手を止めてしまう。
けれど、何事もなかったかのように言葉を口にした。
「あなたは騎士として忠実で、よく私に仕えてくれていたものね」
「…………」
抗議に似た沈黙を受けるけれど、彼がどういう心情なのかは分からないから気が付かないことにして。
私はそれと、と一度手を止めて彼をまっすぐと見て口にした。
「あなたは私を、この国の妃に迎え入れるというのは本当なの?」
「ッ、ゴホッ……」
「だ、大丈夫?」
急に咽せるシエルの元に行こうと咄嗟に立ち上がりかけた私だけど、それを手で制したシエルは、少し咳き込んでから言った。
「ッ、はい、そうしたいと思っています。
その方が、あなたの身を守る最善策だと思いますので。
もちろん、妃としての義務など何もございませんのでご安心ください」
「妃としての義務……、っ」
シエルの言葉の意図が分かり言葉を詰まらせると、シエルにはやはりお見通しだったようで、悪戯っぽく口角を上げて突っ込まれる。
「何か?」
「つ、突っ込まないで……」
思わず俯いた私に、シエルもそれ以上突っ込まないでいてくれたから内心ホッとしつつも、少し悲しくなる。
(妃としての義務を私に求めないって、それはそれで……)
そんな複雑な思いを振り切るように、言葉を発する。
「でも、だからと言って何もしないのは気が引けるわ。
あなたは私の恩人であり、他にもこんなに良くしてもらっているのだから、私も何かお返しがしたい。
私に出来ることが、何かない?」
そう尋ねた私に、シエルは少し呆れたような目を向けて返事をする。
「……あなたのその真っ直ぐすぎる性格、私は嫌いではないですしむしろ好ましいと思っておりますが。
些か無防備なところだけは、直してほしいかなと思います」
「っ、はぐらかさないで。私は、私に出来ることをしたいの」
胸に手を当て、これだけは譲れないとシエルから目を逸らさずにいると、シエルは目を見開き、やがて根負けしたように息を吐いて言った。
「……エレオノーラ様は元来、じっとはしていられない性分でしたね。
分かりました。では、こうしましょう。
朝、礼拝堂でお祈りをする。
それから、この城や国での生活に慣れるために行動する。
いかがでしょう?」
「……それらがあなたのためになるかは別として、それ以前に朝のお祈りは、前の私だったらともかく、今の私では」
「今のあなたは“妖精の愛し子”。でしょう?」
「……!」
自身の唇に人差し指に当て、私を“妖精の愛し子”であると強調したシエルの視線を受け、私は居た堪れなくなりながらも頷く。
「……分かりました。お役目、喜んでお引き受けいたします」
立場を弁えるため、あえてかしこまった口調でそう口にすれば、シエルもまた「宜しくお願い致します」と満足そうに頷いたのだった。