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07.

「お支度が整いました」


 支度を整えてくれていたジーナの言葉にゆっくりと目を開け、鏡に映った自分を見て目を瞠る。


(これが、私……)


 決して派手すぎず上品に施された化粧に、念入りに手入れしてもらったおかげでサラサラになった髪。

 清楚な服も相まって、そこに映る自分は……。


「お綺麗です」

「美しさにより磨きがかかりました!」

「私どもも鼻が高いです!」


 侍女達の言葉に頷き、声をかける。


「ありがとう。あなた達の腕が良いからだわ」


 思わず口を吐いた言葉に侍女達が恐縮するのを横目に、鏡の中の自分を見て思う。


(妖精女王時代は妖精の力を借りずに自分の魔法を使って適当に整えていたくらいだから、侍女達の手でこんなにも変わるなんて……。それに)


 セットしてもらった髪の毛先にそっと触れながら呟く。


「……錯覚してしまいそうだわ」


 妖精女王だった時の自分と。……なんて。


(自ら捨て去ったのに、おかしい話よね)


 なんてまた物思いに耽ってしまっていたことに気が付き、侍女達に向かって口を開こうとしたその時、扉をノックする音が耳に届く。


「はい」


 誰か来たと反射的に返事をすれば、ガチャリと扉が開いて苦笑交じりの彼……シエルが部屋の中に入ってきながら言う。


「いけませんよ。名前を聞いていないのに返事をしては」

「ご、ごめんなさい」


(そうだったわ。ファータ王国にいた時はすぐに返事をしろ、と怒られていたけど、普通は誰かに確認してもらってから返事をするのよね)


 シエルの言葉に椅子から立ち上がれば、近付いてきた彼は立ち止まり、目を丸くして私を凝視する。

 その間に、侍女達が気を利かせてなのか部屋を出て行ってしまい、二人きりになってしまう。

 それでもなお固まってしまっているシエルの顔を覗き込むようにして、声をかけた。


「あの、シエル? 立ち話もなんだから部屋に……、キャッ!?」


 突如、シエルとの距離が縮まったと思ったら、そのままシエルに抱きしめられる。

 昨日と同じ体勢に一瞬息を呑んだけれど、慌てて彼の胸を押しながら言葉を発した。


「シエル、どうしたの?」

「っ……」


 ハッとしたように、シエルが慌てて離れる。

 その困惑した顔を見るに、無意識だったらしい。

 シエルは「申し訳ございません」と深く頭を下げる。

 そんな彼の態度に、私も何となく言葉がぎこちなくなる。


「え、えぇ……」

「「…………」」


 お互いに何とも言えない沈黙が流れた後、シエルが口を開いた。


「……そういった格好をしていると、まるで妖精女王だった時の貴女みたいですね」

「……貴方も、そう思う? 私も、髪が水色に変わってお洋服も似ているものだから、余計にそう思えてしまって……」

「よくお似合いですよ」

「!」


 不意に告げられた言葉に一瞬息をすることを忘れ、思わず彼を見つめてしまう。

 その視線を受けた彼は目を逸らしてから、「あー」と不自然に声を上げて言った。


「そういえば、こちらへいらっしゃってから何も召し上がっていらっしゃらないでしょう」

「そうね、確かに。部屋に案内してもらってからあのまま眠ってしまったから……」

「ゆっくりお眠りになられましたか?」

「えぇ、おかげさまで。良すぎるほど良くしていただいているから」


 色々とありすぎて少し休ませてもらおうと、倒れるようにベッドに横になってからの記憶がない。

 ベッド一つとっても、ファータ王国で私に与えられていた物とは雲泥の差だったようで、結果深く眠ってしまった私を誰も起こさないでいてくれたのだろう。

 そんな気遣いをありがたく思いながら返答した私に、シエルはクスッと笑って言った。


「お気に召していただけだようで何よりです。

 それでは、今度は食事をいたしましょう。

 お部屋までご案内いたします」


 そう言って手を差し伸べられたことで、不意に夢の中で見たシエルの姿と重なって。

 一瞬固まってしまう。


「……エレオノーラ様?」

「っ、お願いするわ」


 動揺を悟られないよう反射的にシエルの手に自分の手を乗せると、彼に優しく握られ、そのまま優しく導くように彼は歩き出す。


「お食事の後は城内を案内いたしますね」

「あ、ありがとう」

「礼には及びません」


 そう言いながら、歩いている最中もシエルが話してくれる。

 シエルには申し訳ないけれど、私は違うことに気を取られていた。


(……手を、握られている……)


 いつぶりだろう、彼に手を引かれるのは。

 いつぶりだろう、こんなに彼が屈託なく話しかけてくれるのは。


(……あぁ、そうだわ)


 この手の温もりを知るのは、豊かな表情を見るのは、夢で見た幼い頃以来ではない。

 そして、抱きしめられる力の強い腕も、今もなお話を続けているその唇の温もりにだって、触れたことがある。

 だって、私は、私達は。


 ―――かつて、ほんのひとときの間、恋人同士だったのだから。

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