06.
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天界の陽の光を浴びて、彼の金色の髪が光り輝く。
眩しいくらいのその髪は、どこにいても目立って。
そして、その髪を揺らしながら振り返った彼は、同色の大きな瞳を柔らかく細め、薄い唇を動かして言葉を紡ぐ。
『エレオノーラ』
私の名を気さくに呼び、少しあどけない少年だった頃の彼の笑顔は、天界の陽の光よりも何よりも、一際輝いて見えた。
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「…………」
生まれ変わってからは初めて見た、天界にいた時の遥か遠い昔の記憶の夢と、目が覚めてから一番に視界に映った見慣れない天井に、身体をベッドに沈めたまま呟く。
「……夢ではなかったのね」
夢の中で見た頃よりもずっと大人で、髪色とは違う白銀色の髪を纏った彼……シエルが、今世で私の目の前に現れたこと。
それにより記憶を取り戻した私は、シエルによってファータ王国から連れ出されるようにラーゴ王国に迎え入れられたこと……。
「しかも、シエルが人間界でラーゴ王国の国王になっているなんて……」
夢で見た頃のまだあどけなかったシエルは、当時の妖精女王から、シエルが将来妖精女王となる私に仕えてくれる騎士なのだと紹介され、出会ったばかりの頃だったように思う。
つまり、彼とは人間界でいう“幼馴染”という間柄で、転生して会っていなかった分を差し引いてもおよそ百年もの長い付き合いがある。
シエルは神としても騎士としても申し分のない人だった。
まだ子供だった時は、私よりよく笑い、よく泣く“幼馴染”でいてくれた。
でも成長するにつれ、お互いの立場を理解し、妖精女王と騎士という立場になってからは、私も彼もすっかり変わってしまった。
互いに交わす言葉が少なくなった、というべきか。
またそれは、立場上仕方がないことでもあった。
なぜなら、妖精女王である私と騎士である彼の言動が、妖精に大きく影響を与えてしまうから。
私達が笑えば、妖精達も笑ってくれる。
泣けば、一緒に泣いてくれる。
それで済めば良い。
けれど、もし私達の“憤怒”の感情や“強い願い”を妖精達が感じ取ってしまったら。
その時は、妖精達の力がたちまち脅威となってしまうのだ。
「お目覚めですか」
「!」
誰もいないはずだった部屋の中で不意に声がして、驚き見やった私に向かって、その声の主である女性は頭を下げた。
「驚かせてしまい申し訳ございません」
「いえ、お気になさらないでください。ちょうど今起きたところでしたから」
(服装からして侍女かしら……)
と居住まいを正そうとしたところで、その女性は静かに口にする。
「そうだったのですね。改めまして、本日付でエレオノーラ様の侍女を拝命いたしました、ジーナと申します。
宜しくお願い致します」
私付の侍女、という言葉に改めて今自分が置かれている立場を思い出す。
(そうだわ、シエルとの再会が衝撃的で忘れてしまっていたけれど、私は“妖精の愛し子”としてこの国へやってきたんだわ……)
忘れてはいけない、と小さく手を握り言葉を返す。
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
私がそう返すと、ジーナさんは首を横に振って言った。
「私共相手に敬語はいりません。エレオノーラ様は“妖精の愛し子”様なのですから」
「……分かったわ」
「はい。では、お支度を整えさせていただきます」
そう言うや否や、ジーナが部屋の扉を開けると、数名の侍女が入ってくる。
そして、それぞれの役割をテキパキと手際よく、慣れた手つきでこなしていくのだけど……。
「エレオノーラ様。お召し物はいかがなさいますか?」
ジーナがそう言って部屋に備え付けられていた箪笥を開けたところで、目を疑った。
箪笥の中には、所狭しと色とりどりで明らかに質の高い服ばかりが並べられていたのだから。
「こ、これは……?」
さすがに“愛し子”だからと言って用意されたものではないだろう、と口にした私に、ジーナは言った。
「陛下がご用意されたものです。エレオノーラ様がどんな服をお好みか分からないため、エレオノーラ様にお選びいただくように、と仰せつかっております」
「……っ」
恐る恐る服に手を伸ばして確認する。
(本当に、手触りが良いどれも一級品ばかり……、それにいつの間に私の身体の寸法を知ったの……!?)
妖精から聞いたのかしら、とか、どうしてここまで準備万端なのか……などとグルグルと考えてしまう私に、ジーナが尋ねる。
「……お気に召すものがございませんでしたでしょうか」
ジーナの言葉に首を横に振ると、かかっている服の中で一番飾り気が少なく白地のものを選び、ジーナに声をかける。
「こちらでお願い」
「かしこまりました」
服が決まったところで、昨日は移動で疲れてそのまま眠ってしまったからと、部屋に併設されている浴室に案内される。
侍女達にお世話をしてもらいながら、心地よさから自然と目を閉じて思う。
(こんなに穏やかな気持ちになるのはいつぶりかしら……)
ファータ王国にいた時は、穏やかな気持ちで過ごせたことは殆どなかった。
……いえ、能力の有無が分かるまでは幸せだったかもしれない。
今思えばそれは、愛し子であった祖母の血を受け継ぐのではと期待されていたからなのだろう。
だけど、私は“妖精の愛し子”の能力が発現しなかった。
代わりに発現したのは、血の繋がりがなく孤児だった妹で、その妹が養子に迎え入れられて以降、私は妹の身代わりとして育てられることになった。
(私に能力がないと分かると、母も心労がたたってすぐ亡くなってしまった……)
ファータ王国には言い伝えがある。
昔、人間界に迷い込んだ妖精と一人の人間が友人となり、友好の証に妖精がその人間に特別な力を与えた。
それが“妖精の愛し子”の始まりであり、妖精が多く移り住むようになったのもそれからだという。
そして、“妖精の愛し子”に選ばれると、妖精と意思疎通が取れ、力を貸してもらうことが出来る。
ファータ王国には妖精が多く棲んでいることから、彼らの力なしでは生きられないと考えており、だからこそ“妖精の愛し子”は国で尊ばれるべき存在とされているのだ。