04.
選定の儀を受けた日を境に、私はたった一日で“役立たず”のレッテルを貼られた。
そして、本物の“妖精の愛し子”を城に迎え入れてから私に課されたのは、“有事の際に愛し子の身代わりとなること”。
そのため、それまで行っていたものより格段に厳しい淑女教育と、妖精の愛し子としての素養や知識を叩き込まれた。
正直杜撰だと思う。もし陛下の言う“有事の際”が実際に来たとして、私が身代わりであることはすぐにバレるだろうと。
だけど、私がそれを訴えたとして聞いてはくれないだろうし、だからといって城から出て行こうとも思えなかった。
だって私には……。
「やはりファータ王国に残りたかったですか」
「えっ」
物思いに耽りすぎていたようで、気が付けば、豪奢な馬車の中でシエルと二人きりになっていた。
頭を覆うように被せられていた上着をいつの間にか取られ、代わりに膝にブランケットをかけられていたことに気が付きお礼を言ったのに対し、彼は「そうではなくて」と言葉を続ける。
「あのような環境にいたら城を飛び出した方が遥かに良かったはず。ですが、あなたがあの城に残っていたのには、何かご事情があったのですよね」
「……私があの城で受けていた仕打ちを、あなたは知っているの?」
「はい、妖精達から聞きましたから」
(そうよね、妖精から今世も愛されている彼ならば、妖精達から話を聞いていてもおかしくはないわよね……)
シエルの口から紡がれた妖精達、という単語に納得したのに対し、彼は恐る恐るといったふうに私を見つめて言った。
「……いきなり何の説明もなく連れてきた私も悪いですが、私からの質問にも答えていただけますか」
「そ、そうよね、ごめんなさい、まさかこんなことになるなんて夢にも思わなかったから……。
えっと、この国に未練があるかないか、ということよね。
あると言われればあるし、ないと言われればないわ」
そう曖昧な返事をした私を見て、シエルはすぐさま口にした。
「この国で“妖精の愛し子”に選ばれた、孤児院出身で元平民の妹君のことが気になっていらっしゃるのですね」
言い当てられ、言葉を失くす私に彼は言った。
「実際に見ていたわけではありませんが、妖精から聞き知ったことは全て知っていますよ。
あなたがどんなふうに育ち、どんな生活をしていたか。
……今すぐにでも連れ出して差し上げたいくらいの場所にいたのに、参上することが出来なかった理由は、私が置かれていた環境もあまり良いとは言えなくて。
身辺の整理をしていたら、お迎えに上がるのが随分と遅くなってしまいました。
申し訳ございません、エレオノーラ様」
私の名前を呼び頭を下げるその姿が一瞬前世と重なり、胸が苦しくなるのと同時に心の中で歓喜している自分がいることに嫌悪する。
自ら手放し、捨て去った前世から追いかけてきてくれた彼のことを。
そうして気が付けば、私は口を開いていた。
「……なぜ、あなたがここにいるの?」
「え……」
頭を上げた彼をじっと見つめ、違う言葉を投げかける。
「なぜ、私を助けたの?」
私の言葉に、彼は面食らったように狼狽えてから、やがて悲しそうな顔をして口にした。
「……ご迷惑、でしたか」
シエルの発言を受けてから気が付いた。
これでは、迷惑だったと言っているようなものだと。
すぐに否定すれば良い、違うと言えば良いのだろう。
そう頭の中で分かっていても、前世の私が許さなかった。
全て捨てて新たな人生を選んだ私に、彼の優しさに甘え手を取る資格はないと。
だって私は、前世で私に尽くしてくれていた彼のことをも捨てたのだから。
不甲斐なくも結局何も言えずじまいの私に気を遣って、彼は私から視線を外すと柔らかい口調で言う。
「妹君のことは、引き続き妖精達に話を聞いておきますから、エレオノーラ様は安心して我が国にいらっしゃってください。
その後のことは、また改めてお話しいたしましょう」
「…………」
(あぁ、やはり。私は前世でも今世でも、シエルに甘えてばかりだわ)
二人きりの馬車の中、重い沈黙が流れる。
私達を乗せた馬車は、妖精が一切の侵入者を拒み、堅牢に守護していたはずのファータ王国をいとも容易く出て、ラーゴ王国へと足を踏み入れた。