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03.

(な、何が起こっているの……?)


 忘れていた前世の記憶を思い出したばかりの今、置かれている現状についていけない。

 ただ、鼻孔をくすぐる懐かしい香りと温もりにハッとし、慌てて彼の身体を押して距離を取ろうとするけれど、力強く回った彼の腕がそれを許してはくれなかった。


「……またそうやって、私を置いて行くおつもりですか」

「っ!」


 そう耳元で囁かれたことで身体が硬直してしまう。

 懇願するような、心底傷ついたというような声音は、私の抵抗しようとする力を削ぐには十分だった。

 だけど、代わりに彼は、「なんて」と自嘲めいた笑いを浮かべながら私の身体を離しながら言う。


「せっかく再会できたというのに、こんなことをしていたら余計に嫌われてしまいますね。

 ……ですが、私がこれから行おうとしていることは最低で、貴女にとっては最悪だと思います。いえ、ここで閉じ込められているよりは遥かにマシなはずですが。

 予め断っておきますね。どうか引かないでください。

 説明も謝罪も後で必ずいたしますし、もちろん質問も受け付けますから」

「何を……」


 私の言葉は、彼の長い人差し指が唇に触れたことで阻まれる。

 そして、彼は何を思ったか上着を脱ぎ、それを私の頭の上にかけてから一言断った。


「失礼いたします」

「きゃっ……!?」


 突如訪れた浮遊感。

 背中と膝裏に回った腕の感触とかけられた上着の隙間から彼の顔が見えたことで、お姫様抱っこをされているのだと私が気が付いた時には、彼は宥めるように言った。


「あぁ、駄目ですよ。髪の色がバレないよう、しっかり前で上着を持ってくださいね。

 ……貴女がここに残りたいというのなら、話は別ですが」


 最後の方を呟くように口にした刹那、彼は私を落とさないよう腕に力を込めてから、足早に大股で歩く。

 そして。


「“扉よ開け”」

「!」


 彼が唱えたのは、紛れもない妖精への願いだった。

 やはり彼はまだ妖精の力が使えるの? などと思う暇はなく彼の身体が赤い光に包まれて、って。


(赤色は炎の妖精……)


 思い至った刹那、扉は開くどころか爆発音と共に木っ端微塵に破壊される。


「あー、加減を間違えました」

「ま、間違えるにも程があるでしょう!?」


 思わず突っ込んでしまう私を見て、彼は悪戯っぽく微笑む。

 その笑みに見惚れてしまったけれど、彼は一瞬にして表情を引き締め、私でもドキッとしてしまうほどの冷酷な表情を浮かべた。

 彼のそんな顔を見たことがなかった私が驚き目を見開いている間に、彼は何事もなかったかのように跡形もなく消えた扉の空間から外に出ると、声高に告げた。


「彼女は、正真正銘()()()()()()()()()()()()

 その彼女を本日付で我が妻とし、ラーゴ王国へと連れて帰る」

「!?」


 驚きすぎて言葉も出なかった。

 彼の妻としてラーゴ王国へと連れ出してくれるいうのは、確かに先程も言っていたから今は一旦置いておくとして、彼は私を“妖精の愛し子”だと言い放った。

 この国では尊ばれている妖精の愛し子は、紛れもなく私の妹だというのに。

 驚き言葉も出ないでいる私に、さらに驚くべきことが起こる。

 それは、この国の国王陛下が発した言葉の内容だった。


「なんと! それはめでたいことでございますなあ。

 我が国の愛し子と貴殿……、ラーゴ王国の国王と婚姻を結ぶことが出来るとは!」


 陛下の信じられないお言葉に、上着の下で目を瞠り息を呑んだ私をよそに、彼がほんの一瞬、僅かに口角を上げたのを確かに見た。

 それから陛下は、私の身を案じる言葉ではない別の言葉を私を抱く彼に投げかける。


「し、しかし、貴殿もまさか妖精の愛し子と同様の力を扱えるとは……」

「あぁ、確かにそうだ。言われてみれば生まれた瞬間から使えたな。血の繋がりのある者達からは疎まれ蔑まれたため、うっかり殺してしまい今は玉座に座ることになったが……、何か問題でも?」

「「「ひっ……」」」


 陛下も侍従達も彼の残忍な物言いに取り繕うこともせず悲鳴を上げる。

 哀れで滑稽だと思うけれど、今の私にはどうでも良かった。そんなことよりも。


(生まれた時から……ということはつまり、妖精達から愛されたまま人間界に生まれてきたということ? 血の繋がりのある者達から疎まれたとは何?)


 新たな質問がいくつも生まれてはモヤモヤとした気分に陥っていくばかり。

 今すぐにでも飄々としている彼を質問責めにしたいくらいだけど、“後で質問を受け付ける”と言っていたため、その言葉を信じて大人しく待つことしか出来ずにいる間にも彼の言葉は続く。


「というわけで、今すぐ彼女を連れて帰る。

 持参金は不要、迎え入れる準備も既に整っているため彼女以外に何もいらない。

 ……何か異論はあるか」

「い、いえいえ、滅相もございません! どうぞ彼女で良ければお連れくださいませ」


 その言葉に、上着を持つ手により一層力がこもる。


(全ては陛下の望み通り。役立たずの私を厄介払い出来るし、本物の愛し子を失わずに済むのだものね)


 そんな私でも、昔は愛されていた。

 第一王女として生を受け、両親の愛を受けて何不自由なく大切に育てられていた。

 変わったのは、私が七歳の時に“妖精の愛し子”の選定の儀を受け、愛し子は私ではないと判明してから。


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