02.
「エレオノーラッ!!」
「!?」
何の前触れもなくバンッ、と勢いよく開いた扉の音に驚いた私をよそに、父である国王陛下は怒ったような、焦ったようなそんな表情を浮かべて私に歩み寄ってくると言った。
「ついにお前が役に立つ時が来た。妹の代わりに“愛し子”のフリをしろ。異論は認めん」
そう言った国王陛下の後ろには、今から私を“愛し子”に見立てるために用意されたのだろう侍女達がズラリと待機している。
今までに見たことのない、私のために集められた侍女の数に圧倒されてしまいながらも、今は現状を把握するのが優先だと口を開いた。
「お待ちください、国王陛下。“愛し子”のフリを、ということはどなたかいらっしゃったのですか?」
国王陛下の命により、私が住んでいるのは城の片隅の一角。
普段侍従達さえもあまり通らないような日当たりの悪い場所に部屋を与えられているため、たとえ城が騒ぎになっていたとしても喧騒がここまで届いてくることはない。
そのため、何が起きているのか分からない私に、国王陛下は忌々しげに舌打ちをしながら答えた。
「……ラーゴ王国から国王がやってきて『妖精の愛し子に会わせろ』と」
「……ラーゴ王国!?」
ラーゴ王国とはファータ王国の隣国に位置しており、この国の数倍の領土を占める大国だと教育係から習った。だけど。
「なぜラーゴ王国が我が国に? 妖精に守られているこの国は、外部からの侵入を一切許していなかったはずでは」
「そんなことは私が聞きたいくらいだ!
無駄口を叩いていないでとっとと準備をしろ! この国の妖精の愛し子は今からお前だ」
陛下の言葉にギュッと拳を握る。
私に与えられた使命は、陛下に命令された際に“妖精の愛し子の代わりになる”こと。
今まで外部からの侵入を許さなかったこの国を訪れたラーゴ王国の国王に、本物の“妖精の愛し子”を危険に晒すわけにはいかないという意図だろう。
つまり。
(何がなんでも、先方に私が“偽物”であるとバレてはいけない……)
でなければ、この国も、民も守ることが出来なくなってしまう可能性だってあるのだから。
「……分かりました」
私の返答に陛下は鼻を鳴らして踵を返すと、後ろに控えていた侍女達にあっという間に囲まれたのだった。
「早く来い、エレオノーラ!」
陛下に急かされるまま、見た目はシンプルでありながら上質な生地で作られた妹のものである妖精の愛し子の服を身に纏い、走る。
そうして導かれたどり着いた先は、城内にある謁見の間の前だった。
陛下は、謁見の間の扉が騎士によって開かれるよりも先に、その扉の向こうに向かって声を張り上げた。
「我が国の妖精の愛し子をお連れいたしました!」
その声を合図に、騎士達の手によって開いていく重厚な造りの扉の中へ背中を押される。
間際、国王陛下は私にしか聞こえない声で私の耳に囁いた。
「決して機嫌を損ね、失敗するでないぞ」
その言葉を受け、心の中で呆れと落胆を覚えた。
陛下の言動は、最初から最後まで血の繋がりのある娘にする仕打ちではないことを今更ながら再確認したから。
そうして閉じられていく扉の方に視線を向けていた私の耳に、背後から近付いてくる足音が耳に届いたことで我に返ると、慌てて近付いてきた足音の主を見ることなく跪いた。
(陛下の言う通りにするのは本当は癪だけれど、とにかく今はこの場を乗り切らなければ。
そうでないと、私の存在意義がない。何がなんでも私が愛し子でないことがバレないようにしなければ)
と貴賓の赦しを得るまで頭を下げ続けていた私の耳に届いたのは、酷く掠れ震えている、独り言のような呟きだった。
「……やっと、会えた」
「っ……!?」
まだ頭を上げて良いというラーゴ王国の国王陛下からの赦しを得ていない。
けれど、その声を聞いて反射的に顔を上げ……、後悔した。
その声を聞き、顔を見た瞬間、心が震え頭に膨大な量の記憶が滝のように流れ込んでくる。
私が自ら手放した前世の記憶……、かつて“妖精女王”として生きた前世の記憶が。
それから、衝動的に頭を抑えて俯いたことで視界に映った髪が、まるで蘇る記憶と比例するかのように色が変化していく。
栗色だった髪が空色の髪へ……、それは、妖精女王だった時と同色の髪の色だった。
そうして捨て去ったはずの全ての記憶を思い出す頃には、髪の色は完全に変化し……、始まりに至る。