15.
「あの、これは一体……?」
「今日は絶対安静」と、有無を言わさず部屋で過ごしていた私が急に呼ばれ、向かった先の応接室にいたのは……。
「仕立て屋を呼びました。こうすれば、貴女も断れないでしょう?」
「お初にお目にかかります、エレオノーラ様」
シエルが指し示したその場所で、優雅に一礼する仕立て屋だという女性と、その周りにズラッと並べられている服の山に軽く眩暈を覚えながらも、女性に向かって挨拶を返してからすぐさまシエルの方を見やる。
「初めまして。……シエル」
どうしてこうなったのか。
今朝会ったばかりのシエルは、その時に一言も言っていなかったため説明してもらおうと名前を呼ぶと、彼は少し口角を上げて口にした。
「申し訳ございません、謙虚な貴女に説明すれば必要がないと仰ると思いましたので。
驚かれましたか?」
「えぇ、それはもう……」
(すでに私が嫁いでくる際に沢山の服を用意してもらっていたわ。
今だってまだ袖を通していない服が沢山あるというのに……)
「エレオノーラ様の仰りたいことは手に取るように分かります。
そしてそれは、私にも非がございます」
「非……?」
「えぇ。良かれと思ってご用意した服が、どれも薄手のものだったことです」
その言葉に首を傾げながら言う。
「……それだけなら、普通に上から何か羽織れば良いのでは」
「エレオノーラ様はそう助言して、一度でも自ら上着を羽織られましたか?」
「…………」
確かに、言われてみれば羽織ったことがない。
寒いと感じたこともなかったし、元いたファータ王国はいつも温暖な気候で必要がなかったから習慣的に身についていないし、それより前の天界にいた時だって暑いとか寒いとか感じたことはなかったのだから。
黙り込む私に、シエルは「それとも」と私の目の前まで来ると、囁くように耳元に顔を寄せて言った。
「そんなに私の外套を羽織らせて欲しいのですか?」
「……!?」
バッと耳元を押さえ、反射的に後ろにのけぞる。
「いかがなさいましたか?」
こともなげにそう口にするシエルはやはり策士で。
先ほども感じたけれど、口角を上げ、私を見る眼差しが、妙に色っぽくも艶っぽくも見えてしまうのは良くない。
これ以上惑わされては駄目だと、早々に降参した。
「……服を新調させてください」
「かしこまりました」
シエルは悪戯が成功した、というように笑みを浮かべる。
先ほどとは違う笑みに、見惚れてしまっている自分がいることに気が付いて。
そっと視線を逸らした私に構わず、シエルは意気揚々と、当人の私そっちのけで服を吟味し始めるのだった。
「シエル、やはりこの量の服は……」
仕立て屋である女性が帰り、購入した服が入った箱を次々と私の部屋へと運んでくれる侍従達を横目に、シエルの名を呼んだ私に彼は言う。
「気に入りませんでしたか?」
「気に入ったわ、凄く。素敵だけれど……」
「自分には勿体無いと?」
「!」
ズバリ言い当てられ、言葉をなくす私に彼は言う。
「言いたいことは分かります。貴女は昔からそうでした。
服装にはあまり頓着せず、いつも似た服を好んで着ていらっしゃいました。ですが」
シエルは私の横で壁に背を預け、声を顰めて言った。
「今は人間界にいるのです。そして、エレオノーラ様はこの国の妃という立場であらせられるのです。
仕立て屋だって、王妃が着用してくれるのならこれ以上の誉れなどないでしょう」
「……」
その言葉は、妖精女王だった自分にも何となく理解ができた。
妖精達も私に命令を下して欲しいとよく言っていたから。
そうでなければ、自分達がいる意味がないとも……。
黙り込む私に、シエルは困ったように笑って言った。
「……いえ、確かにこれは、私のエゴかもしれません。
エレオノーラ様に何かして差し上げたいという……」
「……シエル」
名前を呼び、何か言葉をかけようとしたところで、シエルは彼の従者に名前を呼ばれる。
シエルは私に向かって軽く手を挙げ、行ってしまった。
その背中を見送りながら何度も同じことを思う。
(……シエルも、妖精達と同様に妖精女王であった“私”に囚われすぎている)
私は、完璧な人間でも、神でもなかった。
だからこそ、妖精女王という肩書きも、記憶も、過去も全て捨ててきたというのに。
貴方は、その全てを抱えて、私の元へもう一度来てくれた。
『エレオノーラ様に何かして差し上げたい』
貴方はそう言ったけど、何もしてくれなくて良い。しなくて良いの。
私にはその資格がない、はずなのに。
それなのに……。
(……やはりせめて、私も彼の望むことをしてあげたい)
それが私の、エゴだとしても。