13.
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シエルの瞳に“恋愛”の妖精に操られているという印があることに気が付いた私は、すぐにシエルに伝えようとした。
シエルが操られていることを自覚すれば、正気に戻るだろうし、もし戻らなければ、“恋愛”の妖精と話をして術を解いてもらおうと。
だけど、いざシエルを目の前にしたら、それが出来なかった。
(もしこれで術を解いたとして、シエルが正気に戻ったら?)
浮かれていた私が気が付かなかったとはいえ、恋人同士として行った行為をシエル自身が覚えていたら、それこそ騎士として忠実に職務を全うしようとする彼は、妖精女王である私と適切な距離を保つことが出来なかったと自分を責め、距離を取ろうとするのでは……。
いえ、最悪の場合、騎士を辞めると言い出すかも……。
それだけは嫌だった。
騎士として、誰よりも私の心の支えとなり、味方であり続けてくれた彼の笑顔が消えることがあったら、私は……。
(……違う)
悪いのは、他でもない私。
妖精の力は強大であり、心さえも操ることが出来ることを知っていながら、私は、私が願ってしまったことは……。
…………シエルの、“特別”になりたい。
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「っ……」
ゆっくりと、意識が浮上する。
「エレオノーラ様!」
「……シエ、ル……」
名前を呼んだ彼に答えようとしたけれど、喉が掠れて上手く名前を紡ぐことが出来なかった。
それに気付いた彼は、まるで自分のことのように苦しげに顔を歪ませた後、「身体を起こせますか」とそっと私の背中を支え起こしてくれながら、水が入ったグラスを差し出してくれる。
「あ、りがとう……」
思っていた以上に渇いていたのか、ひんやりとした水が喉を潤していく感覚が気持ちよく、あっという間にグラスに入っていた水は空になる。
「もう一杯飲みますか?」
「いえ、もう大丈夫……。私、あれから眠ってしまっていたの?」
「はい。お部屋の前で倒られてから3日ほどお眠りになっていらっしゃいました」
「み、3日も!?」
「はい。お疲れが出てしまわれたようです」
シエルの言葉に頭を抱えながら言う。
「ごめんなさい、迷惑ばかりかけてしまって……」
「エレオノーラ様がお謝りになることではございません!」
「!」
シエルの大きな声に驚き息を呑む私に、彼もまたハッとしたようにコホンと咳払いし、声のトーンを落として言った。
「謝まらなければならないのは私の方です。
私が付いていながら、エレオノーラ様のご体調に気を配るべきでした。
妖精女王であらせられた時と人間とでは全く違うのに……」
「シエルだって謝ることではないわ。自分の体調管理が出来なかったのは自分の責任だもの。
私が体調を崩したからといって、あなたが責任を感じる必要も、負う必要も全くないわ」
「……!」
シエルの目が大きく見開かれる。
(……この言い方だと、突き放しているように聞こえるかしら)
でも、間違えたことは言っていないから、と結論づけ、ふと気付いたことを口にする。
「……もしかしてあなた、ずっと私の側にいてくれたの?」
シエルは黙って頷いた。
俯き気味な目元には、確かに隈が出来てしまっている。
私は「シエル」ともう一度彼の名を呼び、視線を合わせてから諭すように言葉を発した。
「私を見つけ出して、助けてくれてありがとう。
だけど、私とあなたはもう妖精女王と騎士ではない。
だから、私に気を遣わなくて良いの。
むしろ、人間になったあなたは今ではこの国の王だというのに、私に対して敬語を使っている。
いくら私が“妖精の愛し子”という立場にいたとしても、それはおかしいことなの。
……今まで黙っていた私も悪いけど、本来敬語を使うべきは私の方で」
「それだけは!」
シエルが私の両肩を掴み、声を張り上げる。
そして、懇願するように震える声で口にした。
「それだけは、私から奪わないでください……」
「…………」
シエルの切実で、悲痛な言葉に、私の胸もズキリと痛む。
(……彼は、私のせいで”前世”に囚われてしまっているんだわ)
私が勝手で、中途半端に終わらせてしまった前世のせいで、彼は苦しんでいる。
私を“妖精女王”と呼び、自分が“騎士”であることに誇りを持っていた彼にとって、私がその役目を捨てたことは、受け入れられない現実なのかもしれない。
(でも私は、この選択に悔いなどないの)
だって私は、妖精女王にあるまじき行為をしてしまったから。
あなたの心さえも妖精に操らせてしまった私が、妖精女王を名乗り続ける資格なんてなかったのだから。
許して欲しいとは言わない。
それならいっそ、恨んでくれた方が良い。
なのに、どうしてあなたは……。
「……申し訳ございません、取り乱してしまいました」
シエルが私の肩から手を外す。
そして、私を再びベッドに横たわらせてくれると、柔らかな声音で言った。
「ゆっくりお休みになってください。この話は、またいずれいたしましょう。
……あなたも私も頑固ですから、きっとこの件については折り合いはつかないかもしれませんが」
そう冗談交じりに口にした彼は。
慈愛に満ちた表情を、私に浮かべたのだった。




