第2話 変わった顔、変わらない私
昼休みが始まるチャイムが鳴る中、二戸坂の顔は半日経っても元には戻らなかった。
「どうしよう、これ……」
水で洗っても、授業中の昼寝から覚めても、二戸坂の顔は美少女のまま。
周りには見えない、自分だけが別人に見える顔。それはまるで、顔の皮を誰かに乗っ取られた感覚に近かった。
「幽霊にでも憑りつかれてるのかな、私……」
ここまでオカルトじみた現象だ。飛躍した発想にも行きつく。
原因不明の事態に二戸坂は疲弊していた。
ただその思いは、顔が変わってしまったことに限った話ではない。
自分にしか見えないという事実が、その中途半端さが、余計に彼女の溜め息を深くさせた。
(どうせ憑りつくなら、他の人にもこの顔見えてほしかったな……)
そうすれば生まれ変われたかもしれないのに、と言いかけた時だった。
チャイムの残響が響く中で話しかけた広世が二戸坂を現実に連れ戻す。
「ねえニコちゃん、新曲の進捗はどんな感じ?」
「あっ、もうボーカロイドのメイントラックは入れ終わったよ。あとは細かい音の修正と、ミックス。それも仕上げばかりだから、週末には出せそうだよ」
「流石朝までやっただけあるね! わたしも頑張らないと」
「次のイベントはもう来月だっけ?」
「そ! 入稿はまだだけど、半分までもう少しかな~。MVのイラストは間に合わせるから安心して」
――二戸坂と広世は現在、タッグを組んでボーカロイド曲の制作を行っている。
二戸坂が『笑う七面鳥P』の名義で作曲とチャンネル運営を。
広世は二次創作を中心としたイラストレーター『ライムイヤー』として、イラストと動画編集を担当。
二人三脚の楽曲投稿は二人が高校入学前から始まり、二年目でチャンネル登録者十八万人を達成。動画のBGMにも使われ出し、今は軌道に乗っている新人たちだ。
そんな二人だが、あくまでその人気は所詮ネット上のものに過ぎない。
「悪い。ここ机くっつけたいから、ちょっと動かすよー」
「あやっ!? あどっどっど、どうぞ!」
「ごめんなさい! すぐどきます!」
「ははは、んな敬語使わなくていいじゃーん」
男子生徒はなんてことなく、彼女たちの机を軽くずらして自分達の机の島を作る。
小動物二匹はそんなクラスメイトにも怯え、反射的に飛び上がりながら後退した。
「ごめんねニコちゃん、ちょっとはしゃぎ過ぎてた。いつものとこ行こ?」
「そうだね」
談笑の騒がしさ乗じ、気配を消して二人は教室を後にした。
※
屋上へ続く階段で二人は弁当を広げる。
人通りも少なく、落ち着いて食べられる場所として広世が最初に見つけた秘密の休憩場所だ。
「「いただきまーす!」」
弁当を頬張りながら、二人は揃えたように溜め息をついた。
「やっぱり、陽の人ってなんかこわい……」
「悪い人じゃないってことは分かってるんだけど、笑われるんじゃないかって思うと声出ないよね」
「よりにもよって、ミミちゃん以外が全員運動部や一軍級の人ばっかり! アニメもネットの流行りネタも伝わらないし、見てるエンタメも感性も全く別もの!」
「相手もなんとなく空気を察して距離取ってるの分かるから余計! 余計に辛いんだよぉこのやろー!」
「その口調もだいたいの人ポカーンだったもんね。少年誌読んでる一部の男子除いて」
「やめろぉーニコちゃん! わたしの黒歴史を引っ張り出すなっ、あああああああああ羞恥心が死者蘇生いいいいいいいいいい!!」
ヘドバンで悶える広世は脳髄を掻きまわされたかのように唸っていた。
「せめて陰の者と陽の人は分けてクラス考えてくれないかなぁ」
「もはや先祖が違うまであるくない? ほら、防衛本能が捕食者を前にして刺激されるとかさ」
「それだったら私たちの先祖は食べられてるよ」
ふざけきったこの会話も、彼女達にとっては何十回交わしたか分からないほどだった。
だからこそ、二戸坂は痛烈に思い知らされた。窓ガラスや床に反射する別人の顔と、いつも通りの自分の中身に。
(結局、顔が変わったところで私は私のまんまじゃん……)
ただの冗談として笑えていた話も、今日だけは二戸坂の胸を締め付けていた。