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第1話 顔変わっちゃったけど、見えてるの私だけ?

 鏡に映った別人の顔を何度も確かめ、二戸坂(にこざか)結香(ゆいか)は驚愕した。


「な、なにゃっ、なっ、なにこれぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 頬をひっぱったり、まばたきを繰り返したり、鏡を擦ってみても顔は自分のものではなく別人のもの。

 目元はぱっちりした二重で、瞳の輝きはいつもの三割増し。ボサボサのはずな青緑の髪も、鏡を通せば艶があるストレートロングだ。


 だがそれ以前に、顔の造形が全くことなっていた。


 混乱した彼女は水を張った洗面台に何度も顔を突っ込んだ。


「あぼぼ、ごれっ、おぼぼぼぼぼ、なんべ、ごぽぽぽぽぽぽぽぽ、えええっ!?」


 大混乱。だが鏡に映る顔が変わることはなかった。手鏡や水面の反射を見ても同じこと。


「げほっげほっ! なに、これ、目も口も鼻も、全然元の私と違う! 前より綺麗だけど……こんなのおかしいよね!?」


 パニックになる二戸坂は洗面所を飛び出し、朝食を用意する母親の元まで走っていった。足を滑らせて何度も転びながら。


「おっ、おっおっおおおおおお母さん!!」


「あら結香ちゃん、どうしたの? おはよう」


「大変なことになっちゃったの! おはよう!」


 目玉焼きを皿に分ける母に、彼女は訴える。


「お母さん見て、私の顔! 別人みたいになっちゃった!」


「え? 確かにくまがあって寝不足っぽいけど、別にそこまで変じゃないわよ?」


「くま? えっ、そうじゃなくて、顔のパーツ全部変わっちゃってるじゃん!」


「パーツ? いつも通り、愛娘の顔だけど?」


「へ?」


 その反応で二戸坂はまたもや固まった。

 徹夜明けでバッテリーの切れた頭でも、この異常事態の把握まで時間はかからなかった。


「見えてるの、私だけ?」


 自分の顔が別人に見える、という現象。これが自分の目でしか確認できないものだと分かった時、彼女は妙に納得できた。


 昨日と変わらない態度で接する母親がその証拠だった。


「も~結香ちゃん、寝ぼけちゃってる? それとも幻覚?」


「眠気なら吹っ飛んでるよ! それにこんな前兆もなく幻覚見ることある!?」


「そうなの~。それか危ないお薬に手出しちゃった?」


「娘としての信頼度はいずこ!?」


「もしそうだったら言いなさいね? 製造元責任として、きっちり半殺しにして自首させるから」


「こわいこわいこわいお母さん出てる! 朝から致死量のバイオレンス!」


「娘だし、お母さん愛用のハリセンで勘弁してあげるわよ?」


「ヤだよあのハリセン! 生臭いし、血の痕ついてるし、魚の皮膚っぽい感触だし!」


「だってアレは普段お父さんに使って……」


「それ以上はやめて! 思春期女子にそれ禁句!!」


 これ以上話しても意味はないと悟り、二戸坂は疲れた様子で朝食にありついた。


「具合悪いなら、学校休む?」


「ううん、行く。休んじゃうと絶対気まずくて行けなくなるタイプだもん、私」


「そう。無理はしないのよ~」


 目玉焼きを勢い任せにかきこんで、二戸坂は調子の壊れた胃腸を無理矢理登校モードへ切り替える。



 ※



「朝から疲れた……」


 鎧のような制服の重みに加え、世界史の教科書入りバッグが徹夜明けの二戸坂を破壊しにかかる。

 猫背、ダルダルの腕、ぽっかり空いた口、明後日を向いた目。通学姿はもはや動く屍そのものだった。


「ニコちゃんおはようなのです!」


「み、ミミちゃんおはよ……急に『なのです』口調になったのはなんで?」


「むっふふー。今期のロリキャラ、我が推し『みゅーちゃん』の口調だよ女史ィ~」


「週一で変わるから追いつけないよ」


 小柄でショートボブな紫髪の少女。広世(ひろせ)三実名(みみな)は前髪の隙間からメガネ越しに、二戸坂の疲れ切った表情を拝む。


「ニコちゃんその顔、また徹夜したでしょー?」


「うん……日付変わる前に終わらせようと思って『あとちょっとだけ、あとワンフレーズ』ってやってる内に朝日が、ね」


「わたしもクリエイターだから分かるけどさ~。せめて次の日学校って時はやめときなよー」


「善処する、でも多分またしちゃう」


「それはそう」


 二戸坂の徹夜明けテンションと広世の素のハイテンションが噛み合う最中、メガネ少女はウキウキで自分の学生バッグを見せつけた。


「そうだニコちゃん、見て見て。わたしのバッグ、改造したんだー!」


「改造? いつも通りに見えるけど……」


 バッグ横のチャックを勢いよく開くと、バッグの側面が観音開きになって真の姿を晒す。


 縦の長さは元のサイズの実に三倍。そんな布の重みで開かれたバッグ表面には、一寸の隙間もなくイケメンキャラクターの缶バッジが装備されていた。


 悪戯な笑みを浮かべるキャラの同じバッジが六十個、二戸坂を正面から見つめている。


「じゃん! チャックを開ければ領域展開、ミミナ工房の拡張型痛バッグ!」


「す、すごいのまた作ったね! ウソ、全然分からなかった」


「ムッフー! もっと褒めたまえ? なんてったってこのバッグ、開かなければ外からも内からも見えない仕様。缶バッジ保護とカムフラージュを兼ねた緩衝材入り。特注品だよ~」


 この広世三実名の創作意欲と推しへの愛が為し得る変態的創造物。根っからのクリエイター気質も相まって、その情熱は収まるということを知らない。

 思い立ったら何でも作る、生粋の創作(クリエイト)狂い(ジャンキー)だ。


 それが二戸坂の親友であり、相棒たる所以でもある。


 推しへの愛の結晶を披露し満足げな広世。そんな彼女を見ながら、二戸坂は思い出したように尋ねてみた。


「……ところでさ、ミミちゃん」


「どしたのニコちゃん? なんか今日、いつにも増して暗いけど」


 恐る恐る、二戸坂はか細い声で聞いた。


「今日の私の顔、いつもに比べてどうかな……?」


 広世は顎に手を当て、う~んとしばらく考えてから首を傾げる。


「……寝不足だなぁ~ってぐらいかな? ちょっと心配だけど、それはいつものことだし、平常運行じゃない?」


「そう、だよね……」


「何かあった? 誰かに陰口とか」


「あやっ、そういうのじゃないから、大丈夫! ごめんね、心配かけちゃって」


「なにかあったらわたしに言いなよ? たとえ白い目で見られても、わたしはニコちゃんを絶対守るから! ま、白い目はいつもだけど」


「あはは……私もそれは慣れてるよ」


 どこか諦めたような顔をして、二戸坂は明るく振舞おうと努めた。



 予鈴が鳴る二十分前、二人は嫌々ながら学校まで小走りで向かった。

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