プロローグ
――――別人のようになってしまいたい、なんて思うことはよくある。
「あぁっ、今日も徹夜しちゃったぁ……脳みそ乙ってる……」
窓から差す朝日、キッチンから香るベーコンの匂い、鳴り響く目覚まし時計。
少女がヘッドホンを外した瞬間、世界は残酷に月曜日を伝えていた。
女子高生は椅子にもたれ、よだれを垂らしながら絶望する。
「返せ月曜、私の睡眠時間を……」
自業自得の睡眠不足だ。
だがここで学校をサボるほどの度胸は彼女にはない。
諦めたように立ち上がり、グッと背伸びをした。
「月曜から小テストなんてやりたくないよ。なんで高校生にも有給休暇ないかな~」
少女は音楽編集ソフトを保存し、パソコンを落として洗面所に向かう。
華の十代にあるまじき溜め息とともに。
「ミミちゃんイベント近いし、MVできるのは週末だね。ミックス済ませとかないと」
フラフラの足取り、ぼんやりした頭で、大きめの独り言。
ゾンビのような歩きで彼女は洗面所へ辿り着いた。
手で水をすくって、パシャンと顔に景気良く浴びせる。
「登録者も年内で三十万人いったら、記念に新曲の準備しとかなきゃ。生配信とかはできないけ……」
――――この顔が別人だったら、もっと人生も違ったんじゃないかって。
「……ど?」
水浸しの顔を上げ、ふと鏡の中の自分と彼女は目が合った。
霞む視界が鮮明になって、鏡に映る顔の輪郭からまつ毛の先までハッキリと見えた。
「ふぇ?」
蛇口を閉めることも忘れるほど、驚きのあまり彼女は硬直した。
家の中に知らない顔があったのだから。
数秒間、直立不動。
そしてすぐに、その見知らぬ顔が自分の顔面に張り付いていることに気が付く。
「わ、わっ、わわ、わわわわわわ」
別人の顔が映った正面の鏡へ、少女は絶叫した。
「私の顔おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
――――本当に顔の皮が別人になってしまったら、どうすれば良いんだろう?