ようこそ、悪夢の世界へ
プロローグです。よろしくお願いします!
─ジズリア暦3015年2月15日、第2地区
『ナイトメア出現、ナイトメア出現─第13地区、A級2体を確認』
通信機から聞こえてきた無機質な音声に、青年は眉根を寄せた。〝ナイトメア〟と呼ばれたその黒い影から、ズッと刀を引き抜く。
「13地区、誰か行けるか?」
『10地区は今片付けた、俺が一番近いようだから向かう』
「シグラか、悪いが頼む」
『おう』
プツ、と途絶えた通信機から意識を戻し、目の前に現れたナイトメアをまた一体、振り抜いた刀身で薙ぎ払う。ドシャァと音を立て、砂が崩れる様に影を撒き散らしたそれを一瞥し、漸く訪れた静寂に息を吐いた。
最近は、どうもおかしい。ナイトメア一体一体の等級が上がり、その数も今までの比にならないほど増加している。まだ対処は出来る範囲だが、これ以上増えるとしたら─そんな考えを巡らせていた中、青年はハッと顔を上げた。重力を倍に感じる威圧、地面に引き摺り込まれるような、この感覚は。
『ナイトメア出現、ナイトメア出現─第2地区、S級3体を確認』
目の前に見えるその夥しい量の影の怪物に、何がどうなってやがんだと青年はその歯を食いしばった。
早く〝戌〟を見つけなければ、本当に手遅れになってしまう。
小さく舌打ちを零しながら、その刀に手をかけた。
─蜷梧律縲∵汾蝣エ謇?
〝あるじ〟
鈴よりも軽やかな少女の声に、窓を眺めていた男はその白の外套を揺らめかしながら、其方の方に振り返った。
「おや、アルバス。どうしましたか?」
「複数体のナイトメアが施設から抜け出したようです。管理者は処分しましたが、連れ戻しますか?」
「それはそれは。活きがいいナイトメアですね」
〝構いません、好きにさせておきましょう〟
そう呟いた男の声に、少女はクラシカルメイド服の裾を摘めば、〝かしこまりました〟とそっと頭を下げた。ツインテールに結われ緩く巻かれたその髪は、月光を反射させて薄紫色に輝いている。両目を隠したその黒い布は、少女を人間では無いものだと思わせるのには十分なものだった。
少女は桃色の唇を開けば、続けてこう告げる。
「それにしても、まだ気付かないようですね」
「まあ、良いでしょう。悪夢に堕ちた人間を救っていたつもりが、自分の愛した世界はとうに滅んでいた、というシナリオなら。流石のあの女も絶望するに違いない」
くつくつと喉を鳴らしながら、男は愉快そうに言葉を返した。まるでこれから始まる観劇を楽しみにしている子供のように、それ程までに純粋無垢に。普通の人間であれば後退りでもしそうなその雰囲気の中、少女はただ〝ええ、流石は主。その光景が目に浮かびます〟と柔らかく微笑み頷いた。
「ふふ、そうでしょう。─ああ、そうだ」
何かを思い出したかのように呟いた男の声に、少女はその端麗な顔を上げる。
「そろそろ戌が来るらしいですよ、アルバス」
戌。その言葉の意味を理解した途端、少女の纏う空気がピリッと引き締まった。
〝処分しますか?〟と静かに訊ね聞いた少女の声に、男は外套の下で優美に微笑んだ。