第9話 姉妹
食後の後片付けを済ませて、私と香苗ちゃんは並んでテーブルに着くと、大事な話があると言うことでキャスティルと向かい合う。
「これはお前達の身分証明書となるものだ」
キャスティルが提示したのは少女姿の私と香苗ちゃんの顔写真が貼られた二人分の学生証だ。
さすがに今の状態では三十のオッサン姿である運転免許証は使えない。
この学生証の意味するところは何なのか、嫌な予感がする。
「これは何なんだ?」
「身分証明書だ。ちゃんと女神の話は聞いとけ」
「そうじゃない! これは学生証だぞ」
「今のお前さんは十代の女子学生なのだから、何も問題はないだろ」
問題ありまくりだ。
それによく見ると、この学生証を発行している学校は香苗ちゃんが卒業した女子校だ。
まさか、そんなところに私を通わせる気か。
「編入手続きは済ませてあるから、後日制服が手元に届くだろう」
「だから、私は……」
「何か当てがあるのなら、別に学生証や制服は捨ててもらって結構だ。まともな身分証明書もない状態で今後、公共サービスを受けるのもハードルは高いだろうし、警察に職質されでもしたらどうなることやら」
平然と話を進めるキャスティルに対して、私は異議を唱えようとしたが、何も言い返せなかった。
この少女の姿である以上、私はキャスティルに首根っこを掴まれているのと同義だ。
(くそ……)
私は彼女が用意した選択肢に乗っかるしかない状態に苛立ちを覚える。
自身の無力さをヒシヒシと痛感しながら、拳を握り締めることしかできなかった。
そんな私の心情を無視しながら、キャスティルは話の続きを始める。
「学生証に記載されている通り、お前さん達はこれから姉の飯島奈々、妹の飯島楓の名前で今後は生活してもらう。新たな身体と名前を与えられて色々と慣れるまで時間はかかるかもしれないが、二人で協力し合って頑張ってくれ」
「姉妹だと? 私達は夫婦なんだぞ」
「人目があるところは姉妹、二人っきりの時は夫婦と切り替えて生活していけば問題ないだろ。その辺は二人でじっくり相談しながら決めるといい」
話は終わったと言わんばかりに、キャスティルは席を立って自前のトレンチコートをなびかせながら部屋を後にする。
これから私は飯島楓、香苗ちゃんは飯島奈々の姉妹として過ごすことになった訳だが、不安が募るばかりだ。
「圭吾君が私の妹になるんだね」
「まったく、ふざけた話だよ」
香苗ちゃんも私と同じく今の置かれている状態に憤慨しているとばかり思っていたが、それはどうやら私の勘違いだった。
「ふふっ、これからよろしくね。私の可愛い楓ちゃん」
「か……香苗ちゃん?」
「香苗は二人っきりの時だけだよ。人目があるところでは『お姉ちゃん』って呼んで欲しいなぁ」
「そんな急に……」
不意に私に抱き付いた香苗ちゃんは既に飯島奈々として適応しようとしている。
私はそれに戸惑いながら、目の前にいる妻を姉として接するのはどうしても抵抗を覚えてしまう。
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ。楓ちゃんは女の子だし、私と女子校に通っても仲の良い姉妹だからね」
「香苗ちゃんはそれでいいの? もしも、世間で私達の正体がバレたらどうなるか」
「その時はその時だよ。世間が何て言おうが、私達の関係は壊れたりしないから」
香苗ちゃんは優しく諭すように私の頭を撫でながら言葉をかける。
彼女の想いは本物だ。
それなら、私もそれに応えるしかない。
「わかったよ……お姉ちゃん」
「ふふっ、よくできました。お姉ちゃんがご褒美あげるね」
香苗ちゃんは満足そうに笑顔を向けると、ご褒美と称して私の頬にキスをしてくれた。