第8話 予期せぬ客人
「来てくれたんですね。さあ、召し上がってください」
「まさか、香苗ちゃんが呼んだのかい?」
「うん、そうだよ。一人でご飯を食べるのは味気ないし、賑やかになっていいと思ったからね」
香苗ちゃんは三人分の食事を並べると、予期せぬ客人を交えて食卓を囲む。
どうやら、昨日の夕食を届けた際に明日からこっちで一緒に食事はどうだろうかと誘っていたらしい。
誘われた当人は「気が向いたらな」と突っぱねていたらしいが、こうして招待に応じたところを見ると満更でもなさそうだ。
(一人でご飯か……)
それより、私が気にしているのは香苗ちゃんが放った言葉だ。
一人で食べるご飯が味気ないのは、彼女が身を以って経験したことなのは明白だ。
後ろめたい気持ちが芽生えると、キャスティルは朝食に手を付けながら答える。
「夫婦の時間を邪魔するつもりはない。用が済んだら、すぐに退散するよ」
「邪魔だなんて、ゆっくりしていってください」
香苗ちゃんは笑顔を向けながら客人をもてなす。
ぶっきら棒な彼女でも、香苗ちゃんにとって大切な人。
一人にさせて、寂しい思いをさせてしまった私を本当は恨んでいるのではないのか。
それを確かめるのがとてつもなく怖い。
「悪いが、そこのマヨネーズを取ってもらえないか?」
キャスティルが箸で私の傍に置いてあるマヨネーズを指差す。
「あ……ああ、ほらよ」
私は反応が数秒遅れてマヨネーズを手渡すと、彼女はそのまま茶碗に盛られた白米にマヨネーズをぶちまけて見せる。
そして、箸でかき混ぜながら口に流し込む。
人が真剣に悩んでいる横で、何をしているんだ。
「少し物足りんな。そこの醤油も取ってくれ」
「はいはい、いい食べっぷりですね」
不満そうに醤油を要求すると、香苗ちゃんは彼女の食欲旺盛な姿を見ながら楽しんでいるようだ。
(まあいいか)
結果はどうあれ、香苗ちゃんが笑顔で幸せならそれでいい。
もしかしたら、キャスティルはそれに気付かせるためにワザと――。
「まだ足りんな。ソースも試してみるか」
どうやら、私の勘違いだったようだ。
悩んでいた自分が馬鹿らしく思えてくる。
今までのことは大いに反省し、これから香苗ちゃんを一人にしないでいくことが大切なんだ。
「お好みなら、台所の調味料を好きに使ってくれ」
「おう、悪いな」
せめてもの感謝を込めて、私は味音痴の女神様に調味料を提供する。
キャスティルは席を立つと、一言礼を述べて台所に目ぼしい調味料を探し始める。
いつもとは全然違う朝食の風景に、香苗ちゃんも活き活きした様子で一緒になってアドバイスしながら調味料を吟味する。
すっかり意気投合した二人は美味しい配合の分量を見つけると、私にも試して欲しいと茶碗の白米は見る見るうちに変化していく。
それを一口食べた私は口の中が小さな悲鳴を上げる。
「水をくれ……」
「すぐに持ってくるね!」
香苗ちゃんは慌ててコップに水を汲むと、私はそれを勢いよく口に流し込む。
「大げさな奴だな」
やれやれと言わんばかりに、キャスティルは両手を広げて呆れている。
今からでも遅くはないから、この自称運命の女神様を住居不法侵入で警察に取り押さえてもらおうかと本気で思った。